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魔女と剣聖と英雄

「グオオオオオオオオオオオオオオオッ!」


 突然だった。天空にその『赤』が姿を現したのは。


「な、何だ、あれ」


 その『赤』は、太陽のように煌き、火炎のように輝いていた。この距離であるサイズということは、三十メートル以上はあるはずだ。あんな巨体の生命体を、俺は他に知らない。

 典型的な二足型ドラゴンの姿をしており、背中には赤くコウモリのような翼が羽ばたいている。

 地上に向かって口から炎を吐いていた。


『あれは、赤火竜王だな』


 久々にアースが話しかけてきた。


 竜王ってことは、竜神の次に強いとされる四大竜王の一角か。何でこんな場所に?



『さあな。奴らの考えることはよく分からん。しかし、精神が子供の黄土竜王や風来坊の緑風竜王ならともかく、赤火竜王だと? 腑に落ちないな』


 ちょっと待て。竜王には子供や風来坊がいるのか? 大丈夫かよ、頂上の存在がそんなので。心配になってきたぜ。


 と、地上から赤い竜王に向かって、黄色い閃光が放たれる。


「グオオオオオオオオオオオオオオオッ!」


 竜王の絶叫。この騒動の原因が竜王ではないかと一瞬だけ思ってしまったが、どうやら違うようだ。


 もしかして、竜王はこの状況を予期していたのか?


 赤い竜王は、地上のある一点を睨んでいた。あそこに、元凶がいるのか?


「グラララララララ!」

「ジャージャージャージャー!」

「ジュロロロロロロロロロロ!」


 三つの咆哮。


 見れば、赤い竜王の周りに、青、緑、黄色の三体の竜が新たに出現していた。青い竜は四足型で、緑の竜は蛇みたいな体型、黄色い竜は二足型だった。


 皆である一点を囲むような位置につく。竜王が同時に地上に攻撃する。だが、何か膜のような物が、その攻撃を弾いていた。防御魔法か? でも竜王の攻撃だぞ! そんなものを防げるのか?


 可能性として考えられるのは、限界の魔力を持つ少女、雪風乙姫。


 こうなると決定的になってきた。


「どうしたんだよ、リョウマ! 竜に感動でもしてんのか!」


 逃げたいが、何かが逃げるなと告げている。


「竜が出てきたってことはいよいよこれは『災害』だ! 俺らが立ち入る領域じゃない! 巻き込まれる前に逃げないと!」


 逃げてはならないと、誰かが言っている。ひょっとしたら、記憶を失う前の俺なのかもしれない。だったら、逃げる訳にはいかないよな。


 それとも『功罪誘発』の効力か? だとしたら最高に格好良い能力じゃないか。見直したよ。


「リョーマ!」


 チームの連中が俺を呼ぶ。少しだけ振り向いて、簡潔に述べた。


「悪い、皆。先に行っていてくれ」


「な、何言って……」


 制止の言葉を無視して、俺は駆け出した。竜王が睨む一点に向けて。全速力で。


 この時、俺が『最善』だと思っていた。だけど違った。俺がこの時、仲間の言葉ではなく心の声を無視して逃げていれば、『最悪』の事態だけは避けられたはずなんだ。


「すぐ戻るから!」


 俺がいなければ、これで『終わる』はずだった。俺がいたから、まだ『続く』ことになる。

 竜王による『天災』ならぬ転生者による『人災』は。



■■■



「あははははははははは!」


 雪風乙姫は笑っていた。狂うように笑っていた。


「『魔弾光統十一式』から『波動乱舞』! 『エンブーゼンバ』! 『アスラエッジ』! 『ブラックブースト』を三段融合させて『ブラックインパクト』!」


 笑いながら、特大の魔法を連続で放っていた。


「くっそ! ペースってものを考えやがれってんだ!」


 赤い竜王は攻撃を回避しながらそう毒づく。勿論、彼女の攻撃の手がそれで緩むはずもない。


「どうしたのかしら。どうしたのかしら。どうしたのかしら! さっきまでの威勢の良さは! 私を倒すんじゃなかったの? この程度で竜王とは笑わせるわ!」


 実際、四体の竜王は乙姫の攻撃を回避するのがやっとであった。隙を見て攻撃をするが、完全に魔法で防がれる。


 断っておくが、竜王の攻撃は通常の防御魔法でどうにか出来るものではない。国家魔術師の資格を持つ人間が十人がかりで上級防御限定魔法を使うことでどうにか半減できるレベルなのだ。

