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神の悪戯


 唐突だが、例え話をしよう。


 カードゲームを主題としたアニメで例えよう。


 主人公が使うような王道で強いカードを、噛ませ犬キャラの脇役が使っていたら、貴方は何を思うだろうか?


 不快に思う以上に、滑稽に思うだろう。


 ――噛ませ犬の癖に。

 ――雑魚だろうが。

 ――使えこなせるはずないのに。


 そんなことを思わないだろうか? あるいは思いもしないだろうか。


 頑張れば主役になれるのは、最初からその素質を持っている人間だけだ。


 奇跡を起こせるのは、人々を感動させられるのは、そういう『素質』がある人間だけだ。しかし、自分に眠る才能に気付かずない人間のなんと多いことか。 


 受身だから『主役』になれない。


 逆に言えば、『素質』がないような人間は、勘違いをしている人間は、どう頑張っても『主役』になんてなれない。


 自分の役割は間違えてはいけない。


 間違えた奴から失敗していく。


 運命は決まっていないが、素質は決まっている。『才能』とは違う、所謂『奇跡を起こす力』は、変えようがない。







 話は変わるが、神々の間であるゲームが流行っている。


『世が世なら歴史に名前を残していたであろう人間の魂を、自分が担当する世界に飛ばして、変革を起こさせる』という趣旨のものである。


 異世界に飛ばされた人間を転生者と呼ぶ。そして、どんな魂を飛ばせるかは、抽選である。一等から三等があり、当然、一等の人間の魂は英雄的素質に溢れている。十億人に一人と言われている。二等は千万人に一人、三等は百万人に一人だ。


 例えば、六道飛鳥。

 彼はもう三年生きていれば、家族や親戚一同を皆殺しにするという歴史的猟奇事件を起こしていた。だから三等だった。


 例えば、雪風乙姫。

 彼女はもう五年生きていれば、新開発された医療技術で病気が完治させ、国際的な女性科学者になっていた。だから二等だった。


 例えば、前門虎鉄。

 彼はもう三十年生きていれば、ある長期的紛争を終結へと導いて『不戦の英雄』として歴史に名前を残していた。だから“一等”だった。


 歴史に名前を残すとは、それほどの人材だ。


 ただ、三等の人間というのは、実はかさ増しできる。何せ百万人に一人だ。元々かなり多い。

 かさ増しというか偽造。偽札よろしくの印刷に近い。


 具体的な手段としては、歴史に名前も影響も残せない魂を掻っ攫うことだ。

 そのような魂は、人間以外に転生させられるので、名前も知識も前歴も綺麗に消されている。だから、前世がどんな人間だったのかは神にさえ分からない。


 どうにか魂を手に入れたら、それに名前やら記憶やらをでっち上げて、三等以下の魂の出来上がりである。


 もっともこの魂は本命の転生者を成長させるための敵役として作られるので、どうやっても負ける運命にある。あくまで『人間』として命を授かる以上、それでも幸いと思うしかないのかもしれないが。


 また、一等の人間の権利を手に入れていれば、それを三等あるいは二等の魂と“差し替えることができる”。


 つまり、前述の偽造と合わせて使えば、『歴史に全く名前を残せない人間』を『歴史に甚大なる影響を与えた人間』の魂として扱えるのだ。


 もっとも、できるだけで実際にやる奴はいない。


 何故なら意味がないからだ。


 どんな名前や知識を与えたところで、素質は変わらない。それが魂だ。だからこそ、一等や二等といった制度があるのだ。言うならば、古新聞で作った千円札の偽札を一万円として使おうとするようなものだ。馬鹿馬鹿しいを通り越して、滑稽な話だ。


 しかしそんな無意味な行為をする神が一柱だけいた。


 彼がそんなことをした理由は、ただ一つ。


「んー? やってみたら、何か起きるんじゃねえかなーと思ってよ」


 極めて適当だった。


「あー、それからこれは蛇足なんだけどな? 転生者に与えられる能力の中に、『全能制覇』というものがあるんだ。世界一嫌われている能力だ」


 それは、他人の能力を見ただけで覚えられるという能力。

 極めて使い勝手の良い能力であるが、それ故に、神々は転生者にこの能力を勧めない。いや、絶対に勧めない。転生者が望んでも断固拒否する。


 この能力を選んだ転生者は、例外なく悲惨な死を遂げているからだ。

 この能力は他人からとても恨まれやすい。その世界の住人だけではなく、他の転生者からも目の仇にされる。


 当然と言えば当然だ。


 努力の時間や才能の特別さ、血統の気高ささえも否定する、ヒーローにあるまじき能力なのだから。


「努力もせずに才能に依存するようなヒーローが、どこにいるよ。そんなんだから、『失敗』するんだ……斉藤龍馬みたいにな」





 格好良く(あるいは格好悪く)叫んだが、俺の姿は変わらなかった。というか、何も変わっていない。


 雪風乙姫もポカーンとして、俺を見ている。いや、ちょっと痛い奴を見る目をしている。やめろ、そんな目で見るな。俺だって理解できないよ、この状況。こら、空の竜王ども、苦笑いしてんじゃねえよ。


