神話の真実
世界を作ったのは、一匹の龍の孤独だった。
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最初は、何もありませんでした。
本当に何もありませんでした。光も闇も火も水も風も土も人も獣も鳥も魚も心も命も魂も善も悪も想像も破壊も、何一つありませんでした。虚無さえなかったのです。世界は零ですらなかったのです。世界なんてなかったのです。
そこに、四つの命が始まりました。それは二体の竜と二体の龍でした。
後に竜神と龍神と呼ばれる者達です。
竜神は「光」と「闇」を、龍神は「全」と「無」を司っていました。この時、「世界」はまだなく、明るい場所と暗い場所があるだけでした。
だから、「全」の龍神が世界を作りました。龍の骨が大地となり、龍の血が海となり、龍の肉が生命となりました。
龍の咆哮が音となり、世界の誕生を告げました。
龍の喜びが土として生命を育み、龍の怒りが火をして燃え上がり、龍の悲しみが水として渇きを潤し、龍の楽しみが風として舞い上がりました。
獣が大地を駆け、魚が海を泳ぎ、鳥が空を飛び、人が愛し合いました。
人間が愛し合うことを始めると、「全」の龍神は死にました。だけど彼は満ち足りていました。何故なら、彼は死んでいないからです。世界の一部として、世界の全部としていき続けるからです。
愛と死は表裏一体であり、どちらも「全」からの贈り物なのです。
「全」の龍神が世界を作るために死ぬと、今度は「光」と「闇」が世界を導くことにしました。
「光」と「闇」は四人の人間を選びました。
才能に溢れた青年と、気高さを知る少年と、優しさに満ちた童子と、厳しさを持った老人でした。
彼らは竜神に神格を与えられて、竜となりました。
後に、この四人は竜王と呼ばれるようになります。
竜王の誕生は、魔法の誕生でもありました。火、水、土、風の四元素です。これに竜神の光と闇を合わせて、魔法の六属性が誕生したのでした。
あらゆる生命は、この六属性のどれかに分類され、その恩恵を受けていました。
ですが、一つだけ例外がいたのです。
それが「無」の龍神、『虚無の大罪』ウロボロスです。彼だけが唯一、「無」という属性を有していました。
「無」の属性は彼以外の全てを拒絶し、破壊します。
ウロボロスは、この世の全てを憎んでいました。唯一自分と同じだった龍神に、世界の誰からも愛される彼に嫉妬していました。そんな彼を愛する世界を、憎んでいたのです。
だから、彼は世界を滅ぼそうとしました。
それを二体の竜神は止めようとしました。彼らは世界を愛していたからです。世界を作るために消滅した龍神を尊敬していたからです。
一体の龍神と二体の竜神の戦いは、一晩で終わったとも百年にも及んだとも言われています。
勝敗は引き分けであり、事実上は竜神の勝ちでした。こうして世界が現存している以上、それは紛れもない事実なのです。
龍神はその存在と能力を四つに分けられました。
一つは彼の魂。世界を憎む悪しき魂と「無」は、龍神のまま残されました。
一つは彼の肉体。決して殺すことの出来ない肉体は、鬼神と成りました。
一つは彼の魔力。決して尽きることのない魔力は、邪神と成りました。
一つは彼の異能。彼が使用した幾万もの能力は、破壊神として鎧に封じられました。
そして、それら四つの分身は、この世界の理の外へと追放されたのです。
対して、竜神は消滅しました。死んではいません。かと言って、生きてもいないのです。彼らはこの世界のどこかで眠りにつき、その魂と肉体と精神を復活へと近付けているのです。
復活は今日かもしれないし、千年後かもしれない。
それは誰にも分からない。
竜王も人々も獣も魚も鳥も木々も世界も、竜神の復活を待ちわびている。
世界に感謝しながら。
