第七試合(団体)
ぞく。
「う……っ!」
な、何だ。今、とても嫌な悪寒を感じたぞ。身体に悪いって言うか、精神にも悪い。背筋がぞわってなった。
何だろう。とても悪いことが起きそうな気がする。嫌な予感っていうか何ていうか。それしても何でか、どこかで感じたような寒気のようだ。……いやいや! 忘れろ! もうすぐ試合だ。
「? どうした、リョーマ」
ジャジャが怪訝そうな顔でこちらを見てくる。
「あー、いや。どこかの悪い女神に見つけられたような気がして……」
「何だそりゃ?」
自分でもよく分からんよ。いや、理性がどこかで理解することを拒絶しているような気がしないでもないんだが……
言葉にすればするほど意味不明だ。
「とにかく行くぞ。いよいよ俺らの番だ」
「ああ、分かっているさ」
俺達の最初の試合は、団体戦の第七試合。
さあ、勝ちに行こう。
■■■
「さあ始まりました! 武芸試合団体戦の部、第七試合! ギルド『ポーシック』よりチーム『パエージャ』! 遠方のギルドより参戦したチーム『ガーセン』!」
解説が俺達の解説をする。
って、相手側の集団ってのが、全員大型の獣人の三人組なんだが……
「ちっこいなあ、こいつら」
「軽く一ひねりだ!」
「ひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃ!」
背丈が俺の倍くらいある。武器は、斧、大剣、金棒。勿論、全てがその巨体に合ったサイズだ。
おそらく犬系の何かの獣人なんだろうけど、猫科と違って犬科って種族の分類が難しいんだよな……てか、こんなデカイ犬っているのか?
「デカイな。だけど慌てるなよ。デカイってことは小回りが効かないってことだからな」
リーダーのヴァイルが冷や汗を流しながら言うと、マイミとジャジャは溜め息を吐き出した。心底鬱陶しそうに。
「そんな当たり前のことをしたり顔で言われても」
「寒っ」
「もうちょっと暖かいこと言ってくれてもいいじゃねえか! おいリョーマ、お前からも何か言ってくれ!」
「いや、俺も似たようなこと考えていたし」
「俺の仲間には味方がいないのか!?」
まあ俺は知らないが、客観的に見てマイミとジャジャはヴァイルがリーダーになってから彼に冷たい。それはもう氷のようだ。
マイミと俺が抜刀し、ヴァイルが槍を構え、ジャジャが弓に矢を添える。
「やることは一緒だ。こんなアンバランスな相手は想定していなかったけど、練習通りにやるぞ、お前ら」
「分かっているさ」
「右に同じ」
「以下同文」
審判が旗を上げた。
「では第七試合、開始!」
その合図と供に、マイミが巨大犬一号(金棒の奴)に突っ込んだ。右の足元に切りつける。
「うおっ!?」
虚を突かれたこと、バランスが崩された金棒犬はそのまま倒れた。
「てや!」
次の一瞬、ジャジャが大剣を持った巨大犬に矢を放つ。
「そおらああああああああああああああ!」
そして俺が散弾式の魔力の弾を放つ。できるだけ多く、そして遅くだ。これは避ける軌道を制限するための攻撃なので、見切れる程度が理想なのだ。
「ちっ! 小癪な……があ!」
ジャジャの放った矢が大剣犬の肩に当たった。あれには軽い麻痺毒が塗ってあるので、しばらくしたら動けなくなるはずだ。そうでなくとも、動きにくくなるはずだ。
「だりゃりゃりゃりゃ!」
そしてヴァイルが残った斧の奴の相手をする。
「このチビが!」
「誰がチビだ! この大木野郎め! てか、俺以外にも俺くらいのサイズはたくさんいるじゃねえか! 俺だけちっさいみたいに言うな!」
そういうところが小さい男なんだよ。身体じゃなくて、器がな。ちっさいっていうより、みみっちいって感じだな、うん。
でもあれって、俺らのリーダーなんだよな。何であいつなんだっけ? そうだ、あいつがジャンケンで勝ったからだ。もっとよく考えてから決めれば良かった……
この団体戦は、チーム全員が立てなくなったら負けだ。つまり、最後の一人が倒されるまで負けではないし、最後の一人が倒せないと勝ちではない。
だから、まずは一人倒す!
