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警鐘


 選択肢を間違えるのはいつだって世界の方だ。




 それは世界を震撼させた『魔女の狂笑』から半年が過ぎたある日のことだった。


 世界は再び恐怖を味わうことになる。


 その日は全世界で人気のラジオ番組『ラビット日和』の放送日だった。人々はその放送を楽しみにしていたが、その日、『ラビット日和』が放送されることはなかった。


 ラジオから流れてきたのは、ラビットの声ではなく、このような切羽詰った声の警告だった。


『緊急警報! 緊急警報! 巨大なドラゴンが観測されました! 近隣の住民の皆様は速やかに批難を……ザーザー……』


 それだけを伝えて、ラジオから声は聞こえなくなった。だが、その短い時間の文章だけで、人々は軽くパニックになった。


 ドラゴンは『最強』と称される種である。そのドラゴンが観測された以上、避難すべきなのは当然のことだ。だが、その『ドラゴンが観測された場所』とはどこなのだ? それが分かっていない以上、避難のしようがない。


 人々はラジオの続きを待ったり、ドラゴンが暴れているのが見えないかと高い場所から周囲を見渡したりした。しかし、人々はどこにもドラゴンの姿を見ることは出来なかった。デマかと疑う人も出たくらいだ。


 だが、王国だけには混乱も警戒も疑惑もなかった。何故か? この時点で、『王国』と呼ばれる国が消滅していたからだ。


 数分後、ラジオからラビットとは全く別の声が聞こえてきた。


『あー、あー。ただいまマイクのテスト中。番組は予定を変更してちょっとしたサプライズをやらせてもらおう』


 ふざけた口調で、謎の人物はそう語り出した。


『俺は新・四大逆魔の頭領だ』


 謎の人物はそう名乗った。


『何? 逆魔って何だだと? 偉い学者に聞くか、図書館で調べてこい。全く、俺達の先輩があれだけの被害をもたらしたというのに、世界は何故、「逆魔」の存在を忘れてしまったのだろうな』


 くっくっくと笑う謎の人物。


『俺達がこうして帝国を滅ぼした理由は簡単だ。かつての先輩方をリスペクトしての行為だ。無論、その意味も込めてドラゴンが一体だけで滅ぼした』


 その言葉の意味を理解していない人間の方が圧倒的に多い。その危険性を全く予期していない人間の方がよっぽど多い。


 だが、いずれ世界の誰もが知ることになる。早いか遅いか、死んで思い知るか生きて思い知るかの差でしかない。


『俺達はこれから世界を滅ぼそうと思う』


 まるで散歩か何かに行くように、軽い感じで、謎の人物は宣言した。


『特にこれといった動機はない。強いて言うなら、伝説になるためか。今度こそ世界の歴史に逆魔の名を刻み込み、決して忘れられないように傷痕を残してやる。間違って世界を滅ぼすかもな』


 第三者からしてみれば、意味不明な宣言でしかない。加えて、はた迷惑極まりない。だが、災厄とは総じてそういうものだ。むしろ宣言がある分だけ、謎の人物は良心的とさえ言える。


