ブレッド・ウォー いん きゃふぇてりあ
情報処理科の教室棟を少し歩いたところにある食堂。次の授業まで十分な時間のない生徒のための簡易的施設、そう情報にあった。
「な、なんぞ、コレ…」
食堂という単語の響きから、こじんまりとしたところを想像していた京介は、来て速攻驚かずにはいられなかった。
入学式以降、驚きの連続でこのころになると感覚もマヒしてきていた。
そんな京介はここにきて、新たな発見をした。人は本当に驚くと絶句してしまうらしい…。
想像していたものよりはるかに超規模な別館1階の食堂は、ものすごく広い空間で、何だか高そうな絵画も飾ってあり、テラコッタ調の床にはゴミ一つ落ちていない。そして天井も高くして開放感を演出してあるのだろう。
が、何といっても人、人、人。そんな試みはどうやら無駄なようだった。
教室棟からさらに離れたところにあるレストランエリアと違い、簡単な食事を出すだけのところ、とは朔の談だがとんでもない。すごい数の人がひしめいている。
だが、そんなことはどうでもいいと思えるほどにもっと異常な光景がパンコーナーにて繰り広げられていた。
メロンパンにあんパンと思われるパン、それにとても長いチョコパンやなんだか分からないパン。そんなバラエティに富んだパンたちが、それらを買い求める生徒達の頭上を……舞っていた。
パンが目当ての生徒達は皆一様に宙を舞うそれに向かって手を伸ばしている。ある一角では空を飛ぶパンをまさにゲットするところでパンは生徒の手のひらをスルリン! と躱したり、また別の一角では複数の生徒が同じパンに手のひらをかざしてはヌヌヌヌ…!! と唸っていたり。
それら生徒の共通点は、皆片手を、パンを掴み取ろうと伸ばしているが、もう片方の手で生徒手帳を握りしめているとういこと。
……こいつらは一体何をやっているんだ?
「どうだ、京介。まずはこの広さに驚いただろう」
京介の少し前を行く朔は少し誇らしげに言った。
そして満足げに一つうなずくと、食を求める餓えた猛獣の群れに突入すべく前進しだした。
「いやいや、待ってよ朔。広さっていうか、まずパンが空を飛び交ってるのにビックリしたよ! 俺の中学では焼きそばパンが顔面に突っ込んで来たりはしなかったぞ」
何故かいきなり顔に命中した焼きそばパンを手で払いつつ ―パンはその後またどこかへ飛んで行った。これがテレビ番組なら『スタッフが美味しくいただいただきました』とテロップが出るだろう― 京介はずんずん前進する朔の肩を掴んでツッコんだ。
「おい、正気か京介!? 今の行為はせっかくのチャンスを、握りつぶして地面に捨てて足で踏みつぶして唾を吐きかけ、ドブに蹴り捨てるようなものだぞ。焼きそばパンは生徒人気1、2位を争うというのに…信じられん」
朔はまるで新種の生物を見るような目で京介を見た。
「そ、そうなの?! …ゴメン」
(そこまで言うか!?)
その後もブツブツと何か言っていたので、京介はなだめるのに一苦労だった。そして、何とか機嫌を直した朔は厳かにこの学校の食堂のルールについて誰も頼んでないのに詳細に語り出した。
曰くこの学院のパンは全て学院専属の有名な職人がその日に焼いているもので、味も素晴らしく、また意外とお値段リーズナブル。そのためパン目当ての生徒はとても多いらしい。だが一日に作るパンの数は、手作りのためにどうしても少なくなってくる。そこで生徒は皆パンを手にしようと必死に。中には生徒会管轄の“依頼”―懸賞金を掛けた頼みごと制度―
を使ってまでパンを欲する生徒が居るせいで、食堂は賞金稼ぎの生徒もうごめく魑魅魍魎、跳梁跋扈の地獄絵図、という訳らしい。
じゃあ何故パンが空を飛んでいるのか、答えは簡単だ。生徒が何とかパンを手にするために遠距離からハッキングを掛けあっているためだ。
能力と能力のぶつかり合い、そのせめぎ合いに曝されたパンたちはあっちへ行ったりこっちへ行ったりしている、と…。
「な、なるほど…」
(こいつら、どれだけ必死なんだよ!?)
