英雄の敗北
ある一族に受け継がれた『六道流』という拳法があった。剣術ならぬ拳術があった。人は輪廻転生を繰り返した分だけ強くなるという概念を持つ流派。
六道飛鳥はその家の出身である。
六道飛鳥が考えた『六道一転流』とは、そのまま『六道流』の拳技を剣技へと変更させたものなのだ。
相手の身体や武器の直接破壊を目的とした『天道』。
片手技を主体とし、応用力に特化した『人間道』。
両手両足を駆使し、攻撃性に主眼を置いた『修羅道』。
絶対領域たる間合いを持つ「静」のカウンター、『畜生道』。
見切れぬ高速の「動」のカウンター、『餓鬼道』。
理性も野性も完全に捨てた拳法家としての最終境地、『地獄道』。
習得が破門を意味する禁忌、『外道』。
その六つの型によって構成させる拳法、『六道流』。飛鳥はそれを継ぐはずだった。将来的には師範になる。誰もがそう願い、そう信じ、そう望んでいた。本人でさえもだ。しかし、そうはならなかった。
飛鳥は才能に恵まれなかったのだ。拳士としての才能ではない。戦士として、戦う者としての才能が圧倒的に欠如していた。
身体が弱い。反射が鈍い。勘が悪い。疲れやすい。体力がない。貧弱であり、軟弱である。目が悪い。身が細い。運に恵まれない。手が弱い。筋肉が脆い。意思が弱い。足が遅い。臆病である。愚直になれない。正々堂々とできない。自分がない。自信がない。女のような顔である。
最後のはあまり関係ない。本人が気にしているだけだ。
とにかく、戦士として欠陥品だった。不良品だった。途轍もなく、出来損ないだった。
飛鳥が中学生になった時、彼の両親や祖父は、彼のことを諦めた。見切られ、見限り、見放し、見捨て、見殺した。息子としてでも弟子としてでも戦士としてでもなく、一人の人間として見捨てた。
「待って……」
飛鳥は両親から見殺しにされた時、怒りはほとんど感じなかった。皆無である。憤怒や憎悪、怨嗟を抱くような余裕はどこにもなかったのだから。
「待ってよ、父さん。母さん」
弱いから見放された。脆いから見切られた。愚かだから見限られた。失敗だから見捨てられた。欠陥だから見殺しにされた。出来損ないだから、愛されなかった。愛が欲しければ強くあるしかなかった。
「弱いからだ……弱いから、僕は独りなんだ」
だから彼は、来世では強くなろうとした。そして神から力を貰い、強くなった。それこそ剣聖と呼ばれるほどに。かつて習得できなかった拳法を剣法として作り変えて、この世界にその名を刻みたかった。前の世界のような惨めな想いは、孤独な目には遭いたくなかったのだ。
しかし六道飛鳥は失敗していた。愛を得るための手段として強くあろうとしたのに、その愛を求める心を捨てていたのだ。愛を求める人であったのに、いつの間にか血を食らう鬼になっていた。
そして、その報いを受けることになる。
再び、自分の「弱さ」を思い知ることで。
■■■
俺の姿を確認して、雪風乙姫は本当に嬉しそうだった。
「やっと見つけたやっと見つけたやっと見つけた! んー! 幸せ! 最高!」
この喜び様だけ見れば、本当に天使みたいなんだけどな……。中身、悪魔だもんな。マジで魔女だもんな。
「えっと? 知り合い?」
飛鳥が物凄い引き気味の笑みで聞いてくる。
「いや。全力をもって否定する。一瞬だけ顔を合わせた仲なだけだ」
「そんな関係、何故顔を覚えているんだい?」
「そりゃ、こんなだし……」
「納得」
苦笑しながら納得された。納得されちゃうんだね。てか、おい。何故に距離を取る。頼むから俺を一人にするんじゃないよ。
ガシ!