 人間が竜王の火炎と同じ火力の魔法を放ったら、魂を代償にしない限りは放てない。当然のことだが、国家魔術師でもそんな威力の攻撃魔法は出せない。精々、十分の一ほどの威力だ。


 しかし、乙姫はそんな世界最高峰レベルの攻撃を、基礎的な攻撃術式で相殺しているのだ。全ては、世界最強の魔力が可能にしている荒業。


 乙姫と竜王たちの攻防の余波が、周囲に甚大な被害を及ぼしている。強い魔力同士がぶつかり合っているのだから当然と言えば当然。しかし、この時点では乙姫は比較的威力を抑え、竜王たちが細心の注意を払っている。


 それでも、衝撃はどんどん町を飲み込んでいく。避難している人々の足を追い抜くのも時間の問題だ。


「『キールアクア』!」


「うわああああああああああああああああああああ!」


 乙姫の放った水の鎌が、黄色い竜王の右腕を引き裂く。


「黄色いの!」


「だ、大丈夫……」


「くそ、どうするんだ青いの! このままじゃ……」


「分かっている! 隙を見て四人同時に攻撃するしかない! とにかく攻撃を続けるんだ! 全体攻撃だ!」


 竜王が四方から同時に攻撃する。彼らにはもう町や人々は勿論、自分達を気遣う余裕さえない。全力の一撃を、町一つ吹き飛ばす攻撃を放つ。


 だが。


「……飽きたわ」


 乙姫には届かない。


「反射魔法『超鏡花水月』」


 ここで彼女は初めて防御限定魔法を使った。ただし、それは竜王の攻撃に戦慄したからではない。彼女が口にした通り、彼女自身、竜王との攻防に飽きてしまったのだ。だから、この魔法で乙姫は終わらせるつもりだ。


 彼女が使った魔法『超鏡花水月』とは、文字通り、『相手の攻撃を倍の威力にして返す技』。術者本人を円状の結界が囲うように展開されるため、零距離を除いて死角はない。つまり。


「し、しま……」


 火炎と強風と岩石と流水が、竜王たちに倍の威力で返ってくる!


