魔術師級(ウィザード)、二人(後編)
干渉者同志の戦闘において、展開された√同士がぶつかると、相殺されて終わることがほとんどである。
そのため、戦闘においては如何に相手の隙を突くか、もしくは相手の能力を無効化するかが重要になってくる。
その点、相手の√を解析しその綻びを突くという一手は、考えられる最悪な手といえる。実行するには相手のプロテクトを突き破るために、相手の能力に対処しつつ、複雑かつ膨大な術式構成を解析する必要がある。それも戦闘中に、だ。その困難さは言うまでもない。
そのためこの手段を用いる者はまず存在しない。戦闘経験を積むほどに、その愚かさを知ることになるからだ。故に干渉者は、自分の√が解析、突破されることを想定しない、顧みない。そこにこそ隙が生じうる。
弓月朔は相手のプログラムを解析し、破るという最悪の選択肢を、存在する可能性をすべて試みるという“総当たり攻撃”によって極めて有効な攻撃手段へと昇華させた。
「怖い怖い…。さすがは“白き死神”。しかし、そんなデータ量を扱って、よく熱暴走を起こさないね。さすが、学院二人目の“最高能力者”だ。君の企みで、僕はまんまと防御態勢を取らされたというわけだ。うん、ゾクゾク来るねェ」
そう言って蒼月は満足そうにうなずき
「じゃあお礼に、今度は僕の番だ。“命を司る水は、時として、我らに仇名す脅威となる”」
蒼月は一節の詩篇を唱えた。すると蒼月の足元から一条の水柱が伸び、鞭のようにしなり一瞬で朔に到達した。その一撃は空中の剣をことごとく押しのけ朔に迫る。
そのあまりの迅さに周りの剣は反応できず、朔はこれに対し両手の剣で以て相手の攻撃の軸をずらす他ない。しかし、受け止めた水柱の勢いに押され、朔は立ち位置をかなり後ろにずらされた。
対象を逸らされた水柱は地面に叩きつけられ、形を失う。その衝撃は、演習場の地面に大穴を穿つには十分だった。
「まだまだいくよ!」
蒼月は両手を広げ、水柱を五本、六本と創り出した。この鞭のような一撃をまともに食らえば、それだけで食らった箇所の骨は粉砕されることは免れない。朔はそう考えた。
「うおおおおあああああ!!」
朔は次々に迫りくる水の鞭を二刀で悉く叩き落とすが、やはり勢いに押されていく。
「くっ!!命令変更、Brionac(自動剣撃)!」
咄嗟に朔は新たな詠唱を行った。その声に反応し、周りで待機していた剣が朔を庇うように鞭の前へと躍り出て自らの身を犠牲にし、蒼の鞭と相撃ちになる。
「成程、見たところ自分の思考と直結させていた剣を、自律操作に変更した。しかし、自動剣撃は直接操作に比べて情報処理が難しく、長時間使うと脳に負担がかかる、というところかな?」
「さすがに読まれてますね。しかし、これでどうです、蒼月会長!」
そう言うのと同時、空中の剣はまるで嘘であったかのように消えていく。それとほぼ同時に地面を蹴り、朔は直接攻撃を仕掛けた。余計な剣を消すことで、扱う情報量を絞り、その分を全て自分自身の肉体へのハッキングに回す。
その意志の力で得た歩法はいかなる魔法か。亜音速にまで迫る朔の踏込の速度は、蒼月に新たな水柱を展開する間を与えない。
そして蒼月の操る水柱の、ほんのわずかの隙間を縫い潜り、直接斬撃を仕掛けた。
が、
「……勝負を焦ったね、朔君」
何の予備動作もなく、朔の踏み込んだ場所に水柱が上がる。
蒼月は術式の展開をする際、あえてほんのわずか、人がぎりぎり通れる程度の隙間を作った。その隙を看破した者は、好機と見て必ずそこを突く。朔は蒼月の隙を突いたのではなく突かされたのだ。蒼月はその場所に地雷とも言うべき、条件発動型の術式を展開していた。
「残念だったね」
朔が踏み込んだことによって発生した水柱が、勢いを失い形を失う。が、
「え…なんだ、って?」
そこに蒼月の想像した、倒れ伏す朔の姿は無い。
「確かに、自分の策がうまくいった時、人は思考停止をするようだ!」
朔は蒼月の罠をも読んだ上で、蒼月の懐に潜り込んだ。そのまま横薙ぎに切り払いを仕掛け…
ドッ!!