「《魔力砲・第三雷電》!」
これはラシアの姐さんに習った魔法。まあ、見たら一発で使えるようになったんだけどさ。
電撃魔法としては中級クラス。本来は怪獣の捕獲用に使われる魔法なので、気絶させる以上の威力はない。本気の殺し合いをしようってんじゃないから、それで十分だろう。
「がああああああ!?」
立ち上がろうとした金棒犬の背中に、その雷撃を打ち込む。ビリビリくるだろう?
金棒はそのまま黒くなって、地面に倒れこんだ。試合が終わるまでは起きないはずだ。
「アンバー! この小人どもめえええええええええ!」
あの金棒、アンバーって名前なのか。てか、熱くなっていいのか? 後ろからマイミが狙っているぞ?
「ふん! 後ろだろう! 気付いていないとでも思ったか!」
大剣を振るってマイミを弾き飛ばす大剣犬。マイミは大盤の壁まで吹っ飛ばされた。
「……っあ」
「かか、どうだ……な、何だ?」
ふう。麻痺毒がようやく効いてきたか。図体がでかいだけあって回るまで時間が掛かったみたいだな。でも、これで立ち上がれないはずだ。
これで二人。
残る一人はヴァイルが戦闘中だ。大きな斧からの一撃をかわしながら、ジャジャが隙を見て矢を放っている。しかし敵もさるもの。中々攻撃が当たらない。あの図体で。
「何やってんだ、ジャジャ! あんなデカイ的なんだぞ!」
「うっせえ! 文句言う気力があったら、もうちょっと動きを制限させるような避け方をしろ! 大雑把な避け方しやがって! センスねえぞ!」
「何だと!?」
お前ら、戦闘中に喧嘩するなよ! 呑気なのか真剣なのかよく分からないぞ!
しかし敵さんも攻撃が当たらなくてイライラしていようだ。
「くそ、この! 当たれ! こら、避けるな!」
「それはできない相談だな! 今だ、リョーマ! 痛いのをくれてやれ!」
「一々作戦を口に出すな!」
アイコンタクトで済ませんかい! 敵にも伝わるだろうが!
「《魔力砲・第五火炎》!」
俺の手から紅の火炎が放射される。イメージは某戦闘民族の必殺技。
「ひ、火ぃぃぃぃぃぃぃ! 熱っ!」
斧の奴は俺の必殺火炎放射を避けるが、そこには飛び上がって宙を舞っていたマイミが剣を構えていた。
「はあ!」
マイミの一撃が巨大な犬男の頭に振り下ろされる。あ、犬男は頭には兜を着けていたので脳みそざっくりってことにはならないのでご安心を。
「がああ!?」
だが、衝撃を受けた兜は振動を起こし、脳を揺さぶる。
「む、無念……」
これで最後の一人を倒した。
この瞬間、俺達の勝利が決定した。しかも俺達は無傷、完全勝利だ。
「勝者、チーム『パエージャ』!」
審判のその声に、会場が沸く。
「イエイ!」
「うっし」
ジャジャとマイミがハイタッチを交わす。
「やったな、ヴァイル!」
「当然の結果だぜ」
そう言いながら喜色を隠せない様子のヴァイル。まあ、中々強そうな相手だったものな。それに簡単に勝てて、嬉しくないはずがない。
まして俺達は弱小ギルドの実績が何一つないようなチームだ。更にヴァイルはそのリーダー。自制心を掛けるのに必死なのだろう。あまりはしゃぐと見っとも無いから。
「ダメだ! やっぱりハイタッチしよう!」
「もうちょっと堪えろよ!」
するけどさ。
■■■
「ふーんふーん、ふんふんふーん♪」
鼻歌を歌いながら、少女――雪風乙姫は武芸試合会場近くの屋台村ゾーンに入った。
「ここかなー」
それは確認ではなく、むしろ宣言。
乙姫の使える魔法には、予知・予言や占術の類もある。その全てが告げているのだ。
『自分の探し求めている「彼」は、ここにいる』と。
思わず笑顔になってしまう乙姫。フードに隠れて見えないが、その笑顔だけを見れば天使のようだ。そう、見た目だけなら。
中身は天使どころか悪魔さえも恐怖するような性格だ。
彼女は狂気に染められている。それは幸福への憎悪と言い換えることもできる。前世において、自分のことを誰よりも不幸などと錯覚していた彼女は、この祭りのような雰囲気にさえ殺意を抱いている。
だが、彼女は知らない。この世界にも不幸はあることを。この世界でなくとも、前の世界にも彼女より不幸な人間がいたことを。
誰かが彼女にそれを言えば、結果は変わったかもしれない。すでに遅い考察だが。意味のない可能性として終わっている。
