再会
これは、誰かの遠い記憶。
「何で、あんたなんか生まれてきたのよ」
これは、誰かの深い心の傷。
「何よ、その顔」
それは、母から言われた。
「さっさと、どっか行きなさいよ!」
それは、家で言われた。
「いなくなりなさいよ!」
しわくちゃの新聞紙を投げられた。痛くはなかったが、痛かった。
「いなくなれって言ってんのよ! このガキ!」
ビールの空き缶を投げられた。血が流れたが、そこは痛くなかった。頭に当たったのに何故か、胸が痛かった。
「あんたなんか生みたくなかったのに」
新聞紙や空き缶を投げられるより、殴られるより、壁に叩きつけられるより、その涙交じりの言葉が何より痛かった。
「ねえ、あんたはいつになったら死ぬの?」
この時、『彼』は初めて死にたくなった。
「お願いだから死んでよ………………虎鉄」
母親が自分の名前を忌々しそうに呼ぶのを聞いて、前門虎鉄は死にたくなった。
誰かに必要とされたかったが、自分は邪魔なだけだと決め付けた。誰かに愛されたかったが、愛されないと諦めた。尊敬されたかったが、自分は滑稽な人間だと自嘲した。本当は死にたくなんてなかったが、自分は死ぬべきなんだと割り切った。
それでも、彼はヒーローになりたかった。
なれたつもりでいた。
■■■
何故、前門虎鉄の使用する『冥府の黒甲冑』が白いか?
答えは簡単なことで、鎧の色が『魔力の開放率』を現しているのだ。白いほど魔力を制限していて、黒いほど開放している。灰色ならその中間。
虎鉄はこの世界において、ほぼ純白の状態でいた。だからこそ『白騎士』という名称までつけられているのだが、それはつまり、この世界において虎鉄は本気を全く出していないということになる。
元々の性能が十分に高いということもあるが、魔力が絶対視されているこの世界において、“あれが本気でない”ということがどれだけの脅威であるか。
だが、虎鉄はこの世界に来て、初めて本気を出すことを決めた。
「魔力全開放!」
神々しい白銀に輝く鎧が、禍々しい漆黒の鎧へと変貌していく。
常人なら目を背けたくなるその光景に(実際、飛鳥は引いている)、乙姫はとても邪悪な笑みを浮かべるのであった(無論、飛鳥はそっちにも引いている)。
「……正直、この状態は誰にも見せたくなかったんだけどな。俺自身、あんまり好きじゃねえし。でも、そうは言っていられないからな」
乙姫の強みは『魔力』、飛鳥の強みは『剣術』だ。そして虎鉄の強みは『冥府の黒甲冑』やこの世界で収集した数多の道具による『応用力』と『万能性』。
その能力の一つに『魔力の測定』がある。それによって、虎鉄は見た。見てしまった。乙姫の桁外れの魔力と危険性を。
まだこの世界に来たそれほど経過していないが、魔力の高さの『危険性』を虎鉄は馬鹿なりに理解していた。
「だから手加減はしねえ。そんな余裕があったらこっちも死ぬからな」
「あらあら、なんて姿かしらね。毛皮らしいわ」
「はい? 俺は別に獣じゃねえんだけど?」
「間違えたわ。汚らわしいよ」
「どんな言い間違えだ……」
自覚はあったが汚らわしいと言われてさらっと傷つく虎鉄。
そんなやり取りに苦笑しながら、飛鳥も構えた。腕を肩まで上げて、両手に持った刀の刃先を乙姫に向けて、足を大またに開き、腰を低くする。
「六道一転流第三の型『修羅道』」
「なんだか蟹みたいな体勢ね」
「飛鳥さん。真面目にやってください」
「僕はいつだって大真面目だ」
「ふざけている奴ほどそう言うのよ。と言いたい所だけど、本人は本当に真面目に思っているんだから世話ないわね」
「そりゃどうも」
どうせ、自分達は理解できないのだから。
「ねえ」
理解できないことを最も理解している乙姫だが、それでも聞いてみたいことがあった。