という轟音とともに発生した激流に呑まれ、朔は後方へ吹き飛ばされた。
「ガハッ!」
2トントラックに思い切り跳ね飛ばされたような衝撃が朔の全身を貫き、大量の血が口から零れる。
「あえてもう一度言おう。残念だったね、朔君。こっちが本命さ。君が僕の罠を読んでそれをかいくぐって切り込んでくるだろうとおもってね。君が期待通りの男で良かった」
朔は膝をつき、剣を支えに何とか崩れずに保っていた。先ほどまで宙を泳いでいた剣は唐突に、命を失ったかのようにことごとく墜落し、墓標のごとく地面に突き刺さる。
「ッ、グ…私はあなたの手のひらのうえ、と?」
「………チェックメイト」
蒼月は、朔の問いに答える代わりに宣言し、球形の水で掌を覆い、先ほどの朔もかくやという速度で間合いに踏み込む。蒼月の放った右正拳の速度は音すらも置き去りにして朔を抉る、
否、
「止めた…だって!?」
右の拳は止められた。蒼月はその想定外の事態にほんの数瞬動揺する。
「…………Enter(終劇)」
蒼月の心の動きを朔は見逃さない。短い言葉を発し、大量の剣を一瞬で展開したかと思うと、その全てが蒼月を襲う。
「--!! Whaaaaaaahhhh!!」
蒼月は咆哮をあげて応戦した。襲い来る剣の速度になんとかついていき、両手の水で受け止めていく。だが、徐々に朔の勢いに押されていく。
どうにか目に見える全ての剣を叩き落とした。だが剣の圧力に押され、だいぶ後退を余儀なくされていた。
蒼月の態勢が崩れている今、朔は両手に剣を執り、直接攻撃を仕掛けた。
「ッ!!」
その驚きは蒼月のもの。朔の一撃目、左の剣撃を右手で防ぐ、その防御は成功したはずだった。だが、朔の剣は蒼月の水を斬り進めている。剣は蒼月の右手首を裂いて……。
そんな、バカな。解析、された……?
あり得ないことだが、現に自らの√は朔に破られている。
瞬きすら許されぬ刹那の攻防の中、蒼月は手首が飛ぶ寸前で斬撃を躱した。が、その反動を利用して朔は反転し、そのまま右後ろ回し蹴りを放つ。
蒼月は朔の蹴撃をもろに喰らい、後方へ吹き飛ばされる。だが、蒼月も蹴撃を喰らう際、左手の水弾を放ち、朔に喰らわせる。反撃を想定していなかった朔は左の剣で何とか受け止めるも、その勢いに押され後方へ。
「―――――――――――」
「――――――――――!」
お互いの距離が開く。だが、先に体制を立て直したのは朔。そのまま攻撃に転じる。蒼月はやむなく足元より水柱を発生させた。しかし朔はこれを片方の剣でまるで事もなげに、当たり前のように斬り裂いた。そしてもう片方の剣で蒼月を斬り伏…
ピリリリリリリリ♪
場にそぐわない間抜けな電子音が演習場に鳴り響いた。
同時に朔は斬撃を寸前で止めた。剣の刃は蒼月の首の皮ギリギリのところで止まっている。
「……勝負は私の勝ち、で良いですか? 蒼月会長」
朔はその姿勢のまま、まさに首を飛ばされる寸前の会長に問いを投げた。
「……いや、引き分け、だろうね」
朔の問いに、蒼月会長は全く動じることもなく、薄く笑う。まるで昼下がりのティータイムのように。
「---!」
驚いたのは朔だった。蒼月は苦し紛れの負け惜しみを言った、訳ではなかった。
今受け答えをしたのは、朔の目の前で首を飛ばされる寸前の蒼月、ではなく朔の背後にいる蒼月だった。同時に朔が剣を向けている方の蒼月の姿はユラリ、と揺れて幻のように空へと溶けて、消えた。
「蜃、気楼…」
蒼月はその能力で、急激に演習場全体の空気を冷やし、空気の密度を高め、演習場内に異なる密度の空気を生じさせた。その密度の差によって生まれた蜃気楼をハッキングして、朔が攻撃に転じる寸前に自分に都合の良い場所に移動させ、自身とすり替えていたのだ。
「正解、ということにしておこうか。やっぱり弓月隊長はすごいね。でも、あのままもう少し戦っていれば僕が勝ってたのに…」