とても避けられないような速度で接近され、顔の側面に手をやられて、顔面を固定された。いや、メッチャ怖いっス。今すぐ逃げたい。何で来たんだよ、俺。後悔だよ、普通に後悔だよ。
狂気に染まった目を俺に向けてくる雪風乙姫。正直、こいつはファーストネームで呼びたくない。
「ねえねえねえねえねえ! 貴方の名前、教えてよ! ネーミングプリーズ!」
色々と間違った英語だ。こいつ、頭があまりよろしくないのか?
「りょ、リョーマだ」
「わお! 具体的に何やったか知らないけどその名前出しておけば歴史好きだって認識されるような名前だね!」
飛鳥といいこの女といい、某明治の志士に対する認識がひどい!
グググググググ!
「痛い痛い! 頭を挟んでいる手に力を込めるな!」
潰れる! 本気で潰れるから! グチョって! こいつの場合、魔法でパーンとできそうだから洒落にならない! 想像したら冷や汗が出てきた。
一刻も早く逃げ出してー!
「んん? 何で泣いてるの?」
痛いのと怖いからに決まってんだろうが。
「あ! 貴方も嬉しいのね! そうよね! 嬉しいのよね! 感激! 私も嬉しくなちゃうわ!」
うわあ、良い様に誤解してるよ、こいつ。頼むから誰か助けてー。
そっと飛鳥の方を見てみるが、何やら刀を構えて瞑目していた。彼の身体から靄みたいなものが出ている。俗に言うオーラって奴。
『あれは、あれだな。気を高めているな』
アースがそう教えてくれる。
は? 気を高めているって?
『魔力の低い人間が開発した奥義とでも言えば良いのかな。集中力によって物理攻撃の威力を高めるんだ』
へえ。そんな奥義があったんだ。まあ、飛鳥の魔力って一桁だからな。そして俺は飛鳥以外に魔力一桁の人間を知らない。
『ちなみに、魔力の高い人間でも使うことはできる。お前には例の「全能制覇」があるから、これでお前にも使用可能なはずだ』
成る程。これで俺の戦い方のレパートリーが増えた訳か。今、人生の瀬戸際にいるけど。
『それからあいつ、お前ごとその女を斬る気だぞ?』
……はい?
アースからの言葉に呆然とする俺だが、飛鳥の低い声が聞こえてきた。
「『六道一転流』第六の型『地獄道』奥義……」
彼は「くわっ!」と目を見開いて、俺と雪風乙姫を目掛けて、その両手に握っている刀を振るった。大事な部分だけもう一度言おう。俺を目掛けて。
「《阿鼻叫喚》!」
反射的に防御術式を展開する。次の瞬間、俺を襲ったのは、強い衝撃。どうやら術式で防ぎきれなかったらしい。
「うおおお!?」
気づけば、身体が宙を舞っていた。ぐるんぐるんと身体が回転して、
「あべし!?」
今日は何度地面に倒れるんだろうか、俺は。
「てめえ飛鳥、何しやがる!」
痛みに耐えながら抗議すると、心底不愉快そうな顔で、
「……ちっ」
「舌打ちされた!?」
「ちっ!」
「より強くしてんじゃねえよ!」
だが、彼の目線は俺に向いていなかった。ではどこに向いているのか? 簡単な話だ。雪風乙姫の方を向いているのだ。
「あらら。ちょっと油断しちゃった」
見れば、砂煙が上がっている。そこから、のそって感じで起き上がる雪風乙姫。全く効いていないようだ。ノーダメージ。
というか、さっきの攻撃はかなりの威力だったらしい。辺りの風景が一変している。倒れていた黄色い竜がかなり遠くまで飛ばされていることからも、そこは窺える。
そういえば、あの黄色い竜も竜王なんだよな? 何でもう倒されてんだよ。何で竜王ともあろうものが虫の息なんだよ。
「こらそこの剣士、俺らまで斬り殺す気か!」
ん? 頭上からも抗議の声が。天上の赤い竜だった。あ、喋れたんだ。
『うるせえ竜王どもだ』
アースが俺の中で嘆息する。
「ちっ。喋るな、トカゲめ」
「なんだとー!」
「じゃあミミズか?」
毒舌が半端じゃない!?
