『魔女の狂笑』
「始まったぞ」
「ああ、始まったね」
「始まってしまったな」
「あーあ。始まっちゃったね」
「いよいよ俺らも年貢の納め時だな、青いの。黄色いの」
「おい、俺を忘れるな、赤いの」
「ああ、素で忘れていたぜ。緑の」
「忘れるな! ……こんなやり取りも、本日限りかもしれんな」
「言うな。現実になりそうだ」
「ならない自信でもあるのか? そんな幻想は捨てた方が良いぞ、赤いの」
「幻想というか希望だな。全員生きているのがベストだが、そんなのは無理だってのは分かっているしな」
「らしくないよ、赤いの」
「らしさなんて、竜王になった時点で捨てているようなもんだよ、黄色いの。俺は、竜王になってから何もしちゃいねえ」
「そんなのは僕らも同じだよ、赤いの」
「ああ。そうだ、俺達も誰かの為に、何かの為に生きているような時代があったな。黄色いのにさえあった」
「僕にさえってどういう意味さ、緑の」
「そういう意味だ、黄色いの」
「黙らっしゃい」
「この災厄から生き延びることができたら、考えよう」
「後ろ向きな発言だね」
「いや。普段のこいつからしてみれば、前向きじゃねえか。お前もらしさを捨てたか?」
「黙れ、赤いの」
「はは。それじゃあ、行こうか」
「あるいは逝くのかもな」
「洒落にならん」
「いっそ洒落にしちゃおうよ」
「……それもそうだな」
「「「「この命を懸けて、我らの本懐を果たすとしよう!」」」」
■■■
どうしたんだろう、何やら屋台村のあった広場の方が騒がしいが……
「今度はどうしたよ、リョーマ」
「いや何でもない」
試合を終えた俺達は、すぐに個人戦の行なわれる大盤へと向かった。そこで繰り広げられるのは、夢のドリームマッチ。
英雄と剣聖の一騎打ち。
まあ、ドリームマッチってことは俺以外の誰も知らないことなんだろうけど。
「そういえば俺らの次の相手ってどんなチームだ?」
「ああ。また遠方からの参加チームだってよ。確か名前は『ガッデム』だったかな」
そりゃまた残念そうな名前だな。
「優勝候補の一つらしいぞ。地方では有名なんだってさ」
「地方ではだろ? まあ、ここも地方都市だけどさ。油断はしないけど今の俺達ならそうそう苦戦なんて……」
と、その時だった。
ドガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!!
巨大な爆発音が響いた。
「な、何だ?」
近くの会場で爆破魔法でも使用されたのか? それにしては術の規模がでかすぎるような……。
俺の予想は悪い意味で当たった。
「うわあああああああああああああああああああああああああああ!」
見れば、音のした方向から逃げ惑う人々。皆、恐怖と焦燥に満ちた表情をしており、パニック状態だということが目に見えていた。
「な、何事だよ!」
ヴァイルが叫ぶが、俺達にもさっぱり何が何だか分からない。周囲にいた人々も突然の状況に困惑していた。
「リョウマさん!」
俺を呼ぶ声。見れば、そこにいたのはお得意先の教会のシスター、ハーンがいた。彼女も音のした方向から逃げてきたようだった。ちょうど良い。彼女から話を聞こうとしたとき、彼女がその細い腕に小さな子供を抱えていることに気付いた。名前はカイルだったな。
「っ!?」
ぎょっとした。
この世界に来て、二番目に驚いたかもしれない。一番は勿論、あの『虐殺姫』との偶然にして最悪の邂逅だ。
ハーンの腕に抱えられている子供の片腕が、肩の先からなくなっていた。肩の部分からは出血がひどく、その血で服が赤く染まっていた。
俺はその子供を知っていた。ハーンから教会の仕事を請けたとき、依頼のついでによく遊んでやった子の一人だ。最近では紙飛行機を作ってあげた。
その子が今、腕をなくし、出血多量で、顔色も最悪で、このままだと死にそうな状態にある。
死。死ぬ。死体。
ライニ族の死体の山を見た日の情景が蘇る。
目の前の異常事態に頭が真っ白になった俺に、ハーンは必死の形相で言う。
「リョウマさん! 確か中級医療魔法使えましたよね!? この子の出血を止めてください! 上級以上の魔法で切断されたらしく、下級では効果がないんです!」
ま、魔法で切られた? どんな状況なら、こんな公の場所で、この時間で、こんな賑やかな日に、子供の腕が魔法で切られる?
