干渉者になるということ
決心したはずなのに、言葉がなかなか出てこない。
「さ、く…」
緊張で、うまく声も出なかった。そんなヘタレな自分に対して、京介はさらに自己嫌悪を感じた。
「何故…隠していたのか、だろう?」
そんな京介に対し、朔はずばり京介が思っていたことを代弁した。
「――え?」
「お前が、俺に問いただそうとした事だ」
「う、ん。そ、そうだよ! 俺、朔が干渉者、超能力者だなんてし、知らなかったし…それに銀色のナントカの隊長だ、なんて全然知らなかった! どうして教えてくれなかったんだよ!?」
授業での悔しさも手伝って、京介は少し涙声になっていた。この感情は朔とは関係がない。そんなことは分かっている筈なのに、頭の中は悔しさや惨めさ、怒りや自分でも良くわからない気持ちでぐっちゃぐちゃになっていた。それがすべて口からあふれ出してしまう。
「銀色の魔弾のことまで…。この学院に入学すれば色々と知ってしまうのは避けられない、か」
久しぶりに再会した時、朔は京介の真新しい制服姿を見て、友が夢を叶えた事実に喜びを感じつつも、これがただの夢であってほしいと思っていた。
京介はずっと月の学院に入りたいと言っていた。対して朔は、京介に励ましの言葉をかけつつ、心のどこかで友が月の学院を不合格になることを祈っていた。そのことに罪悪感を感じつつも…。
ポツポツと語りだした朔の表情はしかし、どこか悲しげだった。
「俺はな、京介。お前は能力なんて持たない、一般人だとずっと思っていた。事実お前は中学までは星の学校に在籍していた」
「それが何の関係があるんだよ? 何も知らない俺を見て勝ち誇ってたのか!?」
「いや、違う。……京介、俺たち干渉者はその行動を制限される法律が適用されるんだ。ハッキングはその力故、社会に与える影響は途方もない。無秩序に力を使えば世界は崩壊することになる。それを防ぐために、だ」
「法律?」
「ああ。その法律、『物質干渉者制限法』第7条、干渉者は一般人に対し、ハッキングについての一切の情報を開示することをここに禁止する。俺たちはハッキングのことを非能力者、つまり一般人に教えてはいけないんだ」
「そ、それでも俺は…」
「……いや、それは建前だな。京介、俺はお前には、この世界に関わって欲しくはなかった…」
少しだけ悲げな表情を浮かべ、朔は続けた。
「干渉者には、どうしたって危険がつきまとう。希少な能力を持つ者は他者に利用されたり、命を狙われたりすることもあり得る」
「…でも、朔はそんな危険な事をしてるんだろ? 銀色のマダン? とかいう。朔だけそんな危険な目に合ってるなんて。死ぬかもしれないんだろ?」
「俺はな、京介。誰かが悲しんでいるのを見るのが、想像するのが嫌なんだ。だから、例え俺が危険な目にあっても、目の前の人を少しでもそこから遠ざけたい。平和な世界を見ていたい。だから俺は、能力で誰かが誰かを傷つけるのが許せない。だからこそ、俺は戦う」
「…………」
「それに、これは能力が目覚めた者の責任だと思っている。大きな力にはかならず大きな責任とそれを行使する覚悟がつきまとうんだ」
朔の言葉には強い決意が込められていた。遠くを見つめるその瞳は、朔の言う誰かが映っている。でも、その誰かの中に朔自身は含まれていない気がした。
「……京介。お前はいつ、能力が発現したんだ?」
京介が口を噤むと、今度は朔が問いを投げかけた。
「う、ん。……いや、俺、能力なんて使えないんだ。そもそも干渉者なんてのになった覚えもないし…そういえば、根源やらサーバーとか、Ø(トーラ)だっけ? そんなのに繋がって干渉者は目覚めるとか教官が言ってたけど。Øって何なんだ?」
「………使え、ない? ということは思い出したわけではない、のか…?」
朔は何事かを呟いたので、京介は「何だって?」と問いなおしたが、朔は何でもないと首を振った。
「ところで、根源、Øについてだが、これは口で説明するのは難しいが…。いわば俺たちが今生きているこの世界を管理している、世界の基盤、システムの基幹とでも考えるのが良いだろう」
「朔も見たんだろ? どんなモノなんだ?」
何気なくそう尋ねたが、朔は少し言葉を発するのを躊躇った。そんなに表現しにくいものなのだろうか。
「うん、そうだな。根源、Øは世界の全てを含んでいる。故にその有り様は一つではない。Øが見せる様相は見る者の価値観によって如何様にでも変わるといわれている。俺が見たものは……風景だ。鈍色の荒野に黒い線が蛇行し、空に伸びていた。………いや、抽象的すぎてうまく説明はできないな」
どれだけ記憶をさかのぼっても、そんな変な風景に京介はこれまでに見た覚えはなかった。
「やっぱ俺、能力者じゃないんじゃ…?」
