独白
ようやく新年初の投稿。
お待たせしました。
戦争における絶対条件とは勝利ではない。
利益を出すことだ。あるいは利益を守ることだ。守る物が利益ではなく、誇りである場合もあるが、基本的に戦争とは利益と損害を天秤にかけて起こすものだ。
それは敗北も利益を出せば勝利と同等である以上に、利益なき勝利は敗北に等しいことを意味している。
戦いとは利を追求するものであり、利を強奪するものである。
だが、それは『生命』同士の戦いであった場合だ。種の存続あるいは繁栄を目的とした、『生命』としての戦争であった場合だ。理不尽ながらも合理的な、経済活動としての戦争の話だ。
此度の戦争は、『生命』と『衝動』との戦争だ。
誰も彼もが何かを喪失する。
だからこれは、決して『戦争』ではないのだ。
時代の変わり目とも言える『災害』だ。
■
「まあ、俺達の存在って奴はそれこそ『災害』に近いんだよな」
と、二世代目の『四大逆魔』筆頭にして史上最強の存在、龍神に勝利した分類不明の『何か』、アルウェー・デス・バラッドは呟いた。
「勧善懲悪なんて関係なく、老若男女なんて容赦なく、修羅神仏も躊躇なく、この世の全てを破壊する」
そこに一切の感情はない。あるのは『衝動』のみ。
その一点を、逆魔達は恥じることも悔いることもなく、全てを破壊しようとする。正に、絶対悪。
世界のありとあらゆる力が手を取り合い、あらゆる正義が集結し、協力し、打倒しなければならない『災厄』。
だが、世界はまだまだそのことを理解していなかった。
世界の四大国家、帝国、共和国、王国、連邦は手を組もうとしていない。一国の軍隊では逆魔の一体も倒せないというのに。
原因の一つとしては、逆魔の脅威が歴史から忘れ去れてしまったことがある。だがそれ以上に、世界が『平和』であったことがある。
世界は忘れてしまったのだ。モンスターが凶悪な存在であることを。英雄でなければ単身で強大な怪物を倒せないということを。
先日の『魔女』の一件から何も学んでいない。何も思い出してしないし、何も思い知っていない。
滑稽な話だ。
どこか楽観的なのだ。――誰かがどうにかしているのではないかと、期待している。
「本当、人間って奴は愚かだよな。いや、人間つうか、為政者が愚かなのか? それでも上手い具合に回るのが人間社会の怖い所だ。脳味噌と魔力しか取り得のない癖に、自分らの足元が崩れていることに気付かない。天が落ちてくることを心配しているが、実際に落ちてきた時の対策を何も考えやしない」
本当、考えるポイントをどこか間違えているのだ。対応と対処が噛み合っていないというか、思う事と考えるべき事がずれているというか。
非合理に、あるいは不合理に、大局を見ることができない。
それが人間の本質という奴だろう。だからこそ、政権は代わるし、王族は途絶えるし、世界から人間同士の共食いが消えないのだ。
その辺り、逆魔には理解できない部分だ。
何故、そのような不安定な種族が絶滅しないのか。紛いなりにも自分達の先代の四大逆魔を討伐した生命が、そのような儚いものなのか。
初代逆魔が弱かったと断じるのはとても簡単だ。だが、それでは話が終わってしまう。あるいは話が終わらない。
かつて人類が逆魔に勝てたのは、利害も何もかも忘れて手を取り合ったからだ。
指示を出すだけの為政者達はそうではなかったのかもしれない。だが、現場で戦う戦士達は違った。七人の英雄だけではない。数万に及ぶ軍隊の兵士一人一人の心が一つになっていたのだ。
“逆魔を必ず倒す”と。そして、“生きて帰る”と。
結果的に後者を果たすことは誰一人として出来なかったが、前者を全員の全力で実行することが出来た。