魔物に襲われたならまだ分かる。こんな人が多い場所に出て来るなんてバカな魔物だが、それでも魔物に襲われたならまだ分かる。
しかし、魔物は魔法が使えない。いや、使える種類もいるにはいる。しかし、この近辺には生息していないはずだ。迷宮の中盤に出てくるような奴らなのだから。
ならば、これは人間の仕業だ。
山賊でも出た? いや、ここには上級クラスの戦士や魔術師がいる。そんな場所で盗賊行為を行なうなんて愚の骨頂。すぐに捕まるか、その場で処刑される。
ならば試合の流れ弾に当たった? それもない。試合会場となっている大盤は、魔力を吸収する特殊なタイプの木材をしようとしてある。故に、試合会場で放たれた一撃が会場の外にいる観客に当たることは物理的に有り得ない。
だったら、これは誰の仕業だ?
「リョウマさん!」
ハーンの声でハッとした俺は、急いで子供の治療に当たった。以前病院でお世話になったとき、医師がやっていたのをコピーさせてもらった魔法だ。
「な、何があった?」
治療しながら尋ねると、ハーンは大粒の涙を流しながら、たどたどしく話し出した。
「わ、分かりません……。カイルの紙飛行機がある女性の方に当たったのですが、その女性が突然、カイルの腕を……、う、腕を……」
「もういい! 喋るな!」
この混乱は、その『女性』とやらの仕業か? あの爆発も? というか、紙飛行機が当たったくらいでどんだけキレてんだよ。堪忍袋がついてないのか、その女には。
さっきから俺の脳裏から、あの時の女の狂ったような笑顔が離れないぞ! 頼むから、違ってくれ!
「そいつの特徴は!」
「く、黒かったです。服装を黒で統一していました。髪や瞳も、リョウマさんのような黒色でした」
「種族は!」
「た、多分、人間だったと思います」
畜生。全然、悪い予感が取り除けない。あの女の特徴と合致するじゃないか。服装は知らないけど、この世界で黒髪や黒目はレアだ。最悪なことに、可能性が高い。まして人間だ。
背中から冷や汗が止まらない。手が恐怖で震える。まるで歯の根が噛み合わない。視点が落ち着かない。心臓がバクバクとうるさい。息が苦しい。膝が笑ってやがる。逃げ出したくてたまらないが、怖くて身体が動かない。
「りょ、リョーマ? どうした?」
ヴァイルが心配そうに顔を覗き込んでくる。
「な、何でもない」
「何でもないことないだろ。この世の終わりみたいな顔をして……。とにかく逃げるぞ。やばそうだ」
「あ、ああ……」
俺はどうにかして立ち上がる。あれから何回か爆発が起きた。いずれも同じ方角だ。その方向に背中を向けることが、たまらなく怖い。
だが、逃げるには背を向けるしかない。
見れば、如何にも上級階級の連中が『空飛ぶ絨毯』やら飛行タイプの魔物で我先にと逃げていた。庶民を助けようって気は皆無のようだ。腐れ貴族どもが。
反対に、如何にも実力者な連中が爆発のあった方向に向かっている。危険が好きな種族なのだろう。相容れそうにない。
「あ……」
群衆が逃げている方向と同じ方向に走っていると、ある人物とすれ違った。そいつは逃げる人々とは逆方向、つまり爆発のあった地点に走っている。他の猛者より一段階、足が速い。
その人物とは前門虎鉄だった。
■■■
「やあ、虎鉄くん」
「ん? どうもッス、飛鳥さん」
「何だい、この騒ぎは。まるで爆弾でも降ってきたようじゃないか。何があったか知らないかい?」
「魔術師の女が暴れているらしいッス」
「女?」
「さっき、そこで目撃者が話しているのを聞いたッス」
「そうかい」
「じゃあッス」
「待った。行く気かい?」
「そうッスよ」
「やばいんじゃない? さっきの爆発見たろ? ありゃ上級魔法の部類だ。女ってのは意外だったけど、かなり危ない相手だ。行けば怪我するだけじゃ済まないよ?」
「……さっき、そこで、その女に片腕を切り落とされたって子供を見たッス」
「だから?」
「ここで行かないと、俺は俺を裏切ることになる。俺、一応はヒーローってことになっているからよ。逃げたら格好悪いんだよ」
「ヒーロー?」
「笑えよ。笑われても構わない。偽善と呼ばれてもいい。偽物の正義と嘲れてもいい。でも、俺に期待している人もいるんだよ。正直、この事態を阻止できなかった時点で、俺はヒーロー失格かもしれないけどさ」
「いや、君は格好いいよ。自己評価が厳しい奴は、いつだって格好いいんだ」
「変わった価値観をお持ちで」
「よく言われる。いや、言われたかった」
「は?」
「こっちの話だ。忘れてくれ」
「じゃあ今度こそ行くからな」
「重ねて待った」
「何だよ!」
「僕も行こう」
「アンタこそ逃げないのか?」
「強者に向ける背中はない。弱者に向ける背中はあってもね。背中から刺されたら世話ないから」