 世界がどう思うかは全く別の話だが。


 ふと何かを思い出したように、手を打った音が聞こえた。


『ああ、忘れるところだった。こいつを教えておかないと世界は俺達に対して本気で戦ってくれないだろうからな。出し惜しみをされてもつまらんし』


 そして、逆魔が告げたのは衝撃の事実だった。


『お前らが災厄と信じて疑わない龍神、「虚無の大罪」ウロボロスだが……つい先日、俺達が倒したぞ?』


 本来なら吉報であるはずの龍神の敗北は、世界に恐怖を与えた。




 逆魔の宣告が行われる少し前。


 世界十二迷宮が一つにして世界最大の巨大迷宮、『モノケイロス』が崩れさった。


 ある英雄によって攻略されたのだ。


 迷宮の最深部まで辿り着いた英雄は、戦闘能力を持つ獅子型の『核』と一時間に及ぶ格闘の末、勝利を収めることができた。


 その英雄とは勿論、『白銀の鎧騎士』こと前門虎鉄だった。これで彼の『英雄』としての座は確立されたようなものだ。


 呼び名としてではなく、称号として、正式な称号として、彼は英雄と呼ばれるだろう。


 崩れ去った巨大迷宮の近くの丘で、虎鉄はタマモと一緒に久々の外界の空気を堪能しながら、瓦礫の残骸となった迷宮を眺めていた。


「あれが迷宮だったと思うと、何だか寂しいものがあるッスね」


「迷宮だって生物だからね。いつかは死ぬ定めだよ。それをアンタが少しばかり早めただけの話だ」


「攻略された迷宮の跡地ってどうなるんスか?」


「さあ。普通の迷宮ならそのまま放置されて賊の根城になるか、鉱物の採石場に変わるか、ゴミ捨て場になるかってところだけど、世界十二迷宮だから。観光地にでもなるんじゃない? 十二迷宮そのものが人を呼ぶみたいなところはあったから。危険度の低い場所に限るけど」


「ふうん」


「アンタこそ大丈夫なの? あの巨大獅子とあれだけ派手に戦って。無傷って訳じゃないんでしょ?」


「いやあ。どっかの魔女に比べたら雑魚ッスよ」


「比べてやんなよ、可哀そうだろうが」


 英雄の癖に死者……死獅子に鞭を打つような真似をする男だ。


「……あのライオンとは魔力を半分開放したら戦えたッスけど、あの魔女とは魔力全開放でも瞬殺だったッスからねえ」


 遠い目をする虎鉄。


「まあ、当分の資金は出来たッスから、これで次の迷宮に行こうッス。武者修行ッスよ、武者修行」


 虎鉄がそう言って掲げる袋には、一杯の財宝が入っていた。迷宮攻略の成果である。金貨にすれば千枚にはなるだろう。二人旅の資金としては十分過ぎる。


「ところでさ」


「うん?」


「あれ、良かったの?」


 タマモが指差す先には、帝国、共和国、連邦から寄越された三人のスカウトマンがいた。


「白騎士様ー! 白騎士様、どこですかー!」


「どうか我が軍にいらっしゃってください!」


「せめて今回のお礼とお詫びを!」


 三人が騒ぐ様子を、虎鉄とタマモは離れた場所で見ていた。


「いいのかい?」


「いいッスよ。どっかの所属になるとか面倒くせえッス」


 自由気ままな生き物でいたいのだ。猫に似ているのは見た目だけではない。


「さーて、行くッス」


 二人は迷宮とは反対の方向に歩き出す。


「近くに、羊の丸焼きが名物の町があるはず」


「じゃあ当面はそこを目指すッスか」


「いやあ。楽しみだねえ。羊って私、食べたことないんだよねー」


 まだ見ぬ美食を想像して笑みを浮かべるタマモ。考えていることが食事であることを除けば、とても可憐な少女だった。


 孤独な少年がようやく見つけた答え。それがタマモ。少年は今、最高に満ち足りていた。彼女とこれから生きていこうと決めた。英雄の称号などもういらない。


 このまま彼女と生きて、家庭を築いて、老いて、そして死のう。きっと、それは自分が望む未来のはずだ。


 とりあえず、


「子供の名前はどんなのにするッスか?」


「ぶーっ!」


 虎鉄の質問に盛大に吹き出すタマモ。


「ととととと、突然、な、何を、何を言ってんだい、アンタは! こ、ここ、子供って! えっ! ついになの! こ、今晩がしょ、初夜になるの!? ついに私、女になるの!?」


「んー。そういうことになるんスねー」


「ええ!? こ、困る! 心の準備が!」


 顔を真っ赤にして自分を抱きしめるようにするタマモに苦笑しながら、虎鉄は手を差し出した。


「ほれ、行くぞ」


「……うん」

 

 タマモはその手を取ろうと、自らの手を伸ばそうとした。


「あ、れ……?」


 だが、それは叶わなかった。突如として、タマモは脱力感に襲われ、その場に崩れ落ちた。


「こ、コテ……」


 最高の愛と最低の憎悪を抱いた少年の名前を、少女は呼ぶことが出来なかった。


 虎鉄は突然の事態に、呆然とした。だが、すぐにそのか細い身体を抱き上げた。


「タマモ……?」


 少女の名前を呼ぶが、彼女は応えない。身体をゆすってみるが、何の反応も薄い。顔色が尋常ではないほど悪い。呼吸も脈拍も虚弱だ。徐々に体温が低くなっていく。目にも生気がない。彼女が自慢にしている狐耳がどんどんしなっていく。