最初の内こそいざこざはあった。他国の軍隊と共に行動しているのだ。いや、同じ国の兵士にすら遅れを取る訳にはいかない。もっと言えば、同じ隊の人間にも負ける訳にはいかないのだ。七人の英雄達も、自分一人で全てを解決する腹積もりでいた。
武勲を立てるために、栄光を自国にもたらすために。そんな理由が彼らを動かしていたはずだった。
だが、逆魔を目の前にして、彼らは栄光を諦めた。『あれ』は――逆魔はそういう存在ではないと気付いたのだ。全人類が協力して立ち向かわなくてはならない、巨悪であり災害である。そんなことを誰もが悟った。
臆する者がいた。逃げ出そうとする者がいた。仲間を盾にする者までいた。だが、最終的に誰も彼もが立ち向かって、死んだ。恐怖しながら死んだ者がいた。震えながら殺された者がいた。悲鳴を上げることも出来ず息絶えた者までいた。
それでも、彼らは立ち向かった。そうするしかなかったから。そうすることでしか、世界を守れないと分かったから。
そこに有象無象の烏合の衆などいなかった。世界を守るために、愛する者を守るために立ち上がった勇者達がいた。例え史実に名前が記されなくても、兵士全員がまごうことなき『英雄』だった。
その結果が、『全軍全滅』と『逆魔討伐』である。
世界に巨大な傷痕を残して、初代逆魔は倒された。
「だけど、忘れられたら何の意味もないわなー」
アルウェーの周囲には、屍の絨毯が完成していた。
全員、帝国の兵士である。逆を言えば、帝国の兵士しかいなかった。アルウェーが帝国の兵士のみを襲ったのではない。帝国の軍隊と彼が戦って、彼が一方的な虐殺をした結果に過ぎない。今回のこれで、帝国の戦力は正しく半減したのだが、アルウェーがそれを知るはずもない。
帝国の軍隊だけで、アルウェーが倒せるはずもないのに。英雄もいないのに。勇者たる戦士もいなかった。
「何か、たりないんだよな」
五百年前と現代では決定的な違いがあった。
過去と現代の違い。『最初』と『二回目』の差。
それは世界が持った『危機感』。
五百年前と同じように手を取り合うべきなのに。世界はそれを選択しなかった。為政者達は、それを選ばなかった。軍人達もそれに反対しなかった。自分達でどうにか出来ると驕ってしまったのだ。
どうにか出来ると過信してしまったのだ。
五百年前の、逆魔達と初めて接触した為政者達ですらそんなことは考えなかったというのに。
人は歴史から何も学ばない。
「はーあ」
深い溜め息を吐き出すアルウェー。非常に人間臭い仕草だった。
「このままだと、楽勝で世界が滅びちまうぞ」
そういえば白騎士が現れないな。と、そんなことを考えながらアルウェーはしばらく昼寝をすることにした。
彼には時間がある。世界を滅ぼすのに、焦る必要はないのだ。
人類の側が焦る必要はあるが。
■
母さん。
この世界にはいない、俺の母さん。
これは不肖俺こと前門虎鉄のくだらない独白です。どうせ聴こえないでしょうけど、訊いてください。いいや、訊きやがれ。最後の最後で、親らしいことをしてください。遅いけど。遅すぎるけど。
で、一つ聞きたいのですが、俺はどうすれば良かったのですか。
俺は貴女に愛されたかっただけなのに。
どうやったら貴女に愛されたのですか。どうやったら貴女は愛してくれたのですか。どうやったら貴女は俺を抱きしめてくれたのですか。どうやったら俺は貴女に認めてくれたのですか。どうやったら、俺が貴女を愛せたのですか。
貴女は俺に死ねと言いました。
俺は一度死にました。貴女に死ねと言われたちょうど五年後の夜、声も名前も知らない少女に刺されて死にました。
理由も分からず、理不尽に殺されました。貴女の望んだ通り、貴女の前からいなくなりました。二度と顔を合わせることはないでしょう。合わせられるはずがないのですから。
これで満足ですか? これで貴女は俺を愛してくれますか?
