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遊びでしょうか? いいえ、授業です。

 能力向上学はaクラスと合同で行われる。数日前からクラス内ではこれが話題の中心だった。

 女子の専らの関心はあの朔サマと同じ授業を受けられる! で、男子は授業内容について、先輩から聞いた話や噂など、様々な想像をしては盛り上がっていたのだ。


 授業は多目的教室で行われるが、その教室は教室棟内でも、xクラスから最も離れたところに位置している。

京介はこの合同授業をずっとサボろうと考えていたが、結局来てしまっていた。思い切ってドロップアウトすることもできず、ただ流れに任せてしまっている、そんな中途半端な自分にまた鬱になっていたが、時間は止まらない。とうとう教室前まで来てしまった。


 教室のドアは空いており、ワイスはずかずかと入って行く。対して京介はこそこそ、と音を立てないように入るのだった。


 教室内はアリーナ状になっており、席の前方に教壇があり、舞台が整えられていた。

 室内はかなりの広さを誇り、数百人は座れそうなほどの席がある。机上にはそれぞれヘッドセットが二つ置かれていた。前方の巨大モニタには“二人一組で席に着き、ヘッドセットを生徒手帳に接続するように”という指示が映し出されている。どうやらaクラスとxクラスが、真ん中できっちり分かれているようだ。


 京介はふとaクラスの方を見る。aクラスは京介達とは違い、家族の居る、いわゆる血統者(アムニス)が多い。京介にとって血の繋がりというものは今一ピンとこなかったが、どことなく上品で皆優秀そうに見えた。

朔はあの面々の中にいて、うまくやっているのだろうか。


「京介、組もうぜ」

「あ、うん、よろしく」


 ワイスに声を掛けられ、京介は席に着く。多目的教室の机はxクラスの教室の大量生産品丸出しの薄い机とは違い、強化素材でできたしっかりとした造りになっている。周りを見渡しても、旧式のスピーカーが見当らないところを見ると、机自体が音を拾い接触者にのみ聞こえるように出来る最新式の音響設備らしい。


 一体この超技術が詰められた巨大な教室で何をするのか、能力向上学という文字だけでは全く想像できない。京介は筋トレをしたり、走り込みをするのだと思っていたが、どうやらそうではないらしかった。


「なんだこれ、どっかに電話でもすんのか?」


 ワイスもまた、授業内容の謎さに首を傾げつつ、ヘッドセットを矯めつ眇めつしていた。


 そうこうしているうちに、担当のフォーゲル先生が現れた。


 九条教官や法月と比べ、幾分年齢を重ねており、厳格な古木を思わせるような男だ。


 生徒証で先生のデータを見ると、灰色がかった髪は清潔感を感じさせ、丸眼鏡の下のグリーンの瞳は厳しさの中にも優しさが垣間見える。


「皆さんは能力向上と聞いて、肉体の強化をイメージしたかもしれません。しかし、それは大きな間違いです。ハッキングにおける能力の差とは、つまりは情報処理量の多寡により生じます」


 淡々と語る壇上の教師。京介はもう発言内容に驚くことはなかった。

これまで様々なトンデモ授業を受けてきていたため、耐性ができていたのだ。


「それでは、情報処理とは何か。百聞は一見に如かず。実際に見てもらいましょう。弓月君、壇上へお越しください」


 と、突然朔をステージに招いた。教室の、最前列に座っていた朔は教師の求めに従い、ステージに上がり、生徒に背を向ける形で着席した。


「はい。では、これから彼に、複数同時処理(マルチタスク)の実践をやってもらいます」


 そう言って教師はステージの下手に立つ。朔は教師の合図を受け、先ほどのヘッドセットを装着し、生徒証を机上に置いた。

 同時に、ステージ上のモニターがさらに広がり、次々に番組を映し出した。映し出されたものはそれぞれ違う内容らしい。

 1,2,3…。画面は合計8番組のマルチモニターへと変わった。


 何が始まるのか全く予測がつかない中、突如机上の朔の生徒手帳から着信音が鳴り響いた。


「はい、こちらピザオーシャン蒼月館高校支店です」

「………は?」


 何を言ってるんだ、と京介は思った。朔は電話に応じつつ、左手で端末画面を操作し続け、かつ右手は広げられたノートに何かを書き殴っていた。

 その姿はまるで、伝票を猛烈な速さで捲る会計士のようだ。


「はい、オーシャンズドリームLサイズ、生地はミルフィーユ・クリスピー。サイドにオニオンリングとスクィッドジャベリン、ドリンクはソイラテのグランデ。トッピングにヘーゼルナッツシロッププラスホットファッジ、

オン・ファンシーホワイトとカキフライですね。それでは、合計3,480円です」


 その後も会話は続く。どうやら電話の向こうの人物は、今頃になってクーポンの所持を申し出、トッピングの変更を申し出たようだ。が、朔は淀みなく料金を再計算し、答える。一連の遣り取りの間も手は全く止まらない。視線はモニターと机を目まぐるしく行き来し続けている。