そう言った蒼月要の頭上には水の槍が浮いており、朔の背に狙いを定めていた。
「いえ、それでもやはり引き分けのようですよ、会長」
「え…? ――なっ!?」
今度は蒼月要が戦慄する番だった。自らの奥の手を披露し、朔の裏をかいたと思っていたが、朔はさらにその裏をかいていたことに。引き分けなどとんでもない。無数の剣が空中で静止しており、蒼月は隙間なく剣に囲まれていた。実戦であったなら、自分は無数の剣に抱かれて肉片一つ残らず、滅されていた。しかし、自分はそれにまるで気付かず、得意げになって……。
蒼月は苦虫をつぶしたような顔をした。
「それはそうと、会長。そろそろ電話に出た方が良いのでは。先ほどから鳴り続けています…」
「え? あ、あァ、そうだね」
蒼月が答えた途端に周囲の景色は崩れ、二人が居た空間は精密機械類が所狭しと並ぶ部屋へと姿を変えた。二人は訓練用の仮想空間での模擬戦闘を行っていた。そのため、実際の二人にはケガ一つない。
蒼月は携帯のディスプレイを確認したが、それほど重要な電話主ではないのか、面倒くさそうな顔をして、すぐに回線を切断し、朔へと向き直った。
「ああ、後でかけなおすから良いよ。それより朔君。質問しても良いかな?」
「ええ。変な質問でなければ」
「イヤだなァ、真面目な問いだよ」
蒼月は携帯をコートにしまいつつ、朔に問う。
「……さっきの僕の2つ目の罠。君はわざとかかったんじゃないかな?」
蒼月の目はまっすぐに、研ぎ澄まされた刀のように蒼く鋭く朔を射抜く。
「えっと、答えないと納得してくれそうにないですね。…ええ。確かに、読んでいました」
「……やはり。で、読んだうえで何故…?」
「理由は三つです。一つ目は、距離と時間を稼ぐため。私が会長に吹き飛ばされた直後に、大量の剣を具現化したでしょう。私はあの大分前から、術式を展開していましたが、あの規模の術は時間がかかります。その時間と、そして会長との距離を少しでも稼ぐ必要があった」
「……二つ目は?」
「会長に切り札を切ってもらう必要があった。それも私の傍で、ね。会長の術を破るために、至近距離で大規模術式を見てその術式構成のクセを解析したんです」
「……それだけならば、避けることも出来たはずだ。君の言う理由なら、術を回避したうえで僕の死角に潜り込むだけでも事を成すはずだけど…」
「そこで三つ目の理由です。私は会長に必勝を確信して欲しかったんです。あなたは決定打が入ったと見るや、接近戦に持ち込んで勝負を決めようと焦った。その思考の道へ私は誘導したかったんです。そして、まさにあの瞬間こそ丁度私の術式の発動タイミングでしたので」
「……まったく、君は僕以上に良い性格をしているねェ」
蒼月はため息を零して、からからと笑った。その表情は少しの毒も含んではおらず、純粋に朔を讃えたものだ。
「しかし、何故会長は私がワザと術を受けたと?」
「……それはねェ、僕がウソつきだからさ。人の嘘が分かるってのは、自分も同じく嘘をつくってことなんだ」
「ウソつき、ですか……」
「はあ、でも君にはしてやられたな。ま、とにかく、今日は楽しかったよォ」
と蒼月は愉快そうに笑う。
「……要、先輩。次は『本気で』戦いましょうね」
と朔は挑発的な笑みで返す。
蒼月要は朔の言葉を受け、一瞬驚いた顔を見せたが、すぐにいつもの調子に戻り、心底楽しそうに笑い、去って行った。どことなく底の見えない、奇妙な余韻を残して。
「………」
朔は手のひらが汗ばんでいることに遅ればせながら気づく。
勝負に横やりがなければ、自分は本当に勝っていたのだろうか?
ちなみに朔は知らない。蒼月に電話を掛けていたのは情報処理科生徒会長であり、訓練という名目とはいえ二人が仮想空間を壊しまくったことに対して、彼女は大変ご立腹であることを。




