演習場にて
一般生徒が授業を受けている時間、弓月朔は学院の生徒が実戦訓練や√の運用演習の際に使用する、第一演習場と呼ばれる場所を訪れていた。
この空間は戦闘訓練場でもあるため、周囲には余計な物が何もない。ともすれば物寂しい空間との印象も受けるが、空気は澄みきっていて開放的な気分にもさせてくれる場所だった。
「わざわざ来てくれてありがとう、弓月朔君。入学式以来だね。多忙な君にご足労いただくなんて、大変に失礼なことをしてしまったねェ」
演習場の真ん中に、長身の、物腰柔らかな男が佇んでいた。その言葉に、朔は相変わらずの真面目な態度で応じる。
「いえ、そんな事は。私もこの学院の統括生徒会長であるあなたに一度お会いしたかったので。蒼月先輩」
「いやぁ。僕が部隊長になったのは去年だから、魔弾では君のほうが先輩だよ。だから朔君に先輩って呼ばれるのはなんだか複雑な気分になるね。呼び捨てか、せめて会長って呼んで欲しいなァ」
はにかみながら、学院トップの証である蒼月の名を冠する男は朔に言う。
こうして改めて目の前の男を目の当たりにして、朔は本当に蒼月が自分の一つ上なだけなのか、改めて疑問に思った。それ程に、蒼月という男は練磨され、いくつもの修羅場を潜り抜けた男に見えた。バーとかに居そうだ、と再び朔は思う。
「……では会長。改めて問いますが、私への要件というのは」
「いきなり本題かい? それもなんだか味気ないかなぁ。まず食前酒を楽しもうよォ」
「……ァ、あぺ? 何ですか?」
蒼月が何を言っているのか分からず、朔は首を傾げる。そんな朔を見て蒼月はクスリと笑う。
「高校生になった気分はどう? クラスメイトはどんな感じなのかな?」
「え、あ、あぁ。そうですね。そもそもこの学院は中高同じ敷地なので、それほど新鮮味はないです。ただ、クラスメイトはレベルの高い者が多い、です。皆向上心が強く、能力も高い。全員が自身のルート・キーを把握しているので、√の習得一番近いクラスと言えます。総じてプライドが高いのが玉にキズとも言えますが…。皆で技術を高めあい、お互いを刺激し合う良いライバル関係となれそうです」
突然の質問返しに意表を突かれ、若干戸惑いつつも朔は冷静に分析し、淀みなく答えた。
「へぇ、何だか楽しそうだねェ。君のクラスはやっぱり魔弾への入弾志願者も多いのかなァ」
「ええ、そうですね。能力の戦闘応用性を追求している者が多い印象なのでおそらくは」
「朔くんはクラスでは、やっぱり相当注目されているんじゃないのかィ?」
「まあ、それなりには、です。恥ずかしながら、クラス委員にも推薦されましたし」
朔は苦笑しつつ答えた。蒼月はそれを聞いて満足そうに頷き、薄い唇を笑みの形につくった。
「ありがとう。今年の新入生は豊作と聞いているから、今から楽しみだね。生徒会は常に良い人材を欲しているから、クラスの皆にもよろしく言っといてネ」
と、そこまで言って、不意に蒼月は言葉を切った。
演習場の空気が変わった。先ほどまでの弛んだ雰囲気は霧散して。
蒼月要は真剣な面持ちで切り出した。
「君に来てもらったのは他でもない。噂の隊長と一手仕合いたいとおもってね」
「なるほど。まあ演習場に呼ばれた時点でそれしかないですよね。でも会長、戦いの場所はここでよろしいのですか」
「ん? それはどういう意味だい?」
蒼月は朔の質問の意図が掴めきれず問い返した。その問いに対して朔は淡々と答える。
「私はあなたの√を存じています。『ザ・ブルー』。…あなたは、流体操作、特に水を操ると。水を操るならこの広い演習場よりも、屋内での戦闘の方が何かと都合が良いのでは?」
「あぁ、なるほど。そっか。僕の能力はバレてるのか。良かったよ。僕も君の能力を知っているからこれでおあいこだね。何だかお互い変に有名になってるみたいだね、『ソードダンサー』」