「誰がミミズだこら……」
「うっさいわよ! 《円上威風》!」
風の渦が赤い竜王を直撃した。その余波みたいな突風が砂煙を立てて、目を開けてられない。
「う、うおおおおおおおおお!」
目を開けてみると、赤い竜王の姿はどこにもなかった。さっきの叫び声。どっかに吹っ飛ばされたのか? 竜王だから無事だとは思うけど……
「あーもう! うるさいうるさいうるさいうるさい! どいつもこいつも邪魔ばっかり折角の再会なのに! もう台無しよ!」
涙目で喚く雪風乙姫。まるで誕生日会がオジャンになった子供みたいな態度だ。しかし、それを彼女に言う資格はないだろう。祭りを滅茶苦茶にしてくれやがったんだから。
「……まあ、いいわ。ねえ、リョーマ」
とても男心をくすぐる可愛らしい声。上目遣いだし、つい吸い込まれそうだ。お願いだから、その狂気を引っ込めて。
「あ、ああ。何かな?」
間違っても気安く呼ぶなとは言えない雰囲気だ。言ったら即刻、首と胴体が今生のお別れをすることになる。
「そ、その、ちょっとでいいから、……殺されてくれない?」
「断る」
「じゃあ死ねえええええええええええええええええ!」
どっちにしろバットエンドルートだったよ! これ何て無理ゲー!
「《バリアショック》! 《第一螺旋》から《一万聖歌》を発動! 《ブレイクサンダーキール》! 《エクストラジャッジメント》を充填して、《ドラボイス》、《暴》、《大逆鱗》を混同発動して、《グランデーバイル》!」
「うぎゃああああ!」
こ、こいつ、第一級魔法どころか、大昔の事件簿でしか聞いたことがないような禁断魔法まで使ってやがる! そんな知識どこで覚えた! どこの国でも資料は焼き捨てているはずだぞ! 仮にどこかの裏組織や暗部に残っていたとしても、そんなに種類豊富に集められるはずないだろうが!
「うおおお!? ちょっとそこの無限龍もどきくん! お願いだから避けないで欲しいかな! 流れ弾が僕らに当たるから!」
「危なっ! むしろ痛い! いくらか当たっている!」
上空の青い竜王が勝手な要望を出し、緑の竜王は回避に専念している。なんだよ、この竜王ども、超絶究極完全完璧使えねえぞ! いない方がまだマシだ。空にいるから盾にもならないしよ。
「おっとっと」
飛鳥は随分と余裕な調子で避けている。軽やかで鮮やかだ。てめえ、どこで特訓しやがった。蝶か何かか。
「避けてんじゃないわよおおおおおおおおおおお! 《オーバーニング・フルバースト・改》!」
超巨大な火炎の塊が放出されるが、それを間一髪で避ける。あんなの食らったら骨も残らないぜ。
「ひぃぃぃい!」
「この私の愛が受け取れないって言うのおおおおおおおおおおお!」
受け取れるか! そんな重い上に痛い愛なんて! 二重の意味で尋常じゃないくらい痛いわ!
どうにかして突破口を……ん? さっき俺をここまでぶん投げてくれやがった鎧が猛スピードでこっちに突進してくる。こっちというか、雪風乙姫の方に。
「うおおおおりゃああああああああああああああああああ!」
これまた尋常じゃないくらいの気迫、鬼気を込めての突貫。
「っ!」
雪風乙姫も気づいたのか、そちらを見る。そして鎧目掛けて、魔法を乱射する。
「しつこいわね……! 《ポーカーエッジ》、《クラックバブル》、《サイクロンドライバーヘッド》!」
だが、特大の魔法がぶつけられたのに、鎧は全く勢いを衰えず、こちらに突貫してくる。それから鎧自体は全く破壊されていなかった。なんという防御力と耐久力。
「あれだけの攻撃で無傷……衝撃波で攻撃したのにそこまで遠くにも飛ばせなかったみたいだし、頑丈な鎧ね」
だが、動揺したように見えたのは、ほんの一瞬。彼女は右手をすっと、突進してくる鎧に向けた。
「だけど、中身まで頑丈じゃないでしょ。《天承・爆》」
バン!
