黒人形のウワサ
「はあ、それにしても野郎二人で仲良く下校とはな~~。せめて朔もいれば…」
と、ワイスは盛大にため息を吐いた。結局テンションが超低いワイスと一緒に帰ることになったの巻…。
「というか、俺だって女子に囲まれてのハーレム下校したかったよ!」
京介は先ほどから文句を垂れっぱなしのワイスに反論した。
そんな京介に同調しつつ、ワイスは小石を蹴りつつ、ぱっと顔をあげた。
「ところでお前さ、あの事件のこと、どう思う?」
「あの事件? どの事件?」京介がきょとんとしていると、ワイスは「チッ
チッチ、これだから素人は」と呟きつつ小指を立てて左右に振った。
(それ、普通人差し指でやるモンじゃないのか?)
「あれだよ、あれ。“ブラックドール”!」
「ああ、入学式でも鷲月先輩が言ってた…」
「そうそう。朔の用事ってもしかして、あの事件がらみなんじゃね?」
興奮気味にワイスは事件について色々と語りだした。
今この蒼月市内で起こっている連続焼死事件、通称“ブラックドール”は警察による厳戒態勢にも関わらず、かなりの被害者を出しているらしい。
事件の最初の被害者は1ヶ月前に出たらしいが、それから立て続けに13件も起こっている。警察も威信にかけて、全庁挙げての捜査体制を敷いているらしいが、未だにその糸口すらつかめていないという。
さらに噂によると、その捜査員も全滅したため、悪性干渉者処理特化部隊である“銀色の魔弾”に捜査要請が出た。
しかし、銀色の魔弾介入後も犠牲者は出ているらしい。数日前にも繁華街にて数名が犠牲になったとか。
「連日ネットとかで配信されまくっているもんな。銀色のナントカは抜きにして、名前だけは俺も知ってる」
「マスコミがこの事件に特別食いつく理由はさ、被害者の発見時の状態の異常性にあるんだ」と、ワイスはぶるっと身震いをして続けた。
被害者はすべて焼死体で発見されているが、その身体はどれほどの高熱で焼かれたのか、被害者の身元の特定が不可能なほどに全身黒焦げ。周りには焼け焦げた骨の一部や臓物が散らばり、現場はひどい状態だそうだ。
また、死体そのものは焼き縮みと炭化によりまるで膝を抱えた人形のように固まっていたという。
「………」
――真っ黒、焼け焦げ。焼死、体。
その言葉に、京介はぎくりとする。
(屋上で会った、あの子……)
朔が現れたことですっかり頭から抜け落ちていたが、屋上で一体あの少女は何をしていたのだろうか。彼女が口にした、火種という言葉。それにあの、まるで鋭利な刃物のような冷たい瞳。
(俺を火種にする。……俺を、燃やそうとしていた?)
京介は最悪の想像を必死で否定した。深刻な京介をよそに、ワイスは遠くを見つめ、口にした。
「犯人、どんな美少女なんだろうな~~?」
頬を上気させて、何やら考えている様子のワイス。
その言葉に、京介はぎくりとする。
「…ワイス。お前、何で犯人が美少女って……?」
京介はワイスの肩を掴んで問う。
「……? どうしたんだよ、京介?!」
「なあ。何で犯人が美少女だって知ってるんだよ!?」
思いがけず腕に力が入ってしまう。
ワイスは「痛てーよ!」と京介の手を振りほどき
「つーか何でそんなマジんなってんだよ」
「いや、お前が犯人が美少女だって言うから……。その、ワイスは何か知ってるの?」
京介は真剣な表情でワイスに詰め寄った。対してワイスは何故かにやにやしながら
「お前、美少女が犯人だと何かマズイのか? さてはヤンデレ系はノーサンキューか」
「………え?」
「いや、俺はいいと思うんだよな~。犯人が美少女で、そんな子が俺をきっかけに狂気に走る。『あなたが、私以外の人に目を向けるのが許せない。だから私は人を殺すの…』彼女の昏い瞳が俺を見て歪に嗤う。そんな萌えも俺は認めるぞ!」
