屋上に咲く、幻想花
教室棟内は、各々昼休み特有のまったりした雰囲気に包まれている。そんななか、一人屋上への階段を登っていく京介は、周りから奇異の目で見られていないかと緊張していた。
朔と会って何がしたいのだろうか。何も知らなかった今までようにはもう、いかない。
屋上の扉を開けようと伸ばした手は汗ばんでおり、うまくドアノブを掴めない。そして、扉の存在が、とても重々しく京介には感じられた。
そんな京介の思いに反し、屋上のドアは安っぽい音を立て、あまりにあっさりと開いた。
屋上はとても広かった。冬の名残なのか風が強く、ドアを開けた京介に容赦なく突き刺さる。
そして、この誰も来ないような場所でその存在を強く主張している花壇には、誰が手入れをしているのか、様々な花が彩りを与えており、その空間だけが切り取られたように不自然に春を感じさせる。
約束の時間より少し早く来たため、まだ誰も居ないだろうと京介は思っていた。が、京介の視線の先には誰かが、居た。
何をしているんだ? 京介が思った矢先、その人物の足元から突然火柱が上がった。それもただの火ではない。禍々しいほどに黒。見ているだけで痛みを感じるほどの、今まで京介が見たこともないほどに深く濃い色だった。
やがて焔はあっさりと消えた。そしてそこには、黒い塊があった。
「…ぁッ」
思わず上げてしまった声。京介は咄嗟に口を両手で抑えた。
だが、その行動は無駄だった。
その人物は京介の声に反応し、振り返った。
「ん? 何だ、ここに人が来たのは初めてだな」
そう言って京介に顔を向けたその人物は、女の子、だった。
京介の存在を認めても、別段顔色を変えはしない。ただ、氷のような目を京介に向けている。
「――――――」
京介は、時間という概念を亡失してしまう。
少女の声は凛として良く通る綺麗な声だった。背は京介よりも少し低い筈だ。だが、そう感じさせない程堂々とした態度、流れるようなロングのプラチナブロンドの髪。綺麗なダークブルーの瞳。肌は神秘的と言っていいほどに白く、何ていうか……超美人だった。写真で見た、北の国、ルージア人に特徴が似ている。
が、そんな外見に負けないくらいに服装も特徴的だった。
黒の左右非対称の変わったロングコートを身にまとってているが、コートの端々は千切れ、ボロボロだった。制服を着ていないところをみると、どうやらこの学院の生徒ではないようだ。
京介は戸惑いを隠せずにいた。
「何を遠慮のない視線で見ている?」
「え!? あ、ご、ごめん。えっと、何して、たのかなって思って、それにさっきのは…」
端正な顔立ち故か、気後れを感じてしまう。
「……丁度良い。お前も火種にしてやろう」
少女の声色が幾分気色ばんだ。がそれとは対照的に表情は少しも揺らぐことがなく、まるで人形のようだと京介は思った。
「ひ、火種……? それって」
問いかけには答えず、少女はゆっくりと京介ににじり寄る。
じり…じり…。
「う、あ」
空気が重い。目の前の少女が怖い。心臓を握られているかのような冷たい目に、京介は体が竦んでしまった。気が付けば、少女は京介の目の前に立っていた。
「…z…p…der」
唐突に少女は何かを口走り、右手を京介に掲げた。
「え?」
聞いたことのない奇妙な発音だった。だから、その意外性に京介は思いがけず体が反応してしまう。それは反射的なものだったため、京介はバランスを崩し躓いた。
「え、うわわわわ」
「―――――!?」
―――ドサッ……
呆気なく前のめりになって京介は倒れこむ形になってしまった。
「イッててて…。………て、て?」
地面に倒れたのだから、床は当然冷たい筈。なのだが、妙な温もりを感じる。まるでひと肌のような熱、を
「ををををををォお?!」
「……………………」
京介と少女は向かい合っていた⇒京介が前のめりに倒れた=女の子を押し倒した。
吐息が掛かりそうなくらいに近くに少女の顔がある。というか、右手に妙な感触を覚えた。地面では決して味わえない、柔らかな
「…………」
「…………」
京介は、少女の胸を、その右手で、わしっ! とつかんでいた。
その感触は信じられないくらい、ハピネス。
(あ、ありがてえ。どうか、そんな幸せな幻想がぶち殺されませんように)
「---! いやいや、違う違う! わ、わざとじゃないよ!」
あわてて手を放してがばっと起き上がり、必死に訴える京介。しかし対照的に少女は表情ひとつ変えずにじっと京介を見上げていた。
やがて、何事もなかったように立ち上がろうと地面に手を着いた。
「……ッ?」
だが、先ほどのすったもんだで少女は手首を捻ったようだ。支えにした右手のバランスを崩し、後ろに倒れ込む。
「あ、危な――」
京介は咄嗟に、宙を掻いた反対の手を取った。
「――キャッ!」
何とか女の子が頭を打つことは回避できた。が、女の子は京介の手を振り払い、距離を取る。
出会って初めてその顔に表情というものが浮かんでいた。焦り、拒絶?
「あ、あの……」
「くッ…。こっちに……来ないで!」
少女の声ははっきりと拒絶の色がにじんでいた。
「いや、俺何もして―――」
「――京介? 何をしている?」
屋上の扉の方から別の声がした。
「ゑ!? さ、朔! その、コレは違う。違うよ!」
(ヤバい。どう見ても俺、女の子を襲ってるド変態野郎じゃね!?)
「……? 一人で何を盛り上がっているんだ?」
「いやだから違っ。……え、一人?」
振り返ると、そこには誰も居なかった。少女の存在もなく、焔が燃え上がった痕跡もない。
「……? いや、今ここに女の子がいただろ?」
若干不審な目で見ている朔に尋ねるも、朔は何を言っているんだという顔のまま
「いや、俺が来たときは京介一人だった。何だ、また妄想彼女か。中学でそれは卒業したんじゃなかったのか?」
「ぐッ。俺の黒歴史を……。いや、そうじゃなくて。俺、今変な恰好の女の子と一緒に居たんだけど……」
でも出入り口はといえば、朔が立っている扉一つだけだ。ここを離れるには朔と鉢合わせになるしかないが…。あの子は幻だったとでもいうのだろうか。
「……疲れているんだろう。京介、お前は今まで一般人として、何も知らず生きてきたんだ」
と、朔は扉を閉め、京介の傍に来た。
「……いや、そんな筈……」
どうしても納得が出来ず、再び朔の顔を見た。
そこには、見慣れているはずの幼馴染がいるはずだった。しかし、さっきまでと雰囲気が違う。気安いいつもの空気ではない。心臓が、朔にも聞こえてしまうのではないかと思うほどの早鐘を打っている。
ここで朔と話すことで、どこか遠くに行ってしまい、今の自分に戻れなくなる気がした。