「いや、そんなことはないよ。お前も情報処理科に合格したんだ。情報処理科は干渉者でないと合格はできない筈だ」
「あ、俺普通科も受けたんだけど、もしかして、そっちに合格してたのが手違いで、とか?」
「いや、それはない。なぜなら情報処理科は学力試験が如何に悲惨な出来であろうと関係はない。ハッキングができる、というのが唯一の合格条件だからだ。対して普通科は、学力試験できっちりと合格点を取る必要がある。京介は無意識にハッキングを使ったのではないか?」
朔は全く迷いなく即答した。ってオイ! 何気に失礼なこと言ってるだろう。と、すかさず朔に突っ込みを入れようとしたが、朔の表情は真剣そのものだった。朔、俺の事そんなに真剣にバカだと思ってるのか、と落胆する京介をよそに、朔は続ける。
「京介、これが見えるか?」
特に何かを出すそぶりも見せずに何を…。
抗議しようとした瞬間、京介の言葉は突然発生した歪な音によってかき消された。そして音がした直後、京介と朔の間の何もない空間に、一筋の亀裂が奔った。
耳障りなノイズを奏でて、空間を割って現れたそれは一振りの剣だった。
幻想物語にでも出てきそうなデザインのその剣は、何というか現実感がまるで伴わない。にも関わらず、当たり前のように存在し、俺と朔の間に浮かんでいる。
「な…な、何ぞ、これ!? けけけけけkkk、剣、なのか?」
あまりに動転してしまったため、声が裏返ってしまったがそれどころではなかった。
「……見えている、そして驚いている、か。京介、お前はやはり干渉者だよ。具現化の異常性は干渉者でないと気づけないから、な…」
「……この剣、お前が創ったっていうのか?」
「ああ。聞いていると思うが、俺は√と呼ばれる固有能力や具現化まで習得している。この剣は俺がØに接続し、この世界に不正に介入して生み出したものなんだ」
「………ってことは、この痛々しいデザインも、朔が考えたの?」
「なっ!? 痛々しい!? 恰好良い剣ではないか! ……そう、だろう?」
いつも冷静な朔が珍しくうろたえる。しかもその目は少し潤んでいる気がする。
「いや、なんというか…。中学生が、“俺が考えたカッコイイ剣”って感じでノートに書いてそうなデザインだよ」
「そんなバカな。この剣は自信作なんだが…。俺の剣を見た者は、概ね賞賛を送ってくれるものだが。そんな否定的意見をもらったのは初めてだ」
「あ、拗ねた」
っていうかそんなバカな…はこっちのセリフだ! こんな切れ味悪そうで、見た目のほうが、斬られたダメージより痛いような剣に賞賛って…。朔、干渉者って皆中学生くらいの痛々しい感性をお持ちなのでしょうか?
という疑問が喉元を通り過ぎ、口からでかかったが、本気で落ち込んでいる人に追い打ちをかけるほど、京介は人が悪くはなかった。
「ところで俺さ、入学式後にチーフの鷲月って先輩にいきなり襲撃されたんだけど…。その時鷲月先輩、ハッキングは演習以外では禁止とか言ってたけど、ここで使って大丈夫なの?」
「それは……。大丈夫だ!! 俺は学院に許可を取ってある。いざという時に必要になることもあるからな」
何故か顎を押さえながら、朔は答えた。その言葉は、ここにはいない誰かに向けて弁解しているように聞こえた。
「……そっか。朔って学院内じゃすげー有名みたいだし。そんな許可もらえるなんて、やっぱすごいな」
昔から朔は何をやってもすごかった。正直なところ京介は、目の前の幼馴染には勝てる気がしなかった。どんなジャンルの物でも、朔に勝ったことがない。でも、そのことに対して不思議と悔しさや嫉妬心のような負の感情は湧いてこなかった。俺の幼馴染はスゲーんだぞ、と自慢したくなるような、そんな誇らしい感情が京介の胸にある。
「いや、全然すごくなどない。俺は目に映る人皆を助けたいと願っているが、俺の力ではどれだけ希おうとも叶わない。だからせめて、一人でも多く助けられるように足掻いてるだけだ」
そう言って朔は照れくさそうに笑った、と思ったら
「それよりも京介。チーフには、その、気を付けたほうがいいぞ…」
と何故か小声で忠告めいたことを口にする。
(もしかして、朔も……くらったのか、アレ?)
朔は何故か遠くを見て顔をしかめていた。
「ところで、朔はいつから能力が使えるようになったんだ? なんか、教官が言ってたけど能力が目覚めるキッカケ、みたいなのがあるらしいじゃん」
微妙な空気を変えるため、そんな質問をしてみた。それに対して朔は少し表情を曇らせた、ような気がしたが、複雑な表情を浮かべ
「…絶対に笑うなよ、京介」
と、朔は修学旅行の夜に好きな女子を発表するようなノリでそう言った。
「……ああ。笑わない」
「…いいか。ゼッタイ、絶対だぞ」
「笑わないって、絶対!」
(……何故ここまで念を押す必要が? 朔ってこんなに面倒くさいヤツだったか?)