そんな音と共に、鎧から血が溢れ出す。継ぎ目継ぎ目から滲むように出る赤い液体が、漆黒の甲冑を一瞬で染め上げた。
鎧が絶叫もなく倒れる。
「は?」
目の前で何が起きたのか理解しかねた。いや、脳が理解することを拒否した。だが、分かってしまった。
この女、鎧の中だけに攻撃を仕掛けやがったんだ! 先程の発言から察するに、この鎧は彼女の攻撃を食らって、さっきの竜王みたいに吹っ飛ばされたんだろう。しかし無傷。あの鎧を破壊することは不可能。ならば、柔らかい生身の中身を攻撃すれば良いって話だ。だが、本当に実行するか普通。
改めて悪魔みたいな女だ。
しかも《天承》って爆発系の魔法だよな? 《爆》が付いているってことは上級クラスの爆発のはずだし。あの鎧の中の人も、死んだな。
そしてその悪魔みたいな女は、鎧なんて既に興味がないとばかりに、俺の方に向き直る。
「さて、続きを……」
「ぐ、ぐうう……」
「……え?」
その呻くような唸るような声は、鎧の方から聞こえた。
「舐めんじゃねえよおおおおおおおおおぉぉぉぉ!」
鎧は立ち上がった。いや、すごいな鎧! 鎧っていうか、鎧の中の人。何者だ? ちょっとステータスで……って、え? 『前門虎鉄』ってことは、あの時の白髪かよ。
いやいや、体格がちがわなくないか? 彼は160あるかないかくらいだったが、あの鎧は二メートル近くあるぞ。それに、あいつが持っている鎧は、白のはずだろう。『白銀の鎧騎士』なんだし。
「そ、そんな馬鹿な……」
自分の魔法が効いていなかった、いや、効いていたけど堪えていない様子を見て、絶句する魔女。その瞬間を見逃すほど、鎧も隙だらけではなかった。
「だりゃあああああ!」
鎧が急接近して、雪風乙姫の腹部に鉄拳を決めた。文字通りの意味で鉄拳だ。うわあ、痛そう。
「ぐ、あっ、が……!」
だが、苦悶の声を上げたのは、鎧――前門虎鉄の方だった。
見れば、鎧の腕の部分が破損している。その破損した部位から血が滴っている。
「そ、そんなの、ありかよ……!」
雪風乙姫の全身を淡く赤い光が包んでいた。あれは確か、世界最高の防御術式の一つ、《クオリテックアーマー》。魔術師が最も過激な時代に生み出したとされる負の遺産だぞ! あんなのどうやって手に入れたんだよ、あの女。
虎鉄は、その防御力の反動にやられたってことか。攻撃で破壊できなかったから、防御で破壊した。
雪風乙姫はそっと鎧の頭の部分に手を置いた。
「これでお終い。ちゃんと死んでね? 邪魔だから」
そんな言葉と共にとても冷たい笑みを浮かべるのが魔女だった。それは悪意と邪気のみに染まった笑顔だった。邪悪で、最悪だった。
「《天承・爆》」
頭の部分から血がドバっとあふれ出る。
ガシャン!
悲鳴も上げられず、しかし派手な金属音を立てながら、虎鉄は再び倒れる。しばらく待ってみたが、先程のように起き上がる気配はない。
正体不明にして最強の英雄、すでに一万もの悪党を成敗してきたという『白銀の鎧騎士』こと前門虎鉄は、たった一人の狂気の魔女に敗北した。
そして、その魔女の本命は、非常に最悪なことに、俺だった。
前回の冒頭部分は、今回にこそ持ってくれば良かったかもしれない。