と、本日一番の真剣な表情で熱弁を振るう。京介は真剣に考えていた自分がバカバカしくなり、思わずため息を吐く。
「……ちっとは元気出たか?」
「……え?」
思いがけないワイスの言葉に、京介は素で驚いてしまう。
「いや、顔色悪かったからさ。何かゴメンな。グロい話しちゃってさ。苦手なんだろ? 俺、昔から空気読めねー奴とか言われててさ。悪かった!!」
ワイスは、両手をぱんと合わせて頭を下げた。
「いや、止めてくれよ! 俺、別に苦手とかじゃないよ」
京介がそう言うと、ワイスはすまなそうにしながらようやく頭を上げた。
ワイスの赤い髪が揺れ、首に光るチョーカーが金属音を立てた。
初めて見たときは超悪そうだと思ったが、やはりワイスは良い奴だった。変態だけど……。
二人は何故かおかしくなって腹を抱えて笑いあった。
そうしてひとしきり笑ったあと、再び坂を下り始めた。
「なあ、ワイス。何で犯人は被害者を焼き殺す必要があるんだろうな?」
「ん…? どういうことだ?」
京介が呟いた言葉にワイスは首を傾げる。
「いや、殺すだけならさ、もっと単純に後ろから殴るなり刺すなりできるじゃん。人間を真っ黒に焼くのって簡単じゃ無い筈だ。だって人って体のほとんどが水なんだろ?」
そこまで聞いて、ワイスは怪訝な顔をした。
「…? どうしたんだ?」
「え、…ああ、悪い。顔に出てたか? でもさ、予想外の言葉が出たからさ」
京介が訝しがっていると、ワイスはようやく合点がいったとばかりに手をポンと叩いた。
「いや、俺達はどこの学院の何学科の生徒だよって話だ」
「……?」
「だからさ、√だよ!」
「るーと…? ……あ!」
ワイスの言葉に遅れて京介もようやく理解する。そうだ、干渉者には、いわばトンデモ超能力がある。何でもありの力だ。きっとガソリンや火炎放射器などなくても超高温の火を生み出すことはできるのだろう。
「きっと犯人は火焔系の干渉者なんだぜ。一瞬で人を真っ黒ってことは、相当強い√だな」
そういってワイスは身震いをした。
だが、京介にはまだ分からない事があった。動機だ。
事件の場所はバラバラ。怨恨から来る殺意とも思えない。京介は犯人の意図をあれこれ想像し、気分が悪くなった。顔を左右に振り、頭に浮かんだ絵を追い出し話題を変える。
「そ、それにしても、授業、メチャクチャだよな。一般科目は各自で自習しとけ、なんてさ…」
「ん、確かにな。俺こう見えて頭わりーから、勉強とかだりーな」
ワイスは同調し、面倒くさそうに頭を掻いた。
(こう見えてというか、どう見ても頭は悪そうだ…)
色々とツッコみたいのを抑えつつ、京介は生徒証を展開してみた。
時間割はやはり毎日演習で詰まっている。物体操作入門、簡易命令作成学、プログラムインストール初級、物体干渉運用学初級、干渉者史、体育…
こうしてみると、得体のしれないものばかりだった。
ただでさえ今日の授業にも全くついていけずに惨めな思いをしたというのに、これからこの学校でやっていけるのだろうか…。
そんな不安をごまかすようにパタンと生徒証を閉じ、京介はそれを乱暴にカバンに放った。
「なんとかなるって! お前、ちゃんとハッキングが見えただろ!」
ワイスは笑いながら京介の肩を叩いた。その言葉は全く根拠の無いものだ。が、ワイスの底抜けに明るい笑顔は、どことなく安心できるものだった。
「俺だって蒼月館に入れたんだ。すぐにハッキングもできるようになってやる!」
ワイスにそう宣言しつつ、坂道を下った。
次の日から、そんな意気込みを全方位からボコボコにする、つらく苦しい日々の幕が開けることも知らずに。