この世界がもう一体の龍神の屍とは知らないまま。
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「ちゅーのが、神話の真実な訳なのよ」
と、迷宮の『核』である少女は締めくくり、ティーカップに口を付ける。
世間の人々は後半の竜神と竜王のことは知っているが、前半の世界誕生については誰も知らない。世界を作ったのは竜神であるというのが一般的である。
「『無』の龍神ってのは『虚無の大罪』ウロボロスのことね。龍神ってあいつ一体のみを指す言葉だってされているけど、『竜神』と同じく『龍神』も二体いるのよ。正確には『いた』んだけどさ」
片や世界を創造し、片や世界を破壊しようとした。龍神とは何とも極端である。
「もう一体の龍神の名前は、『混沌の慈愛』ファフニール。世界を創造した龍神の名前であり、この世界の名前でもある」
世界の名前、即ち星の名前。
「この秘密を代々隠しながら語り継いできた私達の一族からすればさ、ファフニールのことを世間が知らないのは納得できないのよ」
「だったら公表すればいいのに」
「それは無理。だって、ファフニールは世界そのもの。もし世間に『世界が龍神で出来ている』ことが知れ渡ったら、最悪なことを考える奴が出てくる」
「最悪なこと?」
「世界そのものを龍神に戻すってこと。あるいは、世界を全く別物に作り変えること」
「……出来るの?」
「理論上は。部分的だけど実行した奴がいる」
世界十二迷宮の一つ、人類最大の汚点とされる人工迷宮『ダミークラック』。百年ほど前にある魔術師によって創造された迷宮であり、その原材料は“人間”。この迷宮を誕生させるためだけに、大国が一つ滅んだとされる。
この迷宮を作った魔術師は、『世界の真実』を知っていた。その事実の断片を利用して、大勢の人間の命を引き換えに『ダミークラック』を作り出した。
元始の事実を応用すれば世界を一瞬で滅ぼすことが可能だということが立証されてしまったのだ。
「私に話しても大丈夫なの?」
「うん。まあ、悪い奴には見えないし」
どうやら『核』の少女の人を見る目は腐っているようだ。
英雄を倒したという話も聞いたはずなのに。
「それに、友達とは秘密を共有したくなるじゃない?」
「と、友達?」
その言葉に食いつく雪風乙姫。
心なしか顔が赤い。
「友達、友達、友達……」
「おーい、オトヒメちゃーん」
「はっ! な、何!? 何かな、私の友達の……えっと? 名前って何? そういえばまだ聞いてなかった」
「あー、ごめんごめん」
ふふふ、と『核』の少女は微笑んだ。
「私の名前はクイン。この『ブラゴ・アイ』の『核』。この竜王誕生の地を守り続けた一族の、最後の女」
一族の人間は代々、誰かが『核』になってきた。『核』になった人間は子を成すことが出来なくなり、迷宮から出ることも出来なくなり、寿命が尽きるまで迷宮と共にあり続ける。
「私の一族はこの迷宮の――この『記念館』のランプの油よ。そして、私の命もそれほど長くない」
「え……?」
「後、百年くらいかな?」
思ったより長い。
だが、『百年』で短いということは、この少女の年齢がいくつになるのか。最低でも百歳ということになる。
「……伝説にはまだ補足があってさ」
クインは苦笑しながら話し出す。
「大きな国ってさ、帝国、共和国、連邦、王国ってあるでしょ? この四つの国家って実は四大竜王の血縁者が作ったんだよね」
まだ世界に国などない頃、竜神によって竜王は選ばれた。
『偉大なる竜王に選出された名誉ある人間、その血族こそ世界の指導者に相応しい』と、国家を作った者達がいた。
赤火竜王の弟が帝国を、青水竜王の父が共和国を、黄土の兄が連邦を、緑風竜王の息子が王国をそれぞれ建国させた。
「で、私の一族って元々はその四つの血族の、はみ出し者の連中なんだよね」