 おい、アース。何がどうなってんだ? 俺はてっきり『龍神格化』ってのを発動したら、自分の身体が龍になると思っていたんだが。


 ん? アースからの返事がない。


「く、くかかかか」


 あれ? 俺、笑ってる? ん?


「あーっはっはっはっはっはっはっは! やっと手に入れた! 手に入れた、手に入れたぞ! 俺の、俺の肉体だ! あっはっはっはっはっはっはっはっはっは! ようやく報われたぜ、俺の苦労がよ!」


 俺の口で、俺以外の何かが喋る。


「少々サイズは小さいが、こっちの方が小回りが効くと考えるか。何より『全能制覇』って能力がいい! 魔力が無限ではのは不満だが、さっき手に入れた覇気でどうにかなるか。不死身でないのは痛いが、そもそも竜神でもない限りは俺に触れることなんて不可能だから関係ないな」


 喋ろうとするが、口が動かない。いや、口は動くし、舌も回るし、喉も鳴るんだが、俺の意思とは関係なく、それらが機能する。


 いや、口だけじゃない。手も足も目も何もかもが、俺の意思では動かない。感覚さえもない。なんだよ、これ。


 途端に、竜王の表情が変わる。いや、竜の表情の変化はよく分からないが、目つきが変わったので表情も変わったのだろう。


「お前……、ウロボロスか!」


「まさか、宿主である転生者の身体を乗っ取れるとはな!」


 え?


「大正解だぜ、馬鹿竜王ども! 竜神無しでは何もできねえ元人間がよ!」


 ん!? 聞き捨てならない情報が聞こえてきたが、それより今は現状確認だ。


 おい、アース! お前、俺の身体を乗っ取るってのはどういうことだ! 『龍神格化』ってのは、そういう能力なのか! 後でちゃんと返してくれるんだろうな!


「は? 返す訳ねえじゃん。もう俺の身体なんだし。それから、俺は『アース』じゃない。ウロボロスだ」


 ど、どういうことだ。


「そういうことだ。この身体はもう俺の物。お前の物じゃない。所有権も支配権も俺にある。まあ、俺の身体なんだから当然なんだけど」


 て、てめえ、どういうつもりだ! 俺を騙したのか!


「嘘なんか言ってねえぞ? 本当のことも言ってないけどな。俺は最初からてめえの肉体を乗っ取ることだけを目的としていたんだよ」


 しれっとした態度のアース。


「何かよく分からないけど、強くなったってことかしら!」


 雪風乙姫が嬉々として魔法を撃ってくる。


「《ダブルスライサー》!」


 雪風乙姫が両手から繰り出した二筋の斬撃が、俺の身体に迫るが俺の意思では俺の身体は動かない。だが、アースは動こうとすらしなかった。


「《炎壁》」


 突如として現れた文字通りの炎の壁が斬撃を防ぐ。自分の攻撃が簡単に防御されたことに、流石の彼女も驚きを隠せないようだった。


「……わお」


「ふわあ。終わりか?」


 アースが欠伸混じりに訊ねると、雪風乙姫はにこりと笑った。それは邪悪とも不気味とも狂気とも縁遠い、歳相応の少女の笑顔だった。


「ええ。今日はもう終わるわ」


「へえ。随分と物分りの良いことで」


「今日は邪魔が多いし、落ち着いたから。それに、こんなどうでも良い場所で終わらせるのはもったいないじゃない?」


「ははは。確かに」


「ふふふ」


 ひとしきり笑うと、雪風乙姫は真顔に戻って、踵を返した。


「じゃあね」


 そんな軽い感じで手を振りながら去っていく。


 な、何だろう。とりあえず、危機は去ったってことで良いんだろうか?