「誰から、殺そうかな……」
誰にも聞こえないような小さな声で彼女がそう呟いた瞬間だった。
乙姫の後頭部に、紙飛行機が直撃した。
「……………」
無論、紙飛行機が直撃して何かある訳ではない。当たったという感覚があるだけだ。痛みは勿論、痒くさえないはずだ。
だが、紙飛行機は良くても、相手がまずかった。まずいなんて陳腐な言葉では済まないほど、最悪だった。
「…………………………………………………………」
「あ。あった!」
後ろから声がしたので、乙姫は振り向いた。
そこには十歳前後の少年。着ている服はあまり質の良いものではないようだ。ツギハギがあちこちに見られる。
まっすぐ乙姫の下に、正確には彼女の足元に落ちている紙飛行機の下へと走ってくる。
「良かった良かった。リョーマ兄ちゃんに作ってもらった紙飛行機、こんなところまで飛んだや」
「…………………………………………………………………………………………………」
紙飛行機を拾って上機嫌な少年。どうやらこの少年が紙飛行機の持ち主のようだ。
「カイル、どこに行ったのー?」
「あ、ハーン姉ちゃん。ここだよ、ここ」
少年がやって来たのと同じ方向から、乙姫と同年代の少女が小走りでやって来た。修道服を着ているので、所謂シスターだろう。
「紙飛行機、あった?」
「あったあった。あったよ、リョーマ兄ちゃんにもらった紙飛行機」
「そう。それは良かったわね……そちらの方は?」
ハーンは無言で佇みこちらを凝視してくるローブの少女を、恐る恐る見た。
「なんか紙飛行機当たったっぽい」
「な、何をやっているのです貴方は! 頭を下げなさい! すいません! うちの子がとんだご迷惑を!」
「……うちの子?」
首を傾げた少女に、ハーンは応える。
「はい。私が住んでいる教会で預かっている孤児の一人なんです。ほら、貴方も」
「はーい。お姉ちゃん、紙飛行機ぶつけてごめんねー」
誠意もなく適当で子供らしい謝罪をした子供に対して、少女は顔色一つ変えずに尋ねた。それはとても脈絡のないことだった。
「ねえ、坊や。教会での生活って楽しい?」
「え?」
一瞬答えに困ったが、少年はすぐに答えた。
「うん! 楽しいよ! あんまりワガママ言えないけど、皆で遊べるし、ハーン姉ちゃん優しいし、近所のギルドの人達も親切だし!」
元気の良い返事。とても前向きな少年の本音だった。
この世には、他人の幸福を喜べる人間と自分の幸福しか喜べない人間がいる。そして、この雪風乙姫という女は、他人の幸福を呪う女だった。
「……ざ……るな」
「え?」
「ふざけんじゃねえよ、このクソガキがああああああああああ!」
乙姫の絶叫にその場にいた全員が驚く。そして、その驚きは恐怖に変わる。
バシュ!
「……え?」
少年の腕が、血を撒き散らしながら、宙を舞った。
突然の出来事に、周囲の人間だけでなく、少年自身も理解が追いつかなかった。やがて、現実は痛覚を通して少年に伝わる。
「う、うぎゃああああああああああああああああああ!」
少年の絶叫。それに応じて、周囲もことを理解した。これが夢想でも幻覚でもなく、幻術だと理解した。理解させられてしまった。
「い……」
少年の次に現状を飲み込んでしまったのは、シスターハーンだった。
「いやあああああああああああああああああああああああああああああ!」
そして、広場はパニックになる。
「う、うわああああああああああああ!」
「に、にげ、逃げろおおお!」
「きゃあああああああああああああああああああ!」
「警備、警備兵はどこにいる! 急いで呼んでこい!」
「ひ、人殺しよぉ! ここに来ちゃダメええ!」
そんな散らされた蜘蛛の子のような群集を見て、乙姫は邪悪に笑うのだった。
「はは、ははははは」
最初は小さかったその笑い声は、やがて大きな哄笑となる。地獄から聞こえてくるようなその声に、人々の背筋は凍った。
「あーっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっははっはっはっは!!」
これから起こることは、人によってはかの神話に登場する『龍神と竜神の戦い』に次ぐ災厄と言われる。
個人が起こした出来事としては間違いなく歴史上最悪の事件、『魔女の狂笑』はこうして始まった。