「計算後にクーポンとか出されんの、地味にイラっとするよな」


 隣のワイスが話しかけてきた。


「あ~、あるある!! あとさ、会計の時、小銭出されまくるのも嫌だな。………じゃなくて!!」


 何だ、何なんだ、これ。目の前の展開に京介の理解が追いつかない。

 朔は一体何をしているのか。京介にはピザの注文を取っているようにしか聞こえないのだ。


 そうこうしているうちに、朔は礼を言って電話を切り上げた。ほぼ時を同じくして、動き続けていた手も止まる。


「はい、終了です。朔君、計算の答えをどうぞ」

「はい、3京6634兆8372億6210万3331です」

「7チャンネルの番組、サトル君は何故不良達の不興を買ったのでしょう?」

「はい、彼はピザまんを買ってくるように言われましたが、間違えてベルギーショコラまんを買ってきてしまったためです。不良のリーダーは甘いものは苦手なので余計に怒りを買ってしまった」

「……ノートを見せてください。……はい、確かに」


 しきりに教師はうなずき、心底感心した声で言う。


「すばらしい!! 皆さん、彼は今まさに幾つもの仕事を見事に同時にこなして見せました」


 教師の賛辞を契機に教室内の歓声は爆発した。何人かの女子はまるで神を見たように頬を紅潮させている。そして割れんばかりの拍手で壇上の英雄を湛えるのだった。

(…………………何だ、これ? 何の宗教だ?)


 京介は開いた口が塞がらなかった。理解がまっっったく! 追いつかない。


「彼は生徒手帳の画面に表示される数字の暗算、ピザの注文聞き取り、8番組同時視聴、そして右手で『チョモランマ』と規定数以上の書き取り。これらの仕事を完璧に同時処理して見せたのです」


 フォーゲル先生が解説を行う。その興奮具合は、まるですばらしい絵画を称える鑑定士のようだった。生徒達は今やス拍手喝采で、朔を讃えていた。


 当の朔は照れくさそうにして自席へと戻った。興奮の渦に包まれる教室内。


 フォーゲル教師は少し間を取り、語り始める。


「ハッキングにおいては、この複数の情報を同時に処理するという能力が重要になってきます。また、将来何になりたいか。皆さんは入学したばかりでまだはっきりと目標が定まっていないかもしれない。しかし、いずれにせよこの技術は必ず将来役に立ちます。たとえ、ハッキングとは関係のない職業に就いても、です。是非習得し、将来設計において皆さんの武器にしていただくことを願います」


 フォーゲルの声は深く、重みがあった。あれほど熱狂していた生徒達は、今や熱心に教師の言葉に耳を傾けている。皆俄然やる気になったようだった。


 だが、どこの世界に8番組を同時に視聴しつつ伝票計算をこなし、チョモランマと延々書き殴りながら注文を取るピザ屋がいるのか。京介はどうしても納得できずにいた。


 そんな彼を置いて授業は滞りなく進行していく。


 デモンストレーション後は、隣の席どうしで組み、まずはピザの注文取りとチョモランマの書き取りを同時処理する練習をすることになった。


「一体何があの先生をそこまでチョモランマに駆り立てるのか…。知ってるか、ワイス?」

「…知らねえよ! 登山が趣味なんじゃね? 登山顔してんじゃん。それよか、早くやろうぜ!」


 ワイスは待ちきれない様子で、ヘッドセットをいじっている。


 周りを見渡すと、皆真面目に取り組んでいる様子だったので、京介は恥ずかしさを押し殺しつつ、準備するのだった。そして、準備完了の合図を受け、ワイスは京介の端末に電話をかけた。


 注文役のワイスは唇の片方を釣り上げて細目になった。嫌な予感がした。


「……はい、ピ、ピザオーシャンです…。ご、注文ですか?」

「あ~、はい。俺、ワイスです」


 マニュアル通りの台詞を口にしつつ、京介は書き取りを続ける。二つぐらいの仕事なら何とか同時にできそうだ。


「カッパピザのMサイズ、ノーマル生地と、あとダークモカアーモンドチップウィズスノークラヴのエッフェリアを大至急!」


 早口でそれだけまくし立て、早くしてくれよとクレーマー然とした口調で京介を煽る。


「……えっと、繰り返します。カッパピザのノーマル生地、Mサイズにダークモカアーモンドチップウィズスノークラヴエッフェリアですね。……ってカッパ?!?」

「――ビックリした!! どしたよ、いきなり?」

「いや、カッパって何だ?! それは食べ物なのか? つか、ピザに乗っけて良い物なのか?」

「…?? お前、もしかして“ピザオー”で注文したことねーの?」


 京介はピザなど偉い人の食べる物だと考えていたので、これまでピザ屋のチラシなど見たことがなかったのだ。それを聞いたワイスは、妙に優しい声でカッパピザとは何か、如何に美味であるかを細かく解説してくれた。


「で、店員さん。会計いくらだよ?」

「え、……あ、えっと」


 カッパの衝撃で演習の事をすっかり忘れていたため、京介は慌てて計算し、答えた。


 結局受け答えはスムーズにいかず、書き取りも規定回数には遠く及ばず大失敗に終わった。


 次にワイスの番となったが、ワイスは書き取りが滅茶苦茶で、何故か途中からチョモランマがチョコメンマになっていた。しかも注文の計算もデタラメで、要するに京介と同じ、ダメダメだ。


 京介は周りの様子が気になり近くのグループを見ると、皆は同じ様な状況で、結果はお察し下さい、という有様だった。


 多目的教室内に、そこかしこで「チョモランマぁぁあああぁあ!」と慟哭が鳴り響くのだった。


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