「「「「ぐああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」」」」


 本気の一撃であったことが仇となった。いかに属性を司る竜といえど、自分の本気の一撃を倍にされて返されて無事である訳がない。それが自分の属性であってもだ。


「が、があ……」


 ついに黄土竜王が力尽き、空中から墜落する。血だらけの巨体が焦土へと叩きつけられる。


「黄色いの!」


 緑の竜王が呼びかけるが反応はない。意識がないようだ。出血が多い。このままでは死ぬ。


「まず一匹ね」


 だが、乙姫は容赦なく、黄土竜王に手を向ける。彼女の手が光る。光の色は純粋な黒。破壊の闇属性、上位の魔法の色である。


 乙姫ほどの魔力の持ち主が『闇』の上級魔法など放てば竜王であろうとも消し飛ぶ。


「や、やめろおおおおお!」


 竜王の絶叫に対して、乙姫は邪悪に微笑むだけだった。


「死ね」


 彼女の手の光が一気に輝きを増し-―――




「第二の型『人間道』奥義『天断ち』!」




「っ!?」


 突然だった。


 乙姫と竜王を遮るように、大きな衝撃波が起きた。砂煙が立ち、乙姫はしばしの間、視界を奪われる。


 砂煙が止むと、そこには自分と同世代の二人の少年がいた。気を失っている竜王を庇うように立ち、強い戦意と鋭い殺気を乙姫に向けている。


「うわあ、美人さんッス。俺的には嬉しいけど残念なことに美人さんッスよ、飛鳥さん」


 一人は、どこか猫を思わせる白髪で金眼の童顔。武器は所持しておらず、徒手空拳。漂う雰囲気はどこか軽薄だ。


「嬉しいってのは君が女好きだからだろうけど、残念なのは何でだい?」


 もう一人は、右目の青く、染髪に失敗したような髪をした優男。両手に一本ずつ日本刀を持っている。


「そりゃ決まっているッスよ。これほどの美人をこれから殺さないといけないんスから」


「へえ。君って意外と冷徹なんだね。生かして改心させて友達になるって選択肢はないのかい?」


「ねえよ、んなもん」


 飛鳥からの質問に吐き捨てるように答える虎鉄。


「女は好きさ。俺の強さは女性のためにあるさ。だけど、こいつはもう無理だろ? いきなり子供の腕吹っ飛ばすような馬鹿だぞ。こいつを許したら、俺の正義は今日で死ぬ」


「あっそ。格好良いね」


 からかっている様子はない。どちらも真剣そのものだ。


「あら。虫けらがまだいたのね……」


 乙姫の言葉に、二人は反応しない。無言で彼女を見据える。


「そういえば、このドラゴンさんたちは何なんスかね。見たとこ、この女の敵みたいッスけど。野生の竜ッスか?」


「どうだろうね。街中だからここが縄張りってこともないんだろうけど……。案外、彼ら竜王だったりしてね」


「まっさかー。竜王がこんなにちょろい訳ないッスよー」


「あっはっは。それもそうだね」


「「「うっ……」」」


 少年達は二人して、まだ意識のある竜王たちが自己紹介しにくい空気を構築させていく。


「俺ってドラゴン初めて見るッスよ。でかいトカゲは何回も見たことあるんスけどね。さすがにここまででかいトカゲはいなかったッスけど、これと同じくらいの巨大昆虫なら少し前に倒したッス」


「ああ。僕も何度も食べたことあるよ」


「トカゲをッスか?」


「いや昆虫の方。この季節だと第一級の『ボマーヘラクレス』とかだろ?」


「その通りッスけど、まさかのゲテモノ好きだったッス!」


「トカゲもそこそこゲテモノだと思うけど」


「この世界では一般食ッス! この世界にいる哺乳類の家畜は乳製品専用ッスし! 鳥は種類によって固いし、魚は臭いのが多いッス!」


「んー、そうだけどあんまり気にしたことないし」


「食にこだわりないんスか!?」


「旨ければそれでいい」


「美味しければ目を瞑ると?」


「そゆこと」


「究極のグルメッスね」


 二人だけの会話を展開していく飛鳥と虎鉄だが、乙姫は彼らの会話を聞き逃さなかった。


「『この世界』?」


 まるで、世界が複数あることを知っていて、別の世界から来たような台詞だ。竜王のような存在か、あるいは転生者か。


「……貴方達のどちらかが、天邪鬼?」


 乙姫の要領を得ない質問に、二人は首を傾げた。その反応を見て、乙姫は質問を変えた。


「転生者?」


 今度は二人して目を大きく見開いた。


「うわあ、アンタもッスか」


「これは運命の悪戯かな。転生者と会えた日に、別の転生者と戦うことになるとは。いや、この娘が現れなくとも試合で戦うことになっっていたからどっちみちなのか……。でも因果な人生だよな」


「どうやら転生者みたいね」


 乙姫の確認に、二人は頷いた。


「六道飛鳥。僕の名前だ。死ぬまで覚えていてくれ。ちなみに前世の死因は事故死。この世界では剣士をやっている。一応、『蒼い剣聖』なる称号を持っているよ」


「前門虎鉄ッス。前の世界で死んだのは、夜中のコンビニ帰りに殺人鬼に刺されたからッス。今はしがない賞金稼ぎッス」


「ふーん。雪風乙姫よ。前の世界のことは話したくないわ。今の世界では運命の『彼』を探しているの」


 何と言うかとんだお姫様だな、と内心で突っ込む飛鳥。絶対にこんな奴の王子様になりたくないな、と虎鉄。


「それより、他の転生者に会ったら是非聞きたいことがあったの」


「へえ。何さ」


「ポイントで何もらったかは教えないッスよ」


「聞きたくもないわ。私はポイントを全部魔力強化に使ったわ」


 こいつ馬鹿じゃねえの。と同時に呆ける二人。


「私が聞きたいのは、神様が言っていたこと。私達って、三等とか二等とかあったらしいんだけど、それって何が基準なのか知らない?」


「ん? 何スすか、それ? そんな話聞いてないッスよ?」


 怪訝そうにする虎鉄に対して、飛鳥は訳知り顔だった。


「あー、それってあれだ。僕らってさ、元の世界で『生きていれば歴史に名前を残せた人間』らしいよ」


「へえ」


「そうなんスか」


 極めてどうでも良さそうな二人。もっとも、どうでも良さそうなのは外面だけで、内心では動揺していた。


 あの世界でも、自分はそんな未来を手に入れられたのかと。


「それで、歴史に名前を残すはずだった度合いで、一等やら二等やらが決まるらしい。ちなみに、三等が一番下で、僕は三等」


「思い出したッス。確か、俺も三等がどうのこうの言われていたッス」


「……私は二等だったわ」


 ダン!


