剣士の屈辱
ある病人の話をしよう。
とある病状で苦しんでいた少女の話をしよう。
「死ねばいいんだ」
彼女自身も覚えていないような話にしよう。
少女は自分の死因を『病死』だと思っている。だが、本当は違う。しかし常に病院のベッドの上で人生を過ごしていた彼女が交通事故に遭うこともなく、また階段から落ちたことでもなく、彼女を苦しみ続けていた病気と別の病気で死んだ訳でもなく、地震で病院が倒壊した訳でもなく、見ず知らずの殺人鬼に襲われた訳でもない。狂気の看護師が点滴に薬物を混ぜた訳でもない。
乙姫の死に、そこまで複雑な事情は絡んでいない。
「死んじゃえ」
少女は自分が不幸だと思っていた。だから、妹が幸福だと思っていた。でも違った。妹だって不幸だった。いや、不幸とは言えないような不幸だった。結局、それは見方の問題だ。少女――雪風乙姫が、自分を世界一不幸であったと誤認していたように。
雪風乙姫を殺したのは、彼女の妹だった。名前はここでは伏せておく。どうせ出番のない少女の名前だ。ここで表記しても意味はない。全くだ。
妹が姉を殺した動機は単純なものだ。単純すぎて、気持ち悪いものだ。
周りはいつも姉を優先していた。両親は姉に付きっ切りだった。自分はいつだって美しく病弱で聡明な姉のおまけだった。
そして、つい先日、恋人が姉の写真を見つめていたことで、それが爆発した。爆発したというか崩壊したというか落盤したというか。
とにかく、妹は姉を殺すことにした。
殺す方法はこの場合、問題や話題にするべきでもないような在り来たりなものだ。眠っている姉の首を絞めた。
だが、
「お姉ちゃんなんて、死んじゃえばいいんだ」
古来より人は、その言葉を、その感情を、その行動を『呪い』と呼ぶ。
たとえ覚えていなかろうと、たとえ忘れていようと、たとえ記憶に刻まれていようと。
呪いを受けたような人間が、その後正常であれることは、決してない。
呪いとは、そういうものだ。
■■■
「……虎鉄くん」
前門虎鉄がやられたのを見て、飛鳥は溜め息を吐いた。それは、露骨なまでの失望の意思表示だった。
「人間として、今の攻撃はどうかと思うけどね……」
「そんな態度を取っている奴に言われたくないわよ。というか、資格がないんじゃないかしら?」
「はははは、それもそうだ。って、ことで、第三の型『修羅道』奥義、《羅生門》!」
飛鳥は笑いながら二刀流で斬り殺しにかかる。だが、雪風乙姫も遅れを取らない。
「甘いわよ。《アクアマシンガン》」
「ははっ! 奥義を本気で試して死なない相手なんて初めてだ! こりゃ申し分ない特訓の相手となる! 『人間道』奥義、《逆立ち》!」
「ふざけんじゃ、ないわよ! こっちは遊んでる暇なんてないの! 三つの魔法を混同発動、《ソドムボトム》!」
「生憎、こっちだって真剣だぜ! おっと! 今の真剣は別に刀が真剣であることと、マジと読む真剣を掛けた訳じゃないから! 第四の型『畜生道』奥義《麒麟》!」
「あーもー! うざ過ぎ! 性格も存在も超面倒! 死ねばいいのに! というか殺してやるわ! 《無慚》!」
「おおっと! 風の斬撃系か、なら新技を試させてもらうとしよう。『餓鬼道』奥義《千両箱》!」
「くっ! だーかーらー、ふざけてんじゃねえわよおおおおおおおおおおおお! 《雪幻氷菓》!」
くそ、こいつらとんでもねえレベルの攻防戦を繰り広げている。
雪風乙姫が広範囲に遠慮なくぶっ放す高出力の魔法と、遠くの距離の大地まで切り裂く飛鳥の斬撃で、もう足の踏み場もない感じだ。一瞬でも気を抜いたら死ぬ。骨も肉も魂も残らない。
「こうなったら武器から破壊してやるわ……《天承・爆》!」
爆発音と共に、飛鳥の右手の刀が爆散する。だが、彼の顔から余裕は消えていない。むしろ何か愉快そうな顔だ。
「甘いね」
ガゴガギ! バキバキ! ガッキン!