 ん? あそこに転がったいた黄色い竜王の姿がないような……。


「ちッ」


 鬱陶しそうな舌打ちをしたのは、俺の身体を乗っ取っているアース。雪風乙姫が去ったのに俺に身体を返す様子がない。


 アースの視線、つまり俺の視線の先には、黄色い竜王を背負って空の向こうへと飛び去っていく青い竜王の姿があった。


 どうやら今の間に黄色い竜王を回収して逃げたらしい。


 そして、緑の竜王が戦意に満ちた目でこちらを見下ろしていた。


「はっ、あいつらは見逃してやるか。どうせ俺には脅威にならん。だが、この俺相手に足止めが出来るなんて自意識過剰なてめえは殺す」


「ふん。足どころか息の根を止めてやろう」


「それが遺言か?」


 アースは俺の右手を前に突き出した。


「《アクアマシンガン》! 《ソドムボトム》、《無慚》、《ブレイクサンダーキール》! 《バリアショック》! 《ブラックキャノン》!」


 俺の右手から打ち出される大量の魔法。先程、雪風乙姫が散々使用していてくれたからバリエーションには困らない。


 だが、その魔法は一つも当たらなかった。


「当たるとでも思ったか、そんな攻撃!」


 なんて速さだ! あの巨体でアースからの攻撃を巧みに避けている。アースも自分の攻撃が当たらず、苛立っていた。


「ちっ。でかい図体でちょこまかと……」


「ふん! 俺はこの世の竜の中で最速! かつての巨大なお前ならどうにかできたが、今の身体ではどうにもできまい! 小回りが効くだけで、速い訳ではないのだからな!」


 竜王からの挑発に、アースはにやりと笑うだけだった。


「……なら、避けられない規模の攻撃をしちまえば良いだけの話だ。《オーバーニング・改》!」


 小山ほどのスケールの火炎が、竜王を包み込む。


「ぐ、ぐあああああああああああああ!」


 緑の竜王は大地に墜落した。黒い煙を上げて、肉が爛れて、痙攣している。鮮やかな緑色の鱗は、黒こげだった。


「ぐ、ぐあ……」


「どうした? うん? さっきまでの自信は」


 アースは俺の腕で、緑の竜王の頭部を鷲掴みにして持ち上げる。竜王は呻きながら呟いた。


「お前らは生きろ、青いの、黄色いの。死ぬのは俺のような……」


「めっちゃ在り来たりな遺言だな」


 そしてアースは先程、雪風乙姫が使用した魔法を使用する。


「じゃあな、《天承・爆》」


 バン!


 乾いた音と共に、竜王の頭部が爆散した。飛び散った流血が俺の身体と衣服を汚すが、アースはそれを全く気にしない。


 ドサッ。


 頭部を破壊された竜王は、虫けらのように地に伏した。当然、動く様子はない。死んでいる。


「かっかっかっか。所詮、竜王なんざこの程度だ。人間が神格化されただけの、紛い物だ。人間の身体を介しているとはいえ、本物の龍である俺に勝てるはずがないんだよ」


 圧倒的。


 世界最強の存在であるはずの竜王が、仲間の盾となることと逃げることしか出来なかった。


 すると、


「ああん? なんだか視線を感じるな……だけど、近くに生命体の気配はない……となると……」


アースが何かに気付いたように辺りを見渡す。そして不快そうな深い溜め息を吐き出した。


「あー、こりゃあれだな。さっきからずっと遠隔透視魔法で観察されたな。それも一つや二つじゃない。世界中がこの瞬間を見てやがる」


 え、マジで。


「多分、国王や帝王なんかも見てやがるな。何せ竜王がいたんだ。ケチョンケチョンだけど……そうだ、ちょうどいいや。声明発表といこう」


 アースは、俺の顔でにたぁぁぁと笑った。そして叫ぶ。これを見ているという世界中の人間に向かって。



「聞け、世界! 俺の名は『虚無の大罪』ウロボロス! 偉大なる唯一龍神! 世界に混沌をもたらす悪魔! 世界を破滅に導く神! 人に仇なす異形の頂点! 今宵、俺は! この存在をもって、お前らに宣戦布告する!」



 アースは……、否、ウロボロスはいつからこれを望んでいた?


「お前らの頼みの綱である竜神はいない! 竜王どもなんざ障害にもならん! 他の伝説魔物でも送ってくるか? あいつらを使役できる術士なんていねえだろうけどな!」


 最初から? この世界に来て、俺が落下するところからずっと? 


「それでも滅びたくなかったら――俺を殺しに来い!」


 こうして、俺は世界の敵になってしまった。


「俺は世界を支配する! ……てめえら人類を滅ぼしてな!」


 ダークヒーローでもアンチヒーローでもなく、ごく一般的な悪役として。


 


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