好みは人それぞれ、ですよね?
「ワイスの髪、アレもハッキングなのかな…?」
ワイスの点滅する髪を不振がっている生徒は誰も居なかった。蒼月館学院の日常とはこういうものなのか。どうも自分は馴染みきれてないな、と京介は給水機へ向かいながら思う。
しかし改めて食堂を見渡しても、すごい込みようだと思う。ワイスがいなければ空いているテーブルを探すのも苦労しただろう。
感謝の印としてワイスの分、ついでに朔の分の水も確保しつつ二人のテーブルに戻った、が…。
テーブルに戻って京介はすぐに異変を察知した。人だかりができており、その空気は野次馬色で一色に染まっていて、皆何があったんだ、とザワザワしていた。
「京介、水だ! 早く!」
朔は京介の姿を認めるや否や、すごい勢いで叫んだ。ワイスは、というとピクピクと痙攣しており、尋常じゃない顔色を湛えていた。ついでに髪も青色になっていた。そしてその身体は座ったままだらりとしており、そしてその瞳孔は開いていた。え、何だ…2時間ドラマ的展開!?
朔は京介が持ってきたグラスをひったくる勢いで手に取り、それをワイスの口元に持っていき半ば無理やりに飲ませた。
「…ッホ、ゲホ」
3杯目を飲み終えたところで、ようやくワイスの顔色が回復し、意識が戻った。
「お、俺は一体…」
「もう大丈夫だ。君はこれを食べた途端意識を無くしたんだ」
そういって朔は先ほど持ってきていた赤黒いモノを指した。
朔の一言を聞いて野次馬連中は「なんだ、ビックリした」と口をそろえて言い、食堂内はもとの風景を取り戻した。
「え、俺、これ食ってそれから……だめだ、思い出せねェ」
ワイスは頭を押さえて思案していた。
「今日は辛さを抑えて注文したからそんなに辛くは無い筈なのだが…」
「いやいや、待って待って。朔、コレ何? 食べると意識が飛ぶ料理って何だよ?」
サッパリ事態が把握できない京介は、朔に尋ねた。
「何って、この食堂の裏名物の担担麺、その中でもこれは“黒縄”レベルだ。この食堂の担担麺は通が好むこだわりの一品で、俺もよく注文をする。スープが無いのも特徴でな…。麺の下の“赤いヤツ”の辛さは8段階あり、上のレベルのものは素人が口にすると意識を保てないほどの辛さらしい。ワイスは担担麺を見たことが無いというので、一口勧めたんだ。レベル2なので、それほど辛くは無い筈なのだが…」
訳の分からないことを嬉しそうに述べる朔。どうだ! と言わんばかりのその表情はホームドラマなどで見る『子供が親に自分のおもちゃを自慢する顔』そのものだった。
(そういえばコイツ、昔から尋常じゃないほどの辛党だったな…)
「っていうか“赤いヤツ”ってなんだよ?! 朔の辛党レベルは味覚障害クラスなんだから、自分の基準で人に食べ物を勧めるなって昔から言ってんじゃん!」
京介が言うと、朔はすこしシュンとしてうなだれた。
「……京介にだけは言われたくないな。何なのだ、あれは…」
下を向いていた朔だったが、我慢できなくなったのか、京介が注文した料理を指しつつ、反論を展開しだした。
「つゆなし、具なしのうどんとは…。お前の味覚こそ、俺には理解できん! 施設にいた時も、一人だけ変な注文をして先生を困らせていたな。スパゲティのミートソース無しやらオムライスケチャップ抜きやら、果ては生米を美味そうに食べたり、大根をそのまま齧りだしたり…。舌がおかしいのはお前の方だろう!」
「ヌヌヌヌヌ…」
「ぎぎぎぎぎ…」
小さなころからずっと仲の良い二人だったが、こと料理の話になると全然話がかみ合わず、二人はいつもケンカになるのだった。
お互い、相手の味覚はぶっ飛んでいる。対して自分は極めて一般的な、普通の味覚を有している筈だと信じて疑っていないのだ。そのため、お互いこの話題には極力触れないようにしていたので、久しぶりに勃発した形になる。
「お~い。俺を忘れて盛り上がるな~」
と、二人が火花を散らしていると、忘れ去られていたワイスが言った。
「つうか、この担担麺って料理ヤバすぎッしょ、意識がブッ飛ぶとか…。さすが朔さん、半端じゃないッスね!」
「いや、黒縄レベルなどむしろ甘いくらいだ。一番上の無間レベルは俺も手こずる程の辛さなんだ。…よければ今度一緒にどうだろうか、ワイス?」
「いやいや、だから勧めるなよ!」
またまた嬉しそうに勧めだす朔に、ツッコまずにはいられなかった。
「ところで、朔さんのぶっ飛びっぷりもすげーけど……京介。お前のソレ、何だ?」