「貴方達の目標って何? 私は『彼』を見つけて殺すことなんだけど」
彼らは目を合わせることもなく、それぞれ即答した。
「『最強』になること。無敵と呼ばれるような、伝説と称えられるような、絶対的な強さが欲しい。究極的で、完全的な、そんな力が欲しいんだ。……神様には美味しいもの食べることって嘘を言ったけどね」
六道飛鳥の目的は、力。あるいは名誉。それは所謂、覇道というものだが、それは飛鳥本人が誰よりもそう思っていることであった。
「……強いて言うなら、自己満足」
前門虎鉄の目的は、あくまで自分の感情。それは所謂、正義というものだが、それを指摘するような人格者はこの場にはいなかった。
「そう……」
その答えに、乙姫は特に何も感じなかった。あっそと思っただけだ。
「では」
「じゃあ」
「さあて」
飛鳥・虎鉄vs乙姫という図で、戦闘は始まった。その場にいた竜王達のことなど一切気遣うことなく。
■■■
俺、斉藤竜馬は走りながらそんな会話を聞いていた。別にこの近くに三人がいる訳ではない。
第三級魔法に『イヤーサークル』というのがある。
簡潔に言うと、一時的に耳が良くなる魔法だ。それによって、三人の会話が聞こえてきた。
蒼い目の剣聖、六道飛鳥。
白銀の鎧の英雄、前門虎鉄。
そして、虐殺の魔女、雪風乙姫。
そんな彼らは自分には目標があると言った。狂気だったり野望だったり正義だったり。折角、神から力を貰ったのだから、それを活かそうとするのが人情というものだろうか?
俺の目標とは何だろうか。
分からない。ただ分からない。
というか、乙姫の言う『彼』が俺であって欲しくないぜ。
『……どういうことだ?』
「ん? どうした、アース。えらく不機嫌そうだが」
『上限マックスの魔力……、何を根源にしているのかとも思ったが……あれはそういうことだったのか? あの刀から感じた波動は、今考えてみると俺に酷似している。奇妙だとは思っていたが……いやだとしたら、噂の鎧には……。すると何か? 俺は、俺の体は、俺という存在は! おのれ神め……! 竜神どもめ、そういうことだったのか! 俺が復活できないように……神の性格まで読んで……面倒なことをしてくれやがって!』
すっかり自分の世界に入っているアース。これだけ独り言を並べるのも珍しい。いつもは俺が話しかけてもだんまりだからな。
それにしても神? あの適当な神様のことを何で今?
『だが、奴らが揃ったのは僥倖だな。方法なら後で考えれば良い。今はとにかく確保だ……おい、相棒! 急げ!』
「分かっているって! どうした? いつになく積極的だが……」
『なあに、用事ができたのさ。お前の同類、というか、俺の同属にな』
用事? まあ、深くは聞かないでおこう。どうせ言いやしないだろう。無視だ、無視。魂だけの存在であるこいつに、何かをすることなんて出来ないんだから。所詮、こいつは『龍神格化』のオプションに過ぎないんだから。
『誰がオプションだ、こいつ』
「だからお前からは一方的に心読めるのって不公平だって! って、危な!」
衝撃波が飛んできやがった。と、今度は火炎が! うわ、地面が盛り上がったと思ったら陥没したぞ。って、落雷が雨みたいに降り出した。右、前、左、左、前、右、後ろ、右、前、右、左、前、左、右、前、前、後ろ、左、右、前、左、右、ってゲームかよ!
「あ、あいつら、どんだけ周りに気遣わずに戦ってんだ」
見ろ、空中を飛空している竜王たちもてんてこ舞いじゃないか。
周囲の地形がどんどん変わっていくぞ。自然災害でもこうはならないだろう。あ、今度はもう吹雪が。あ、眠たくなってきた……駄目だ駄目だ! 寝たら死ぬぞ! 諸説あるらしいけど、どっちにしろ今は寝ている場合じゃないんだから!