 乙姫が何気なく言った事実に、虎鉄は膝から崩れ落ちていた。


「ま、負けたッス……」


「負けたからどうこうってことはないと思うけどね? あくまでも前の世界の評価なんだしさ。この世界では通じないだろうし、例の100ポイント分の特典だってあるんだから」


「はっ! そうッスね! 俺にはスサノオがあるッス!」


「? スサノオ?」


 立ち上がった虎鉄の口から突然出た言葉に怪訝そうにする飛鳥。


「神様からもらった鎧についてたッス。自称『破壊神』ッス」


「いわく付きかよ。まあ、僕も肉体に『鬼神』を宿されていたけどさ」


「え? 私、そんなのないわよ?」


 他の転生者と違って少しだけ寂しく思う乙姫。


 実は彼女の心にも『邪神』が仕込まれているのだが、本人は気づいていない。それは『邪神』の方がコンタクトを取っていないからだが、それもまた乙姫は知る由がない。


「ふうん。じゃあ彼女を倒すのはそこが狙い目かな」


「どうッスかねえ。俺のスサノオ、あんまり役に立ったことないッスし」


「そうなのかい? 僕のラセツはとても心強い友だよ」


『嬉しいことを言ってくれるな、友よ』


 頭の中に直接響くような声に、虎鉄と乙姫は周囲を見渡すが、誰もいない。


「声の出所はこの刀だよ」


 飛鳥はそう言って右手に持っていた方の刀の切っ先を天に向ける。


「あれ? さっき肉体に宿っているって言ってなかったッスか? あ、『鬼神』とは別ッスか」


「いや、この刀に封じてあるのが『鬼神』だよ。僕の肉体に宿っていたところを、この封印剣に封じて、その特性を武器としたんだ」


「へえ。どうやって封印したんスか?」


「ああ。簡単だよ。この刀を自分に突き刺したんだ」


「何やってんスか!?」


「封印。あるいは魂の移植。いやあ、痛かったよ。肉体を刀で抉るとあんな激痛が走るんだね。参考になった」


「この人、結構なクレイジーさんだったッス! ……そういえば、スサノオは何で黙っているッスか?」


『……主人よ』


 どこからともなく声がする。ラセツの声と同じように直接頭に響くこれは、おそらく虎鉄の言うスサノオなのだとうと、飛鳥と乙姫は理解した。


『我は役立たずだったのか?』


 とても落ち込んだ声。先程の会話を聞いていたらしく、気にしているようだ。


「うーん。そうッスね」


「うわ! バッサリ!」


「ぶっちゃけ鎧に魂なんかいらねえッス」


「えっと、私、そういう相棒とかいないから分からないけど、もうちょっと考えて会話した方が良いんじゃ……」


「そんな目で見ないで欲しいッス。どうせ嘘ッスし」


「あ。嘘だったんだ」


『ま、まあ、我は最初から分かっていたがな』


『それこそ嘘だな。友からそのようなことを言われるとは、信頼関係を築けていないのではないか? 我が同類よ』


『黙れ、我が同型よ。お前こそ主人の肉体から追い出されたくせに』


『何だと!』


「魂だけの存在同士で喧嘩すんな! ほら戦うぞ!」


 空気がどんどん変化していっているので、虎鉄は戦意を奮い立たせることで軌道修正した。


「あれをやるぜ、スサノオ!」


『いや、あれってさも特別そうに言うが、ただ鎧、つまりは我を着るだけであろう?』


「余計なこと言うんじゃないッス! こういうのはカッコつけも肝心ッス!」


 そう言って、どこぞの特撮よろしくポーズを決める虎鉄。右手を天にかざし、高らかに叫ぶ。


「装着! 『冥府の黒甲冑』!」


 虎鉄が白く輝く。あまりの発光に目が見えなくなる飛鳥と乙姫と竜王。


 光が止むと、そこにいたのは……


「これが俺の力だ!」


 白銀の鎧騎士だった。銀世界の雪のように淡く、それでいて力強い純白の甲冑。空気とさえ同化してしまうような儚さがある。美しい。その一言に尽きる。


 そんな鎧を目の当たりにした飛鳥は、とても冷静な声でそっと呟いた。


「黒じゃねえじゃん」



 前回と今回を振り返って。


 魔法のネーミングはもうちょっと考えようと思った。

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