いいや。貴女は俺を愛してはくれないだろう。貴女は俺を絶対に愛さないだろう。どうやっても、どうあっても、どう変わっても、どう終わっても。
俺と言う存在を愛してくれる人なんて、どこにもいない。親である貴女が愛してくれないのに、こんな俺を愛してくれる人なんているはずがない。それを理解しました。割とすぐに理解しました。理解したというか、承諾しました。
だから俺は、愛されることを諦めました。俺は愛することにしました。二度目の人生では、当たり前のものさえ愛さないことに決めました。在り来たりな欲望を捨てることに決めました。
俺を愛してくれない、この愛すべきくだらない世界を愛することに決めました。愛したくなんてなかったけど、愛するしかなかったのです。
だから、『ヒーロー』になりたかったんです。俺という人間ではなく、俺でない俺という偶像を誰かにではなく、誰もに愛して欲しかったのです。それを『愛』とは言わないのかもしれませんが。
だけど、それにも失敗しました。いえ、最初から失敗していた以上、これは失敗とは言えないのかもしれません。ただの当然なんでしょう。
妥協で英雄になれるはずがないのです。俺は偽物で、紛い物で、壊れ物なんですから。世界が求める者とは天地ほどの差があるのでしょう。それに気付かない辺り、世間って奴は鈍いです。鈍くて、愚かで、吐き気がするほど優しい。その抜け具合がありがたい。そして、鬱陶しい。
こんな考え方しか出来ないから、俺は失敗したのかもしれませんが。いや、だから失敗さえ出来なかったんですけど。
俺は女性が好きでした。これは母性を求めていたからもしれません。貴女が愛してくれなかった分を、他の誰かに愛して欲しかったからかもしれません。これもまた妥協ですか。
まあ、妥協であろうとも愛してくれた女はいましたけど。もういませんけど。
俺は俺の父親を知りません。貴女が俺を愛してくれないのは、そのことと深く関係していることを俺は知っています。知っていて、思い知っています。
いえ、何も知らないのかもしれません。
ふざけているように振舞って、バカであるように装って、今日の今日まで生きてきました。そうやって生きるしかなかったんです。そうでないと、俺はすぐにも死んでしまいそうだったから。
教えてください、母さん。俺に命を与えてくれた人よ。
俺は、幸せになんてなれないのですか? いえ、幸福だって本当は要らなかったんですけど。
今の俺は、タマモさえいれてくれたらそれで良かったんですが。
俺を殺したあの殺人鬼と同じ顔をした少女。異形の虫を利用して大勢を不幸にしてきた一族の、殺し損ない。狐耳で、赤い着物がよく似合う彼女。悪戯っぽい笑顔とどこか幼い寝顔が素敵だった女性。俺の傍にいたいと言ってくれた唯一の人。
彼女だけが必要だった。地位も名誉も金も力も、幸福さえも不要だった。そんなものは要らなかった。昔は欲しかったけど、今は要りません。捨てました。
彼女以外は何もいらなかったんですが。嘘っぽいですけど本当に。言葉を重ねると更に嘘っぽいでしょうか。まあ、誰に嘘だと思われても構わないんですけど。だって、俺が本当だって知っているんですから。
最後に、もし貴女に一言だけ伝えられるのなら、こう言っておきます。
「俺は貴女が大嫌いだ」
貴女が俺を嫌いなように。でも、貴女を殺すことがなく死ねて良かった。あのまま生きていたら貴女を殺していたかもしれませんから。
まあ、どうでもいいか。俺はこれで、貴女に関する思考を止める。金輪際、貴女のことを含めた他人のことを考えるのを止めましょう。どうせいくら考えても意味のないことですし。
さあ、世界でも滅ぼしてみるか。




