魔王ベルガモットの必殺技
二人は4階レストランエリアへとたどり着き、目についた店に入った。
二人の入った店は、落ち着いた雰囲気の喫茶店ではあるが、内装は明るく、清潔感を感じさせる。壁や天井は白に統一されており、明るい色使いがなされた調度品をうまく引き立てている。
小物類などもポップな感じでとにかくオシャレだ。店内のもの一つ取ってみても計算されたこだわりを感じる。
恥ずかしながら今まで何となく薄暗くて怖いというイメージを持っていたため京介はカフェに来たのはこれが初めてだったが、すこしホッとした。エマに会ってから訳が分からないことの連続だったが、ここへきてようやく落ち着けることに。
何よりこの店の雰囲気ならば、好みじゃないなどと言って、エマのハッキングによる魔改造をされることは無いだろう。
「それで、京介。この店は何がオススメなのだ」
どうやらこの店が気に入った様子のエマ。一直線で開いているテーブルに行き着席。
そんなエマに京介は何故か行きつけの店だから任せろ、などと見栄を張ってしまう。
(初めて来た店なのになに言ってんだ、俺)
テーブルについてメニューを見てみるが、普段見ないような訳が分からない単語だらけで、名前からどんなものが出てくるのか全く想像が及ばない。
どうやら紅茶専門店らしいのだが、○○味とかって書いとけよ! と抗議したいくらいに各紅茶の名前は複雑怪奇だ。
「おい、京介。何だこれは。本当にこれはメニューなのか? 必殺技一覧表ではないのか?」
「は? 必殺技?」
「見ろ、これを。ダージリン・ファーストフラッシュやらヌワラエリアやらニルギリ。痛そうな名前ばかりだぞ。それにこれ、アールグ・レイという技の下にベルガモットという名前まであるぞ。きっとこの『ベルガモット』というのが技の使い手なのだな。何と禍々しい名か。おそらくは魔王のような奴に違いあるまい」
え、そうなのか。紅茶ってそういうものなのか。
「そ、そうそう。この必殺技集でその紅茶がどんだけおいしいかを表してるんだ。このファーストフラッシュってのはまあ、ジャブくらいの軽いやつでさ」
「ほお、そうなのか。ではこのアールグ・レイというのはどれくらいおいしいのだ」
「ああ。えっと、それはもう最高のおいしささ。何たって、神話に出てくる魔王ベルガモットの奥義だからな、アールグレイは」
それを聞くやいなや、ほほうと満足そうにして何かを妄想しているような表情のエマ。
とかなんとかやっている間に店員が注文を聞きに来てしまう。
エマは店員が“ご注文はお決まりですか”という定型句を言う前にアールグ・レイを頼む、と満面の笑みを以て注文した。京介も何を頼んでいいのか分からずそれに倣う。
店員は一瞬だけエマの発した注文に怪訝な顔を見せたが、すぐに営業スマイルを浮かべ、奥へと引っ込んだ。
「にしても、エマ。お前テンション高いな」
「うん? そうか。私はテンションが高くなっているか」
落ち着きなく店内をキョロキョロと見回していたエマが、驚いたような表情を見せた。
その深い青の瞳の奥には、京介が及びもつかないような感情が揺蕩っている気がした。
「……そうだな。私は誰かとこうしておしゃべりをしてみたかった。街を歩いて、色んな店に入ってみたり、こんな風にかふぇでお茶を飲んでみたかった。今日は夢が叶ってうれしいんだ。―――変かな?」
そういって不安そうな目で京介を見る。これは不意打ち過ぎる。先ほど、ブティックでやらかした事がどうでも良くなるくらいに、その仕草、表情はすごく可愛い。
「いや。全然、変じゃ、ないと思うよ、うん。俺もカフェなんて初めて入って緊張してたけどすげー楽しいよ!」
「……何? 京介。今、初めて入ったといったか? ここは行きつけではなかったのか?」
「あ。……えっと、何ていうかその、こういう時つい何となく行きつけとか言っちゃうんだよ。初めての店でもさぁ。…その、ごめん」
と、申し訳なくて頭を下げる京介。対照的に、エマは突然吹き出して
「ぷ……はっはっは。何だそれは。良くわからない奴だな、京介は。だが、今日私とこの店に入った。これでもうこの店は京介の行きつけ、だな。そして私にとっても行きつけだ」
そう宣言した。その目には一筋、透明な雫。
唐突に涙を浮かべるエマに京介は戸惑い、どうしたんだよと問いかけたが、
「京介が笑わせ過ぎるんだ」と彼女は答えた。そんなに面白い事言っただろうか。
疑問に思っているところに丁度カップを二つ、店員が並べて、会釈して去って行った。
ティーカップに注がれた、コハク色から立ち上る湯気。ふわりと香る柑橘系を思わせる香り。絶妙な温度を保つそれを一口含んだ。
口に運ぶと広がる世界。この日初めて紅茶に挑戦したが、こんなにもおいしいとは、京介は思っていなかった。この世に水さえあればそれで良いと公言していたが、認識を改めなければならない。人生において、何かを掴んだ気にさせるそんな味わい――――
「ぷは~~。うまいな、アールグ・レイは! 次はヌワラエリアとやらを注文するぞ!」
「っておい! 一口で全部飲んだのかよ!? 人がゆっくりじっくり味わってんのにさ!」
「何を言っている。私はこの店の必殺技のことごとくを打ち倒すつもりなのだ。そんなに悠長に構えてられるか」
「全メニュー頼むつもりかよ…。お前はすごいな。何というかスケールが大きいな。色んなことで悩んでいる俺がバカみたいだよ」
「何? お前は悩んでいるのか。ならばこの私に話してみるがいい。紅茶代の礼に、解決してやらんでもないぞ」
そういって新しく注文した紅茶を飲み干し、どうだ! とばかりに、やはり無い胸を張るエマだった。




