8.どうかジュリアと結婚させてください
私とジュリアは、金曜日に学園を休んで婚約誓約書を交わすことになった。
私が頑として「土曜日はジュリアとサーカスに行く約束があるからダメだ」と言い張ったためだ。
両家の親と私の叔父上が、木曜日の昼間に私とジュリア抜きで、婚約の話し合いをしておいてくれた。
木曜日の夜には、ケルタ子爵家の親戚や関係者が集まって相談した上で、嫡男を弟のエンリケに変更してくれた。ケルタ子爵家と親戚や関係者たちは、私の騎士になりたいという希望を聞き入れてくれたのだ。
その結果、私は子供のない叔父夫婦の養子になることになった。バルバット騎士団の騎士団長の長男になるのである。
叔父夫婦とは、日曜日に正式な書類を交わして養子にしてもらうことが決まった。
――いろいろなことが、この短期間で様変わりした。
金曜日になると、私は両親と共に馬車に乗り、インベル伯爵家の領地館に行った。
インベル伯爵夫妻とジュリアの兄、そして、ジュリアが、館の前に出て待っていてくれた。
『子爵令息の分際で……』
と、前世で私に吐き捨てたインベル伯爵が、笑顔で私を待っていてくれた。
私は馬車から降りると、すぐにインベル伯爵たちの前でひざまずいた。
「このようにお出迎えていただけるとは、身に余る光栄でございます」
こんな風に迎えてもらえることは、当然のことではなかった。
ひとえにインベル伯爵たちのご厚意によるものだった。
それを……。
それを、私は……。
前世の私は、勘違いして、自分が偉くなった気でいた。
ただの子爵家の跡取り息子というだけなのに……。
『インベル伯爵家は、よほどジュリアを裕福なケルタ子爵家の夫人にしたいらしいな』なんて考えていた。
――そんなわけなかった。
ジュリアは、望めば王族の妻にもなれる伯爵令嬢だ。
私は胸に右手を当てて、騎士科で教えられた騎士の礼をとった。
インベル伯爵家の方々は、私がどれほど敬意を払っても、払い足りないような方々だ。
「マルシオ、どうしたのだ? 立ちなさい」
インベル伯爵が、私の両腕をつかんで立たせてくれた。
至らない私を、このように温かく迎えてくれるとは……。
「ありがとうございます」
私は耐えきれなくなり、泣き出してしまった。
これでは、どうかしているようにしか見えないだろう。
「アリソン、マルシオはどうしてしまったのだ?」
インベル伯爵が、父を名前で呼んでくれた。
ジュリアがフェリペと婚約してからは、ずっとケルタ子爵としか呼ばなくなっていたのに……。
「私たちにもわからない……。こんな状態で婚約させてもらって良いものかと思っている」
父たちも幼馴染で……。
だから……。
インベル伯爵のご厚意で、このような口の利き方を許してもらっていたのだ。
――インベル伯爵家とケルタ子爵家は、対等ではない。
前世の私は、こんな当然のことがわからなかった。
なぜ、私はあんなに愚かでいられたのだろう……。
「私は……、自分が子供で……、ひどく愚かだったことに気付いたのです……」
私は、なんとか言葉を絞り出した。
「学園でなにか爵位について言われたのか? 誰にかね? 言ってみなさい」
インベル伯爵が私を気遣ってくれた。
そのやさしさが、私にはありがたくて……。
さらに涙が流れ出た。
「違います……。違うんです……。申し訳ありません……」
「どうしたんだ? あのやんちゃなマルシオが、こんなに泣いて」
インベル伯爵が私を抱きしめて、頭をなでてくれた。
幼い頃と同じだ。
この方は、ずっと私にやさしかった。
「私とアリソンは、隣同士でずっと一緒にやってきた。なにを言われたか知らないが、気にすることはない」
私は、この場で死んでしまいたいとまで思った。
インベル伯爵は、私がジュリアを蔑ろにし、「よう、平民!」などとバカにしていたと知って、どれほど失望しただろう……。
その失望が怒りに変わり……。
私の愚かさが、この方たちをすっかり変えてしまったんだ。
「そうよ、マルシオ。どうしたのか知らないけれど、わたくしはマルシオが好きよ。子爵家嫡男でも、騎士になるのでも、関係ないわ」
「ジュリア……、私ではジュリアとは釣り合わないかもしれないが……、私もジュリアが好きだ」
私はインベル伯爵の腕の中から、ジュリアに告白した。
ジュリアが私の隣に来て、私の背中をさすってくれた。
「わたくしと釣り合わないなんて……、マルシオ……。そんなことないわ」
「そうだぞ、マルシオ。誰だ? 誰になにを言われた? 言いなさい」
私はこの時になって、やっとインベル伯爵が意外と激しい気性の方だったのだと気付いた。
「誰でもありません……。私は……。私でいいのなら……。インベル伯爵、申し訳ありません……。どうかジュリアと結婚させてください……」
私はインベル伯爵の腕から抜け出ると、ジュリアの前でひざまずいた。
ジュリアが私に手を差し出してくれた。
私は両手でジュリアの手を取り、額に押し当てた。
「ジュリア……、私と婚約してほしい……。学園を卒業したら、私と結婚してほしい……。お願いだ、ジュリア……」
「もちろんよ! うれしいわ、マルシオ!」
ジュリアからの返事を聞いて、私はさらに泣いてしまった。
その結果……。
「父上、学園には下位貴族をいじめるような者もいますからね」
「そうだな。急に騎士科に転科するほどだとは……。許しがたいことだ」
私はインベル伯爵親子に『学園でいじめにあっている』とすっかり誤解されてしまった。
その翌日、私は婚約者となったジュリアに気遣われながらサーカスを見た。
ジュリアと共に見たサーカスは、とても面白かった。
前世で取り巻きの女生徒たちと見たものと、まったく同じ内容だったはずなのに……。