そんな特殊な金属音がしたかと思うと、爆発したはずの刀が元通りの姿になっていた。
「さ、再生した!?」
驚愕する雪風乙姫に、飛鳥は得意そうに語る。
「その通り。この『羅刹』は切れ味もさることながら、その最大の能力は無限再生! 故に、刃こぼれせず、折れようが曲がろうがすぐに再生し、何であろうが一刀両断する!」
「あ、アンタ、それって自分の身体にいた奴を封印したんでしょ! 何で不死身なんて武器に移すのよ! 自分が持っていた方が便利じゃない!」
「いやあ。攻撃なら避ければいいけど、武器の手入れって難しいからね。いちいち鍛冶屋に行くのも面倒だし」
つまり、武器の手入れなんかの手間を減らすために不死身を放棄したと。
「お前、馬鹿じゃねえの!?」
人それぞれと言うかもしれないが、突っ込まずにはいられなかった。
「ふっ、悪いね。これが僕の生き様さ」
「何気取ってんだ、この女顔!」
その面で男前を気取ってんじゃないよ! こんな状況だぞ。全く、もうちょっと真面目にやれって。
すると突然だった。
飛鳥がピタリと動きを止めた。その行動を怪訝に思ったのか、雪風乙姫も攻撃の手を止める。竜王たちも様子を伺っていた。
「……れが……だ」
飛鳥の低い声がした。思わず背中がゾッとするような冷たい声音だった。
「え?」
「誰が、女顔だあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
キレた。これまで飄々とした態度を貫いてきた剣聖が、本気でキレた。
「誰が女顔だ! 誰がオカマだ! 僕だって、僕だってな! 好きでこんな顔してんじゃねえんだよ! もっと雄々しい顔に生まれたかったよ! それが無理なら不細工に生まれたかったね! 男が綺麗な顔だからって得なんて一つもねえよ! むしろ損しかないっての! これ言うとだいたい僻まれるけどさ、普通の男の格好してるのに、男の娘呼ばわりされるのは大分きついものがある! お前は普段着で街中を歩いていたら『へい、そこのボーイッシュな子! 俺らとお茶しない?』とか言われたことあんのかあああああああああ! 『僕、男ですけど』って言った後、『それでもいい!』って食いつかれたことあんのかああああ! リアルに貞操の危機を感じたわ!」
空恐ろしい体験談を教えてくれるな! こっちが怖いわ!
「僕を女男呼ばわりした罰だ……てめえから殺してやるよおおぉおおおおおおおおぉぉおおおおおおおおおおおお!」
ちょっと待て! そこまでは言っていないぞ!
俺の言葉を待たず、飛鳥は身体に濃厚なオーラを纏う。雪山を歩いているような寒気と、火山の近くにいるような熱気を同時に感じた。
「『六道一転流』第六の型『地獄道』奥義《等活》!」
鋭い一閃だったが、どうにか避ける。だが、飛鳥はすぐに追撃を打ち出してきた。このままだと、き、斬り殺される!
「避けるな! 《黒縄》!」
「いや、だから落ち着けって!」
「ちょっと私のリョーマを取らないでよ! 《ブラックキャノン》!」
「てめえこと邪魔すんな! 《衆合》!」
雪風乙姫の打ち出した黒い塊を、飛鳥が一刀両断する。そして、もう片方の刀を振るって、大きな衝撃波を放つ。
「《叫喚》!」
「ふっ! 《炎壁》!」
衝撃波は、雪風乙姫の不敵な笑みと共に出現した炎の壁に防がれた。
「なめんじゃねえぇぇえええええええよぉぉおおおおぉお! このクソアマがぁぁあぁあああああああああああああああああああ! 『地獄道』奥義、『焦熱』!」
それは三百六十度、周囲全方向に一度に放たれる衝撃波。
案の定、その衝撃は俺の方に達してきた。空の竜王にも被害を被っているようだ。どうにか回避。さっきから避けてばっかだ。
「気をつけろ、このオカマ野郎!」
あ。やっちまった。
見れば、飛鳥は物凄い迫力のある笑顔に、血管を浮かべていた。そんな表情でも綺麗だと感じてしまうとは異常だ。
「やっぱりお前から殺ぉぉぉす!」
「うえええ!? だから、どうしてそうなるんだよ!」
「『人間道』奥義《大盤振る舞い》!」
こうなったら仕方がない。