朔の答えに合点がいき、蒼月は訥々と答え始める。
「心配いらないよ。確かに僕の能力は屋内戦闘向きだね。水を具現化するにもそうだし、何より部屋を水で満たすことで色々と攻撃の幅も広がる。でもそれをしちゃうと、君は水を排出するために部屋、しいては建物自体を斬っちゃうでしょ。そしたらチーフに怒られるのは僕だからね。それは、考えただけでも恐ろしい…。だからここで戦るのさァ」
蒼月はそういって小刻みに震えつつ、引きつった笑みを浮かべた。
その仕草、表情に朔はほんの少し違和感を覚えた。
「……? 開校以来、最強の〝蒼月〟と言われるあなたが、それほどまでに恐れるような人物なのですか、鷲月レイ先輩は。あの小柄な方が、それほど恐ろしい√を秘めているとは…」
「あ、ダメ――」
蒼月は何か言葉を発そうとした。だがその言葉を耳にするより早く、朔の前に小さな人物が立ちはだかった。ここにいるのは朔と蒼月の二人だけのはずだが、学院の情報処理科生徒会長は音もなく、まるでそこに居るのが当たり前のように二人の間に立っていた。
「貴様は今、聞くに堪えん暴言を吐き、学院の風紀を乱した」
突然出現した鷲月レイ、その人は、背後にZOOOOOOOOOM! という効果音が出ていそうな勢いで朔に詰め寄る。
「え!? いえ、私は何も言ってま――」
朔は風紀委員長のあまりの迫力に慌てて弁解をしようとしたが、それを言い切る前にチーフ・鷲月は強烈なアッパーを朔の顎に決めた。その一撃は効果音を付けるならバキッ! とかガンッ! 何て生易しいものではなくジャグゴッ!! とまるで骨が粉状にまで砕けたような感じだった、と後に朔は語る。
あまりの衝撃に朔の片膝は地についていた。どうやら先の一撃が膝にきたようだ。何とか立ち上がるもいまだ膝は笑っている。
「弓月朔、うかつな発言は慎め。私は今“成長期”なんだ!! 二度とこ、小柄とか言うな!」
「は、はい! すみません!」
「分かればいい。――それと会長!」
とレイは要に向き直る。
朔が怒られている様子を見てニヤニヤしていた蒼月はビクンと体を強張らせ
「…な、何でしょうか?」
と小さく答えた。レイは辺りを一しきり見渡し
「ここ、あまり荒らさないでね。後始末が大変なんだから……」
と笑顔で囁いた。ただし目は笑っていない。その有無を言わさぬ迫力にしゅん、とうなだれる学院最強。
言いたいことをあらかた言い終えた鷲月は、現れた時と同じく、音もなく消えた。
後に残るは、まるで嵐が去った後のような静けさ。
「どうやってあの人は音もなくここに現れたというのですか? 概念系の能力…? しかし、自身を瞬間移動させるなど--」
朔は息絶え絶えで根本的な疑問を口にしたが、蒼月は愚問だとばかりに答えた。
「だから言ったんだよ~、彼女が怒ると恐ろしいって。さっきのアレは禁止ワードなんだよ。ひとたび口にすればそれが学内のどこであれ必ず彼女は制裁に現れるんだ…。あぁ怖かった」
どことなく蒼月会長は自らの言葉を楽しんでいるように見受けられた。ちなみに鷲月に説教されているとき、蒼月は朔以上にガクブル状態だった。
「……ところで朔くん、すごいダメージを負っちゃったね。そんな怪我で大丈夫?」
「大丈夫だ、問題ない。…あ、ない…です」
未だにダメージが残っているように見えるが、朔は妙に自信満々で即答した。そして不自然に慌てて最後を訂正した。
「…? 急に口調が変わったね。戦闘モードに切り替わったかな」
「そ、、そうですね、ゴホン。…脇道にそれていましたが」
慌てて取り繕いつつも徐々に朔の顔は真剣さを増していく。それに呼応して演習場の空気も、さらに硬質に抜身の刀のように変化する。
先ほどまで周辺にいた鳥たちも、いつの間にかどこかへ飛び去ってしまっていた。
今、この場に立つは二人の男のみ。入学式の続きが始まろうとしていた。