今気づいたけど、そこら辺、死体だらけだよ。うわあ、これ絶対、雪風乙姫の仕業だよ。こうはなりたくないな。
「『これ』をどうにかできるのか? 俺って」
まあ、どうにかするしかないんだろう。
「ん? 何か鎧みたいなのが降ってきて……」
ドスウウウウウウウウウウウウン!
真っ黒な鎧がそこに落ちた。軽く地面にめり込む。
「痛く……はないか。大した防御力だぜ、この鎧は」
鎧が地面に沈んだまま喋った。いや、鎧が喋る訳がない。この鎧を着ている奴が喋っているのだ。声からすると若い男。
「しっかし、吹っ飛ばされたなあ。あの女、どんだけだよ。この重量の物体、ここまで吹っ飛ばすか?」
鎧はよっこらせっと立ち上がる。ん? この鎧、どこかで見たような……。ああ、そうだ。本で見た『白銀の鎧騎士』に似ているんだ。でも、色が全然違うどころか、真逆だからな……。
「あん? おい、アンタ。何やってんだよ、この先で化け物みたいな女が暴れてんだが、知らないのか? さっさと逃げろよ」
「いや、俺もそっちに行くところだからさ」
「はあ? 命が惜しくないのか?」
鎧が露骨に憤りを含んだ声で言ってくると、どこからか声がした。アースのように直接頭に響く感じだ。
『心配は要らんぞ、我が主。そこの男からは、我と近い属性を感じる。おそらく、お主と同じ転生者であろう』
こいつが転生者?
「……マジで?」
鎧の怪訝そうな反応に、アースが答える。
『ああ、そうだぜ、鎧騎士の男』
「うお、誰ッスか」
『俺は「龍神」アース。その鎧に封じてある奴と同じ存在だと思ってくれて構わない』
「……へえ」
鎧は俺をジロジロと見た。いや、目線も表情も分からないから正確なことは言えないが。でも、この感覚は見ているだろ。
「じゃあ何か? 増援だと思っていいのか?」
「あ、ああ」
ガシ
鎧は何故か俺の頭を掴んだ。そして持ち上げた。
「え? ちょっと。待て。どこに狙いを定めている。本当、お願いだから早まった行動はやめろ。何をする気だ?」
「決まってんだろ?」
見えなくても分かる。鎧の下では、笑顔なんだろう。
「あの魔女のところに、ぶん投げる」
「そんなこと……っ、ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
俺、今、空中! 旋回して天地が逆転、うわ気持ち悪い! てか高度が高すぎ! 雲まで飛んで、え、待て。もげるもげる! 首がもげる!
「……あ?」
空中で一時停止する。つまり上昇が終わったってことだ。つまり……
「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
俺は落下した。
「ぶげし!」
そして墜落。地面に穴が開く。俺の墓穴みたいだ。洒落にならないが。
初めてこの世界に来た時のことを思い出すぜ。あの時も神様に落とされたんだっけな。
「いってえ……」
起き上がって、穴から這い出る。あの高度から落ちて何で無事なんだよ、俺。結構、人間捨ててるよな。この世界に来た時のあれは、下が湿地帯だって言い訳が出来たけど、ここ普通の地面だもんな。常人なら死んでるよ。
「おや? 君は確か……」
誰かと思えば、六道飛鳥だった。手には刀を二本持っている。確か、片方にアースの同類が封印してあるんだっけ?
ん? 気配がもう一つあるぞ?
そちらを向くと、
「……あは」
「あ……」
そこにいたのは、とんでもない美少女。漆を塗ったような黒い長髪が、戦場の風に靡いている。
「あーっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっははっはっはっは!!」
俺を姿を確認して、『彼女』――雪風乙姫は哄笑する。そして声の限り叫ぶ。
「やあぁぁぁアぁぁあぁぁぁぁあぁぁあっとぉぉぉおぉぉぉオぉ、見ぃぃぃいぃぃイぃいぃぃぃいぃぃぃぃいぃぃいぃぃつぅぅぅううううぅぅぅぅぅけェェェえたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!」
……見つかっちゃった♪