俺は両手をだらりと下げて、自然体の姿勢を取った。一ヶ月ほど前、俺に斬りかかってくる彼がそうしていたように。
「『六道一転流』第五の型『餓鬼道』奥義……」
「はっ……!?」
「《不合鏡》!」
俺は飛鳥の右手に持っていた刀を奪刀して、彼の身体を斬りつけた。
一ヶ月前、飛鳥がヴァイルに使用した技。俺はあの瞬間をしっかり見ていたから、しっかりと学習させてもらった。
「があっ!」
飛鳥が鮮血を散らしながら地に伏せる。勿論、急所は外してある。だが、戦える状態ではないだろう。それでも飛鳥は敵意の眼差しを俺に向ける。そして、その色は先程よりも濃い。
「な、何故、僕の剣技を使える……?」
「一回、見たからな」
「ぼ、僕の六道一転流が……、そんな簡単に……一度見たくらいで……何で、何でだ。嘘だ……」
悲痛そうな顔をする飛鳥に、俺は言ってやる。
「何が六道一転流だ。こんなもの、ただの剣術じゃないか。見ただけで使えない訳がないだろうが」
まあ、偉そうなことを言っているが、全ては『全能制覇』のおかげなんだよな。でも、さっきの剣術も全部使えるってことだし。ちょろいちょろい。
「…………っ! て、てめえ……!」
激情を隠そうともしない飛鳥。
だが、今、彼に構っている暇も余裕もない。
「お前なんかの相手をしている暇はない。後にしてくれ」
「っ!」
怒りのあまり、言葉が出てこない様子の飛鳥。まあ、放っておこう。
「待たせたな、雪風乙姫」
「それほどでもないわ。……さあ、始めましょうか。それとも終わらせるのかしら?」
「ああ……終わらせてやるよ!」
ヒーローらしくな!
『おい、相棒』
ん? 何だよ、アース。
『俺を使ってみろ』
……俺が神からもらって一度も発動していないスキル、『龍神格化』か。だけど、何でこのタイミング?
『相手はあれほどの魔法の使い手。普通の手段では倒せん』
こっちも同じ魔法を使えば相殺し合えるじゃないか。それでどうにか隙を作るってのは、どうだ?
『それだとどうしても後手に回るだろうが。それに、魔法対決ではどうしてもお前の方が遅れを取る。忘れたのか? あの女の魔力は竜神以上なんだぞ』
そうだった。
でも確かあれって、暴走の危険性があるんだっけ? でも、この状況、あの相手ではその危険性も飲み込むしかないよな。
腹をくくるか。
「さっきからどうしたの? 独り言?」
「いや。決心だよ」
「え! じゃあ殺されてくれるの?」
「何でそうなる!? お前、どんな脳みそしてんだ!」
「じゃあ何の決心よ!」
「本気を出す決心だよ!」
つうか何でキレてんだ!
えっと、そういえばどうやって発動するんだ? 『龍神格化』って?
『叫べ。「発動! ドラゴントランスぅぅぅ!」って』
マジで!? 恥ず!
『どうせあの女と俺しかいないだろ? あの鎧と剣士なら、すでにいないぞ』
え? あ、本当だ! どっちもいなくなってやがる。二人ともとても動ける状態ではなかったと思うが。
でも、竜王は? 上空に二体と、そこで瀕死の奴が一体いるけど。
『あれはノーカンで』
分かった。
「分かるなよ! その二人だけだと思っている心の会話、しっかり聞こえているぞ、死に損ないの無限龍が!」
『あれは無視しろ』
あ、ああ。何か問題がある気がするけど、アースが言うのなら仕方がない。目の前の魔女さんもそろそろ動き出しそうだしな。
それでは、行きましょうか!
「発動! ドラゴントランスぅぅぅ!」
■■■
そして、『最悪』への引き金は引かれた。
もう後戻りはできない。
英雄は魔女に破れ、剣聖は無限龍に敗れた。その結果は番狂わせでも何でもない。ただの運命。
竜王は最初から蚊帳の外。竜神が復活するなんてご都合主義は起こらない。他の伝説も現れない。
人々に恐怖を。世界に苦痛を。歴史に混沌を。
悲劇は幕を閉じるが、災厄は止まらない。誰にも止められない。止めることはできるけど、誰も止めようとしないだけ。
全ては神の手の上で。神さえ読んでいなかったことで。
斉藤龍馬は、
この時のことを
すぐに後悔することになる。
彼の心が生きていればの話だが。