ブラゴ・アイは、竜王誕生の地であると同時に、竜王の血族の流刑の地。当然、流れ行く年月の中で竜王の血は混ざり合った。
つまり、クインは四大竜王全ての血縁者となる。その存在を四大竜王は知りもしないが。
「ここは監獄だった。私はこの迷宮以外の世界を知らない。私が生まれた時には、私の一族は私の両親しか生き残っていなかった。『核』は私の兄。私が十歳になった時、私を『核』にして死んじゃった」
父も母も『核』である兄も、娘であり妹である自分の目の前で首を吊りやがった。
クインにとって、毎日が孤独だった。生きるとは地獄だった。
だけど、だからこそ。今日という日に彼女は感謝している。生まれて初めて、竜王に祈りを捧げても良いと思ったほどだ。
「……嬉しかった」
突然泣き出したクインに、乙姫はおろおろと戸惑った。
「く、クイン?」
「これまで、迷宮に入ってきた奴はさ、私が『核』だって話したら、殺そうとするか逃げ出すかのどっちかだった」
当然だ。
迷宮の『核』であるということは、人間ではない。人間であるはずがない。元が人間であろうとなかろうと、『核』である以上は倒すしかない。『核』を倒すために人々は迷宮へと足を踏み入れるのだから。当然、殺しにかかった人間は返り討ちにしてやったが。
だが、目の前の少女はそんな素振りは皆無だった。自らの正体を明かしても、怯えることも殺意を抱くこともなくただただ受けれてくれた。
小説の流行も、他の迷宮の知識も、世間の情報も、彼女は殺した人間の知識を魔力として吸い出すことで知っていた。
こうして誰かと話すことは、クインにとってほとんど生涯初のようなものだ。薄れつつある家族との会話は、ほとんどが迷宮についての知識だけだ。あんなものは対話でも何でもない。
「私、今すっげえ嬉しい」
成る程確かに、彼女にとって乙姫はどうしようもないくらいに、『良い奴』なのだろう。これ以上ないくらいに、友達なのだろう。
「ねえ、私達の関係って、友達でいいよね? 私、初めての友達が出来たって思っていいんだよね?」
縋るような目をするクイン。
「……それは違うかな……」
「……っ!」
乙姫の言葉に、クインは声にならない悲鳴を上げた。そんなクインに、乙姫は目を合わせてはっきりと言う。
「私は、貴女と友達じゃなくて、親友でいたいんだけど」
「……へ……?」
呆然とするクインに、乙姫は照れながら告げる。
「だからさ、単なる友達じゃなくて、そのワンランク上の『親友』でいたいのよ。わ、私もさ? ぶっちゃけ、友達っていないんだよねー。少し前まで世界のことなんて、病院しか知らなかったし」
彼女が生前に入院していた病院には同世代の子供など友達なんていなかった。そもそもベッドの上から動くことも出来ないような身体だった。妹が友達を連れて乙姫を見に来ることがあったが、あれは妹の友達であって乙姫の友達ではない。
「えっと、だからお願いします。クイン、私と親友になってください」
手を差し出す乙姫。
クインはボロボロと泣きながら、その手を握り締める。
「うん、うん……! オトヒメは、私の親友だよ! で、でも、親友って宣言してなるもんなのかな……? よく分かんないや……!」
「まあ、お互いが親友だと思ったら親友だよ」
にこやかに返す乙姫。
彼女は彼女で、憑き物が落ちたような顔をしていた。
とても数ヶ月前に虐殺を行った魔女と同一人物とは思えない。そこにいたのは、どこにでもいる普通の女の子である。これが彼女の本来あるべき姿なのだろうが。
「よろしくね、オトヒメ!」
「こちらこそ、クイン」
二人は熱い抱擁を交わした。
「まあ、私、結構な人間を殺したことあるんだけどさ」
「大丈夫! 私だって何百人も殺したことあるから!」
……友情の形は正しいのかどうか分からないが、肝心の本人達は色々と狂っていた。