「え? え? な、何がどうなってんだ? おい、タマモ? 何の冗談だよ、笑えないぞ?」


 虎鉄の笑顔は引きつっていた。


 力の入っていない動作で、タマモは虎鉄の頬に触れた。


「ごめんね、コテツ……」


 少女の手は落ちる。


 その日、少年は答えを失った。あの日のように、二度目の絶望を思い知った。





 少年が絶望を改めて思い知ったと同時刻。


 ある迷宮から、邪悪が出現した。


 それは女性と見間違えるほどの中性的な美貌を持った少年だった。


 蒼い右目に、紅い左目。


 髪は漆黒の如き黒髪。所々に変色したような茶色い毛も目立つ。


 天使のように神々しい精気と悪魔のように禍々しい邪気に加えて、武神のように荒々しい覇気。そのアンバランスさが『彼』の異質性を高めていた。


 その手には七色の道が渦を巻く御旗があった。


 逆魔が四体のみの少数精鋭であるのに対して、『彼』は異形の軍勢を率いていた。その数、実に七百七十七体。


 一体一体が百の兵に匹敵する異形がおよそ八百体。単純計算で、八万人の軍隊と遜色ない戦力となる。


 その異形とは、全て迷宮に生息していたモンスターである。


 人間を一飲みできるほど巨大な狼、全身が爛れた鬼、白く燃え盛る虎、三つ首を揃えた大蛇、瘴気を纏った禿鷹、雄叫びを上げる飛龍、紫電を放つ猿、紅い鱗の蛟、小躍りをする鶏、岩石の甲羅を背負う亀、陸を歩く鮫、異様に腹の膨らんだ蛙、龍の頭を持つ蝙蝠、猛毒を垂れ流す蛞蝓、百の手の蟷螂……その他、数え切れない形容もしがたいような異形が大地に溢れていた。


 それは全て『彼』の背中に付き従うように、道無き道を進行していた。


 何故、理性なきモンスターが『彼』の配下にあるかだが、答えはとても簡単だ。


 五百年もの間、迷宮の『核』の付近にあった『魔王の櫃』は『核』と融合を起こし、やがて迷宮全てを支配する力を得たのだ。


『魔王』と『鬼神』の両方の能力を吸収した『彼』は、そのどちらの能力を手に入れている。


 現在、『彼』こそが迷宮そのものと言っても過言ではない。


 人型をした世界十二迷宮。


「――我が覇道の前では、いかなる勇者であろうと英雄であろうと天才であろうと聖人であろうと悪党であろうと王者であろうと塵芥に等しい」


 七色の御旗をなびかせて、『彼』は高らかに宣言した。


「我の名は、『逆魔道王』六道飛鳥! 畏れ、慄き、恐怖しろ! 我の名を歴史に刻み込め! ……我こそが! 災厄なるぞおおおおおお!」


 そこには、剣聖を目指した少年の面影など微塵も残っていなかった。




 この時点で世界は三つの過ちを犯した。


 一つ目は、龍神のことは覚えていたのに、四大逆魔のことは忘れ去っていたこと。


 二つ目は、『剣聖』六道飛鳥のことを軽んじていたこと。


 三つ目は、前門虎鉄から最愛の少女を奪ったこと。


 四つ目の過ちがなかったことがせめてもの幸いか。不幸中の幸いという訳ではなく、最悪のケースと比べての幸いだが。


 最悪のケースとは、魔女の狂気を悪化させることだった。だが、それは図らずも迷宮の『核』のおかげで回避された。


 今回、彼女は人知れず観測者となることを選んだ。全ての結末を目撃して、全ての終焉を記録して、最愛の親友に報告するためだ。よって、彼女が此度の災厄の一つとなることはない。


 だが、最悪のケースとは何なのだろうか。


 そもそも、最善ではない時点で、それは最悪ではないのだろうか。災厄が三つも同時に起こる以上、それは最悪と大して変わらないのではないだろうか。多少、被害が違うだけで、結果はほとんど変わらないのではないだろうか。


 ならば、これから起こることは間違いなく『最悪』なのだろう。









 戦争が、英雄無き戦争が始まる。




長らくお待たせして申し訳ありませんでした。

次で次章予告をやって「迷宮編」は終了します。

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