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魔術師級(ウィザード)、二人(前編)

「……ここからが本当の魔術師級(ウィザード)の時間だ」


 蒼月が言った。


 その言葉で、演習場内が急に冷気に満たされたように、朔には感じられていた。


 蒼月要の傍らには、いつの間にかバスケットボール大の、泡のような玉が浮かんでいる。


「流石ですね、会長。まったく処理落ちがありません」


 いかに強力な能力であろうと、それが自身の潜在能力をオーバーする力であった場合、発動した術の動きは不自然になったり、速度が不安定になったりで、うまく運用ができなくなる。

能力が強力であればある程、この“処理落ち”という問題は避けられない。

その点において、蒼月要の能力運用は完璧だった。


「お褒めに預かり光栄だ。さあ、これが僕の√だ。次は君の番だよ」


 蒼月は不敵な笑みを浮かべ朔に能力発動を促した。


「……Blade(軋む心を刃に)」


 朔が呟き、念じたのは詩篇(ショートカット)である。

√を展開するために、世界に訴えかける宣誓。そして、自らの内面世界に貯蔵された術式(プログラム)にたどり着くまでの道(パス)。それは術式を走らせるための、いわば自己暗示。自己と世界を繋げるための言語である。


 朔の言葉を受けて、空間は変容を遂げる。創造主(プログラマー)の振りをした干渉者(ハッカー)に欺かれ、Øは一つの物質をこの世に産み落とす。その異常動作に世界は耐えきれず、不快な悲鳴を奏で、空間に亀裂が奔る。そして亀裂は、朔の術式(プログラム)に従い無数の剣へとその姿を変えていく。

 生み出された剣たちは、まるで意思を持つかのように宙を泳ぎ、朔に付き従うのだった。


「本気で行かせてもらいます、会長。全剣、刹断属性(ブレード・オン)!」


 続けて朔は剣に命じた。その命令により、全ての剣が悦びに打ち震えるかのようにかすかに揺らめいた。その動的所作により、金属質の高音が鳴り響く。それはまるで、剣が戦いに臨んで奏でた、冷たい歌声のようだった。


「う~ん。君の詠唱、すごくカッコいいね。まるで物語の主人公みたいじゃないか」


 しきりに感心している様子の蒼月だが、その目は油断なく朔の√を子細に観察している。


「…じゃあ準備ができたところで、レッツ・プレイ…といこうか。“母なる水は笑わない”」


 蒼月が右手を払い詠うと同時、今まで空中を遊泳していた水泡が全て、様々な方向から猛スピードで朔に襲いかかった。

 対して朔は、その場を動こうともしない。代わりに、同じく朔の周りで踊っていた剣たちが、空中を滑るように動き、それぞれの水泡に対して斬撃を仕掛けた。


 結果、普通水と剣がぶつかった時には決してあり得ない不協和音を立てて、水泡は全て幻であったかのように溶け弾け、剣は砕けて空に散って行った。


 緒戦は引き分けに終わる。だが、結果を見届けた二人の行動は全く対照的だった。


 朔は剣が砕け散ると同時に空中の別の剣を掴み、蒼月へと直接攻撃を仕掛けた。演習場の地面を抉るほどの踏み込みで、攻撃へと転じたその速さは極限にまで研ぎ澄まされていて、動作にはためらいがコンマ1秒ほどもない。 対して蒼月は、まるで朔の行動に構う様子はなく、何やら思案に暮れている様子だった。


「シッッッ!」


 朔の斬撃は右袈裟から入る。しかし直前、蒼月の足元から水柱が立ち上り、朔の剣は阻まれてしまった。水流に呑まれ、朔は後退する。


「そう焦るなよ、弓月朔。君はもっと冷静なタイプかと思ったが、猪突に攻めるほうが好みかい? 顔に似合わず激情家のようだね。そのクールな表情はポーズ、という訳か」

「そういう会長は相手の術式構成(ソースコード)の解析がお好きなようで。戦闘中なのに、冷静ですね」


 蒼月は先ほどから好戦的な気を隠そうともしていない。表情にはもっと戦闘を楽しみたい、とありありと出ていた。だが表情とは裏腹に、その戦術は極めて冷静で、熱さと冷たさの相反する要素を同時に持つ、不気味な気配を朔は感じていた。