何かもうどうでもいい…。そう思い始めていると、朔は重い口を開いた。
「……俺は“トライブレード”が好きでな。主人公の刀を振る姿を真似たくて、毎日毎日部屋で練習をする内に、いつしか夢でも主人公が出てきてしまっていた。主人公が刀を振る姿が脳に焼き付いて離れなくなった、そんな熱心さが高じて、ある日俺は根源へ繋がってしまった…。あれは小学生の時だったか」
トライブレードとは昔流行っていたアニメのタイトルだ。主要な3人の登場人物が、便利屋として刀を使い、依頼を遂行するというのが主軸の物語で、単なる子供向けアニメに終わらないしっかりとしたストーリー展開が話題を呼び、大ヒットを記録した。特に主人公の刀の扱い方がかっこよくて、真似をしては怪我をする子どもが続出し、一時はニュースで取り上げられるほどの人気だった、が…。
(あ、アホだ…コイツ!!)
京介は九条教官の言葉を思い出していた。教官は強すぎる想いが人を根源へと至らしめると言っていた。どんだけ思いつめて練習してんだよ! 毎日部屋で隠れてアニメの決めポーズを練習する朔…。京介は目の前の朔が、そのシュールすぎる風景を思い浮かべてしまった。
「…pッ、―――ッッ!」
一度思い浮かべた朔の姿が頭から離れずに、京介は吹き出しそうだった。子供向けアニメをかじりつくように見る朔。おもちゃの剣を振り回す朔。決め台詞を言って得意気な顔をする朔。どれもシュールすぎて我慢しきれない。何とか笑うのを我慢したが、涙目になっていた。
「京介、なにも感動するような話じゃないと思うが…でもありがとう。俺はお前が大笑いするかと思っていた。疑ってすまない」
どうやら朔は勘違いをしているらしい。うまくごまかせたようだ。
「ただな、京介。いつ、どうして能力が目覚めたのかという質問は絶対に他でするなよ」
朔は突然、語気を強めた。何故だか屋上の空気が冷たくなったように感じた。
「え、どうして…」
「聞いているかもしれないが、干渉者がその能力に目覚めるには何かの強い想いが必要だ」
「うん。それは、授業で習ったけど」
それがどうして質問してはいけないことにつながるのだろうか。京介が訝しんでいると、朔はまたフェンスに近づき、遠くを見ながら諭すように話しはじめた。
「この強い想いというのは、いわゆる心的外傷であることが多い。多くは、何らかの事件や事故に巻き込まれて、その時の強烈すぎる体験が心に焼き付き、目覚めてしまった者たちだ。いつ能力に目覚めたのか、その問いはその者の傷を抉る言葉、触れられたくない過去を詮索する言葉でもあるんだ」
「……知らなかった。ごめん、朔」
「いや、俺は憧れから目覚めた類だから大丈夫だ。京介が意図せず他人を傷つける言葉を使う前に、忠告が出来て良かった。知らずに犯す罪は、確信して犯すそれよりも事実としては残酷だ。そんなことにならなくて良かった」
「………」
変な言動を繰り返す中2病全開のクラスメイト達も、皆何かしら抱えているのだろうか。
京介はフェンスに寄りかかり想像した。体に触れる金属はとても冷たく、痛いほどだった。
「最後に一つ、覚えておいてほしい。京介、この学院に入ったことで、京介もきっと能力に目覚めることになる。だがな、如何に強力な能力でもその力に溺れるな。自分のために能力を使うな。強大すぎる力はどこかに必ず歪みを生じさせる。使いどころを間違えないで欲しい」
「朔……」
その時の朔は、とても同い年の人間の雰囲気ではなく、京介が考えもつかないような経験を経た、一人の戦士のようだった。
「京介、また話があればいつでも聞くが、今日はこれぐらいにしよう。一度に情報を叩き込まれて疲れたんじゃないか」
朔はそういってフェンスから手を放し、軽く伸びをしつつ
「そういえばお前、昼は食べたのか?」
「あ、そういえば俺まだ昼飯食ってない…」
さっきはあれだけビックリしたり悩んだりしていたのに、ちゃんと腹は減るんだな…。
「俺もまだだ。簡易だが別館に食堂があるから、そこで食おうか」
朔のありがたい提案を即採用し、屋上を後にして、二人は学院の食堂へと向かった。
その時、一つ風が吹き、屋上に咲く綺麗な花を散らせてどこかへと流れて行った。その風はやっぱり冷たかったが、もう寒くは感じられなかった。屋上の紫、桃、白などの花―ミヤコワスレの花―が植えられた花壇が、とても色鮮やかだった。去り際に京介は、そんなことを思っていた。




