初デートは逃避行!?
学院を中心とした学研エリアは、街の山側に位置している。
坂を下ると、市内の主要な場所を結ぶ鉄道の駅があり、一駅乗ると学生や職員の寮エリア、反対方向に乗るとちょっとした繁華街に行くことができるが…。
エマは人がたくさんいてにぎやかな場所が見たいというので、京介は近場の繁華街ではなく、少し遠いが完成したばかりの大型ショッピングモールに案内することにした。
京介は何かちょっとデートっぽいものになるんじゃね? と密かに淡い期待をしていた。が、そこからのエマの、そのあまりの自由奔放ぶりに、さすがにそんな思いは彼方へと飛んで行くことになるのだった。
国内でも一、二を争う規模の総合商業施設。その名も『エ・テメン・アン・キ』。
広い敷地面積に物を言わせ、スーパーやブティック、書店から楽器屋、さらに上階には一般人立ち入り禁止の店まで、あらゆる種類の店舗が詰め込まれており、ブリーフからチェーンソーまで、その気になれば何でも手に入るとまで言われている。
物資不足の世情を完全に無視するように、この場所にはフードコートまであり、まずい配給食に嫌気がさした一般人が偶の贅沢をするためにこぞって集うのである。
京介もここに来るのは初めてであり、とりあえず目的地を決めることなく、適当にウィンドウショッピングをしてみようと提案した。
こいつを人が多いところに連れてきて大丈夫だろうか、何か面倒臭いことが起こるのでは、と心配していると、丁度高級そうなブティックに差し掛かったところで、エマは足を止めた。
エマは店に入るなり、すごいテンションで、様々な服を眺めてはへーとかほー、と言葉を漏らし見とれていた。それが突然に、んーと唸りだしたかと思うと
「私は、この色合いは好きではないな」などと呟いた。
ディスプレイに陳列された商品の値段、そのあまりのゼロの数に、自分とは遠い世界の店だな、と京介は感じていたため、適当に相槌を打ちつつ施設案内を見ていた。
その、京介がよそ見をしていたほんのわずかの間に事件は起こった。
「はっはっはっは! どやどやどやどや~!」
両手を広げ高笑いをしつつ、店内を走り回るエマ。そしてエマが通り過ぎると、先ほどまで陳列されていた高級感ただようシックなデザインの服は、パステルカラーに変わったり、ストライプ柄になったり、みるみるうちに原色系に変化していく。
「なっ、ナイトメアーー?!」
まさに、これは悪夢に違いない。だが、何度瞬きしても店内の惨状は変わらない。
すっかり店内全体を走り回り、店の服を全部自分色に染め上げて、満足そうにエマは京介の所へ戻ってきた。
もはや店のコンセプトとはかけ離れた服ばかりが並んでおり、高級店はすっかりカジュアルな衣料品店となってしまった。
その場にいた店員の若い女性は声を失ったかのように、口をパクパクさせてプルプルと小刻みに震えている。そこへ丁度奥から出てきた店長っぽい中年女性は、店内の様子に気づいた途端、引きつった笑顔を見せたかと思うと、ばたーん! と後ろへ倒れてしまった。
「見るがいい、京介。私のセンスで地味な店が一気に華やいだだろう」
得意げな調子で言うエマ。
「いやいや、どうすんだよコレ! 元に戻せよ!」
「? 何を焦っているのだ。まあ京介がそこまで言うならそうするが…」
そういってエマは指を鳴らしたかと思うと、10代女性対象のカジュアルショップが元の高級ブティックの顔を取り戻した。
あとに残るは仰向けに倒れて泡を吹いている店長っぽい人だけだった…。
ここにいるとやばい。京介の頭の中で、大音量で警鐘が鳴り響くのだった。
京介はエマの手を引いてその場からダッシュで逃げ出ていた。
「なんだ。京介もやればできるではないか。先ほどの私もかくやという程の速度が出ているぞ、うん」
と、京介が全力で走らざるを得なくなった原因を作った本人は、からからと笑っている。
「お前、店の商品を勝手に加工すんな!」
「いや、あの店の服はどうも地味すぎていかん。好みではなかったのだ…」
「そういうことは買ってからやるモンだろ! 大体あれ、ハッキングでやったのか? 一瞬頭が真っ白になったよ!」
「何だ、胆の小さい男だな。だから京介はモテないのだ。そんなお前に、今日は私自ら女心を講義しやろうというのに…」
「何で俺がモテない前提で話が進んでるんだよ! …まあ確かにモテないけどさ!」
「だろうな。お前の魂に『モテない』と書いてある」
「何でだよ!? それを言うなら顔に書いてあるだろ!? 俺、魂レベルでモテなさそうなのか」
京介の反論に生き生きと、これ以上ないほど幸せそうにエマは応戦してくる。
全力疾走の甲斐あって、店からは大分離れたようだ。広場のような場所に出た二人は丁度いいベンチに座り休憩するのだった。
ここで京介は、自らの威信にかけて、自分はいかにモテる要素を兼ね備えているか、38手の方法でエマに説いた。
対して、エマはそのことごとくを論破していく。
「だめだ。どう持って行っても俺はモテないという結論に達してしまう」
旗色が悪すぎる。京介は「どうもすみませんでした~!!」と流れを一色に塗りつぶしたする。降伏宣言。つまりは、白旗。
「……ていうか、エマ。さっき地味な色が嫌いって言ってたけど、そのコートはどうなんだ? 黒一色って、いかにもお前の趣味に反しそうなんだけど」
全てに諦めをつけ、気分をかえるため京介は何気なく言った。
エマは遠い目をし、難しい顔をして
「この服は…良いんだ。大切な、そう、宝物だ。だからこれはこれでいいのだよ」
そういってまた笑った。
「それより私は喉が渇いたぞ。水飲み場に案内しろ」
「水飲み場って…。じゃあカフェにでも行くか?」
「おお、“かふぇ”か! 一度行って見たかったのだ」
そう言ってぱっと目を輝かせ、エマは立ち上がり、京介の手を引くのだった。