 朔の方も、先刻の攻撃が通るなどとは考えていなかったため、すぐに体制を立て直して、後ろへ下がり距離を取る。


「私は術式を解析するのは不得手で。攻撃を仕掛けに仕掛け、相手を崩すのが専門なんです」


 朔はそう嘯くと、不敵に笑って見せた。


「僕たちは相性が良いのかな。僕は戦うなら君のようなタイプの方が好きだなァ。なにしろ僕はドMだからね。攻めるよりは攻められたい♡」

「ちょっ! 会長、何を言っているんですか!?」

「あっは、冗談だよ。舌戦では僕が先手を取ったかな。顔が真っ赤だよォ。かわいいねェ」

「くっ! 真面目にやってください」


 朔は蒼月に向かって剣を一振り投擲した。が、いつの間に創り出したのか、またもや蒼月の生み出す水泡によって阻まれた。


「あ、僕はこれでマジメ、なんだよ。真面目にふざけているのさ♡ まあ、言葉責めはこれくらいにして、そろそろプレイ再開と行こうか」


 会話の中にあって、朔は思案していた。蒼月が今操る流体は数にしてざっと37程。動きが多少カクついていることを考えると、あれが蒼月の情報処理量の限界と見て良いだろう。仮にそれが見せかけで、まだ余力を残しているとしても、あの術式を展開するには多少の時間が必要だ。

ならば、それを上回る数の剣で圧倒する。蒼月に時間は与えない!


「行きますよ会長! 製剣(クリエイション)、継続実行(フルレンジ)。全剣待機(ウェイトモード)」


 やはり、蒼月会長は強い。蒼の字を許されただけはある。

何より会長の操る術は流体。その性質故に術式構成が読みにくい点が厄介だ。


 朔は世界に対して命令を重ねていく。変革、変質、変遷、変容。


 次々と剣が生み出されていっては、朔の周りを規則正しく、円を描くように踊る。


 ハッキングは物語に登場する魔法のような、都合の良いものではない。

干渉者はØを通じてあらゆる物質のデータを書き換え、任意に操作、変容させることが出来る。だが、通常人間の脳はそのような動作を実行するようには創られてはいない。その不可能を可能にするため、能力者は脳を限界まで酷使している。


 剣を一振り生み出す、その動作一つとってみても、それを世界へと働きかけるためには何十節ものプログラムが必要になる。そして実行する負担はすべて術者に還る。


 普通の能力者だと、これだけの剣を生み出した場合、その負荷に耐えきれず、脳が熱暴走を起こすだろう。だが、朔は顔色一つ変えず、その離れ業を披露して見せた。それに対して蒼月は、舞台の観劇者然として、まるで動く気配はない。


「ブリリアント、朔くん! それほど無数の剣を操って、全く処理落ちを起こさないとはね。一度にそんなに大量のデータを扱うなんて、僕には真似できないよ。まさか君の脳(CPU)は複数に割れている(マルチコア)、なのかな?」


「ええ。割れていますよ、右脳と左脳にね! 全剣待機解除(フルアクティブ)、多重奏射(ブルートフォース)!!」


 朔が叫ぶと同時、夥しい数の剣が蒼月に向かって牙を剝いた。


 刺突、切り上げ、払い、唐竹割り。あらゆる角度から剣は蒼月を襲う。

だが、押し寄せる怒涛の剣波に対して、蒼月は一節、静かに言葉を紡ぐのみだった。


「そして蒼は、全ての命を始まりの海へと還すだろう。“ディープ・ブルー”」


 蒼月が発した命令(コマンド)で、演習場内の世界が反応し、蒼月の足元から水が湧き出した。円柱状のその水は二人の身長を超える高さまで立ち上り、そのまま蒼い柱は蒼月の眼前に広がっていく。

 水壁は300m四方の演習場の端から端まで届いており、押し寄せる剣は砕かれていく。その間にも朔の周りには新たな剣が次々に生まれては蒼月へ殺到するも、ことごとく壁に殺されていく。それはまるで、剣が自殺をしているようで、滑稽ですらあった。


 傍から見れば、朔の攻撃はことごとく失敗に終わったように見えただろう。


 だが、この展開こそ朔が臨んだものだった。


 蒼月の表情からは先ほどまでの余裕は消え、代わりに朔の剣を水の壁越しに凝視している。


「……なるほどね。術式構成の解析は苦手、か。言い得て妙だね。これは、強引だが理にはかなっている。君は7ケタの暗号を解くために0000000からzzzzzzzまで、全ての可能性を試すんだね」


 蒼月はそう言いつつ右手を前に突き出した。途端、殺到する剣を阻んでいた蒼の壁は崩壊を始めた。当然剣は蒼月を襲うが、蒼月は何でも無いように右手を優雅に振るう。その動作により、先ほど崩れた蒼壁が雨となって降り注ぎ、すべての剣を叩き落とした。


「分析の速さはさすがですね。あのまま行けばあと5秒程度で壁を突破できたのですが…」


 朔はさして残念そうでもなく、言った。

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