尊敬のまなざしで朔を見つめていたワイスが俺に問いかけた。
「何って…うどんだけど。あ、おばちゃんに頼んで汁と具は全部抜いてもらったんだよ」
「いやいや。それはうどんと呼んでいいのか? …ただの麺だよ。……まあ人の味覚にケチ付けてもしょうがねーな。それより、俺のせいで中断させて悪いッス。二人とも、食事再開しようぜぃ♪」
そういってワイスは持参したのであろう弁当箱の蓋を開けた。
その中にはバランス固形栄養食品、カロリーフレンドがほぼぎっしりと詰まっていた。
「ってワイス、お前も人のこと言えないじゃん! 何だよそれ」
折角話を流してくれたワイスだったが、京介はツッコまずにはいられなかった。
「ん? 何って、カロリーフレンド。さっき定食食ったんだけどちっと足りなくてな。って、知らねーのか、これ? すっげーうまいんだって。それに栄養価もバランス良いらしいし、コレ食っとけば間違いなしだろ」
「ワイス。いくらバランス栄養食品だろうと、少しは野菜も食べた方が良いのではないか」
めずらしく朔も口を挟んだ。
「何言ってんですか、朔さんまで! ちゃんとポテト味とニンジン味もありますって」
「そうか、なら良い。悪かった、つい口を挟んでしまった」
いやいや良くないだろ! 何故か納得してしまった朔にツッコもうかと思ったが、このままだといつまでたっても議論が続きそうだと考え、京介はギリギリ思いとどまった。なぜならば、伸びないうちにうどんを食べたかったからだ。
そのまま、カロリーフレンドの魅力について熱く語りだしたワイスに適当に相槌を打ちつつ、うどんを堪能した。
「ところで、朔さんってaクラスッスよね?」
弁当(?)を食べ終えたワイスはおもむろに朔に話しかける。
「ん? ああ、そうだ。…と、俺のことは朔、と呼び捨てにしてくれ」
「え、マジっすか? じじじじj、じゃあ……さ、朔?」
「サビー、いつもと全然口調が違うな。そんなに朔と話すの緊張するの?」
普段とのあまりのギャップについ口を挟む京介。
「誰がサビーだよ! ってもういいわ。好きに呼んでくれよ」
「では、スカーレット・サビーというのはどうだろうか」
「すいません、朔さん。いや、朔。勘弁してくださいッス!」
「じゃあ略してスカビーだ!」
京介は名案だ、とばかりにすかさず提案。
「いや、もう原型ねーから! ワイスで良いだろうが、二人ともよォ!」
「仕方ない。ワイスと呼ぼう」
と残念そうに呟く朔だった。
「で、ワイス。さっき何を言おうとしたんだ? aクラスがどうとか言ってなかったっけ」
疲れを滲ませるワイスに、京介は最初の話に戻すために言った。
「えっと…あ、そうだ、朔。何かaクラスの連中がやたら俺らにちょっかいかけてくるんスよ。あれ、どうにかして抑えられないッスかね?」
ワイスの言葉には、京介も思い当たる節があった。前の合同授業の時もそうだが、今日も屋上に行く前、aクラスの前を通った際、敵意をむき出しにしてこちらをガン見していた気がする。
「そうだな。aクラスとxクラスの仲が悪いのはこの学院の伝統らしいのだが…。確かにいがみ合っていても、何も益は無いからな」
蒼月館学院では、どうやら毎年、全学年でaとxの間で小競り合いやトラブルがあるようだ。xクラスは文字通りxな生徒、つまり今後どのように成長するか分からない、未知の能力を秘めた者などで占められる。つまりは不確定要素であり、場合によってはエリートであるaクラスを凌駕しかねない。対してaクラスは能力に秀でた者で構成されているが、その能力はある程度完成形のものであり、伸びしろが少ないとも言える。
aクラスからしてみれば、底辺で蠢き、自分たちを脅かしかねないxクラスが気に入らないということだ。
「私もクラスの皆に働きかけてみよう。少し時間をくれ、スカビー」
「……了解っス。あと俺はワイスです」
爽やかな笑顔で答える朔。それに対してジト目気味で頷くワイスだった。
朔が慌てて訂正している姿が新鮮で、妙に笑える光景だった。
そんなこんなで盛り上がっていたが、食堂内に14時を告げるアナウンスが流れた。
「すまない、二人とも。私は用事があるので失礼させてもらう。良ければまた一緒に食べよう」
そう言って朔はコップの水を一気に呷り食堂を後にするのだった。
「朔、良い人だな。まさに完璧超人だ。モテんのもしょーがねーよ。俺、もし女だったら抱かれても良いって思ったぜ」
「……気持ち悪いな」
京介は若干引き気味で、食堂を後にした。