無事パンを手にしてバーコードを生徒手帳でスキャンできればそいつが勝者となりパンを食える。また、一度勝者の手に渡ったパンを勝者の意志に反して奪うなどの行為を行った者はニボシ野郎という不名誉な称号が与えられ―唯一不人気な“ニボシパン”が称号の由来らしい―厳罰に処される。また、ニボシ野郎には1週間食堂出入り禁止のオマケもつくらしい。
京介は後に知るが、このルールは学院側も良い戦闘訓練になる、との理由で公式採用している。
パンの奪い合いには興味がない、というか勝てそうもないと思い、京介普通に食券販売機へと足を進めた。また、朔も同じく食券を買っていた。そういえば朔は昔からあまりパンは好きじゃなかったな、とふと思い出す。
京介は無難にうどんを選択したが、予想以上に高くついた。
食券もやはり現金ではなく学院内通貨のfpでやり取りをするらしい。
入学時の持ち金が100fpだったため、うどんを買ったことにより、残り90となってしまった。
「このままだと政府の超まずい配給食しか食えないことになるな。この問題についてもおいおい対策を立てることにしよう」
食堂の人は一癖も二癖もありそうな変人教師軍団とは違って、普通のおばちゃんだった。京介は食券を渡して、いつものように注文した。
うどんを受け取ると、適当に朔と二人で座れそうな場所を探して周りを見回した。
「お、京介じゃん! なんだ、やっぱり来たんじゃん。ここ空いてんぜ~」
と、バカっぽい声がしたと思い目を遣ると、手を振っている錆月ワイスの姿があった。そういえば今日ワイスはクラスの連中と食堂に挑戦すると言っていた。京介は人ごみにもまれつつ、ワイスのところまで何とか進んだ。
「あれ、ワイス一人?」
とトレイを置きつつ訊ねた。ワイスは「そうなんだよ」と呆れ顔で事情を話しだした。
どうも彼らは食堂の込み具合に尻込みし、教室に戻ったらしい。ラッキーなことに、ワイスのテーブルはちょうど二人分の空があるようだ。京介はワイスに感謝しつつ、席に着いた。感謝ついでにもう一人、朔も一緒に食って良いかと尋ねるとワイスは尋常じゃないほどキョドりだし、しきりに頷いた。そこへ丁度朔がトレイを持ってこっちに来た。
同時にワイスがおもむろに立ち上がった。あまりにも突然だったので思わずワイスを見た京介は、あまりの展開に開いた口がふさがらなくなってしまう。
ワイスの髪が赤から黄色に変化したり赤色に戻ったり、なんといえばいいのか…。そう! 点滅していた…。
「朔さん! お会いできて恐悦至極に存じます! わたくし、錆月ワイスと申します。京介君とは同じクラスで仲良くさせていただいておりまする!」
「は、はぁ…そうか。…??」
朔は突然立ち上がってまくし立てるワイスの勢いに押され、少し引き気味に答えた。
それにワイスもキョウエツシゴクなんて、あきらかに普段言わないような言葉を使うから噛みまくりで、何を言っているのかよく分からない。
「あ~、朔。こいつは同じクラスになった錆び月ワイス。俺、一応こいつにハッキングについてとか教えてもらったんだよ」
ついでに、見かけによらず親切な村人A的なポジションの奴だとも朔に紹介した。
「京介クン! 俺の名字は錆びじゃなくて、錆月だっつったろ。頼むから覚えてくれよ」
と、ワイスは京介に突っ込みつつ朔に席を勧めていた。どうでも良い事だが、京介と朔とでワイスの態度に差があるのは気のせいではないだろう。
「ありがとう。えーと、ワイス。でも私と君は同じ学年だろう。もっと普通に、楽に喋って欲しい。敬語もなしでお願いしたい」
そう言いつつ、朔は赤黒いナニカが載ったトレイをテーブルに置いて座る。
ワイスも朔に礼を言いつつ座った。が、その動作はやはりまだぎこちない。興奮は収まったのか髪の色は元の赤に戻っていた…。
「あ、しまった。先、食べててよ」
と京介はふと自分のトレイを見て、飲み物がない事に気づき給水機へと向かった。
「さて、冷めるといけないな」
そう言って朔は箸を手に取った。ワイスはしゃべりかけて良いものか、と悩みつつも口を開いた。
「あの……朔、さん。それ、何ですか?」
朔の白い皿の片側には麺。もう片方にはこれでもか、と肉みそが盛られ、ちりばめられた刻みネギの緑がしっかりと自己主張をしている。
ワイスはかつて見たことのない物に、目を丸くした。
「これか? これは担担麺だ。ここのはスープがないタイプなんだ」
「たん、たん…?」
「何だ、初めて見るのか…? 担担麺とは、この通り麺に炒めた挽肉を添えただけの、シンプルながら奥深い料理なんだ」
楽しそうに語る朔。対してワイスは朔と会話が出来ていることに感動を覚えていた。
が、初見かつあまり食に興味のないワイスにも、目の前の料理の完成度の高さが伝わるほど、学院の食堂のおばちゃんは腕利き揃いだった。
挽肉は、油が透明になるまでよく炒められ、甘味噌や醤油ベースのたれで丁寧に味付けされ、それを香味野菜が引き立たせている。そんな完璧な仕上がりの肉みそが、絹のように滑らかな白い麺にこれでもかとよそわれていた。また、薬味の刻みネギは口当たりを損なわないよう、完全に均一に切ってある。湯気が立ち昇っているところから、どうやら熱々らしい。
と、朔はおもむろにそれら全てをかき混ぜ始めた。麺の下の“何か”と肉みそを麺と絡める。
立ち昇る湯気は香ばしく、さらにツンと鼻を通り抜けるような花山椒の香りも乗せてワイスの五感に訴えかける。制御不能となった衝動が、唾液となって口内にあふれ、止まらないのが自分でも分かる。ワイスは思わずごくりと喉をならした。
「……食うか?」
かつて感じたことのない衝動に戸惑うワイスだったが、朔の言葉を受け、まるで催眠術にかかったかのようにふらふらと手を伸ばした。