「らしい台詞だ。アンタのことはよく知らんがな」
「お互いにね」
■■■
つまらない。
「このアマ、自分が何やってんのか……」
「《無慚》」
「ぎゃあああああああああああ!」
つまらない。つまらない。
「《連続爆音・琴線》」
「や、やめ、うぎゃあああああああああ! お、俺の足、足が、ああああああ!」
つまらない。つまらない。つまらない。
「じょ、冗談じゃねえ! こんな、こんな化け物どうやって……」
「《雪幻氷菓》」
これが、この世界の限界か。
「《火炎憤怒》、《雷電バスター》、《紫煙サイクロン・改》」
「ぶだあああああああ!」
「ひぶあ、ぐが……」
「死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたく……!」
これほど熱気と戦意に満ちた場所でさえ、この程度の実力者しかいないというのか。
「三位一体式、《迅雷》《放火》《豪雪》を混同発動。《ソドムボトム》!」
「「「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」」」
最初はあれほど活き込んで戦闘を仕掛けてきたというのに、数人を瞬殺すると全員から戦意が消え去り、恐怖しか残らなかった。
「……つまらない」
一通り片付けた。少しは静かになった。でも、ここは嫌な感じだ。お祭りの雰囲気は嫌いだ。だって、私以外の幸せに満ちているから。私以外の誰かが幸せだから。
早く《彼》を見つけなければ。そうでないと、このままでは、この町を消し去ってしまう。それはそれでいいのかもしれない。
「そこまでにしてもらおうか」
ん? 誰だ。私の《彼》探しを止めるのは。
見れば、そこには気持ち悪いくらい純粋な色の髪をした四人組がいた。赤と、青と、緑と、黄色だ。
「……直接逢うのは初めてだな、転生者」
え? 私が転生者であることを知っている? 誰なの、こいつら。もしかして神様が言っていた、私以外の転生者?
「この中に、剣が強い天邪鬼っている?」
私の問いに、四人は一瞬だけ顔を見合わせた。何かアイコンタクトで会話したのか、青い髪の青年が代表するように首を横に振った。
「僕らの中にはいないよ。近くにはいるけどね」
「そう」
なら、貴方たちにはそれほど興味がないわ。
「死ね。《第六魔方陣・夜叉》」
私が魔法を放つと、赤い髪の青年が一歩前に出た。
「はっ! 防げ、《炎壁》!」
巨大な炎の壁が、私と彼らの間に立ち塞がる。私の魔法が炎に打ち消された。
初めてだった。魔法が防がれたのは、この世界に来てから初めての経験だった。嫌な感じがした。初めては《彼》が良かったのに。
「貴方たち、誰?」
私の二回目の問いに、彼らは誇らしげに答えた。
「俺は火炎と終末を司る四大竜王の一角、赤火竜王、ドラグン!」
「青水竜王、マート。聖水と誕生を支配する者さ」
「暴風と変化を巡らす者、緑風竜王、ゲラム」
「僕は大地と永劫を見守りし黄土竜王、オルマイトって言うんだよ」
四大竜王。
この世界で、『竜神』だか『龍神』だかの次に強いとされている存在。
言われてみて、魔法で能力を測定してみる。確かに、そこらで死体となっている人間とは比べ物にならないくらいの数値だ。『称号』や『職業』を見てみても、そこに偽りはない。
どうやら、本当に竜王らしい。
「竜王が、何でここに?」
確か、本で読んだ話では四大竜王は空の上、即ち天界でこの世界を見守っているはずだ。下界に下りることは、ここ数千年の間に、二回しかなかったという。その二回は、大戦争と大災害のあったときだ。
「まさか戦争でも災害でもなく、たった一人の女を止めるためにこんな地方の町に降り立つ日が来るとは思ってなかったぜ、転生者」
赤い髪の……確か、赤火竜王と名乗った奴がそうぼやく。
彼の言い分から察するに、わざわざ私に倒される為に、ここまで来てくれたってことかしら? 竜王ってのは何? 自殺志願なの? それとも、本気で勝てると思っているのかしら?
「こっちは本気でお前を殺すからよ。女だからって手加減はできない。むしろ、お前相手にそれは自殺行為だと思っている」
あら。どうやら私と戦うこと自体は自殺行為だと思っていないみたい。バカみたい。
「名を聞いておこうか、転生者」
青水竜王が尋ねてくる。名前なんてどうでも良いと思うけど、聞かれて答えないのもなんだし、適当に答えるとしよう。
「雪風乙姫。覚える必要はないわよ。どうせ、すぐに意味がなくなるから」
「……ああ、そうだろうよお……。お前はここで死ぬんだからな!」
赤火竜王の言葉を合図に、竜王達から感じる圧力が一気に増した。《彼》ほどではないが、私を楽しませてくれるようだ。
準備運動にはちょうど良いかもしれない。
「遊んであげるわ、おバカなトカゲさんたち」




