6.私は騎士になります
私が家に戻ると、両親はこんな私を玄関の外で出迎えてくれた。
「おかえりなさい、マルシオ。今朝は元気そうだったのに……」
「おかえり。たしかに顔色が悪いぞ」
「父上、母上、ただいま戻りました。いきなりですが、私はジュリアと正式に婚約したいと思います」
私は馬車から降りると、両親の前でひざまずいた。
前世では、両親や領民たちにひどい迷惑をかけてしまった。
「そうしてくれるなら、私たちはありがたいが……」
「父上、母上、すぐにインベル伯爵にジュリアと私の婚約をお願いしてください」
「マルシオ、急にひざまずいたりして、どうしてしまったの……?」
両親はひどく戸惑っているようだった。
私の気持ちを尊重してくれていた、お人好しで甘い両親だ。
領民たちに責められても、私を廃嫡しなかった。
つまり、判断力に少し問題があるということだ……。
あんな飲んだくれたクズを、なぜ廃嫡しなかったのだ……。
「他の誰にもジュリアをとられたくないのです。急いでください。お願いします」
「マルシオ、そのために早退してきたの?」
母の問いに、首をふる。
「そんなことはしません。学業も大事です」
「どうしてしまったんだ、マルシオ……」
前世の私は、学業など適当にしかやっていなかったからな……。
ケルタ子爵領は、大きな職人街を抱えている。
銀食器や、宝飾品、家具など、職人たちは様々な品物を作って収入を得ていた。
農業が主な収入源である他の領地が、日照りだの、暴風雨だの、蝗害だので苦しんでいる時も、決して揺らぐことのない豊かで強い領地だ。
領主が特になにもしなくたって、金に困ることはない。
むしろ、なにかというとバルバット湖に金がかかるインベル伯爵領の方が、貧しい領地だとまで思っていた。
「私が心得違いをしていました。父上、母上、お詫びいたします」
「だいぶ具合が悪いようだな……。立ちなさい」
「早く休んだ方がいいわ……」
両親が私を立たせようとしたが、私は立たなかった。
「私は王都の水瓶であるインベル伯爵領を支えることで、王家に忠義を尽くします。父上、母上、私を廃嫡し、弟のエンリケを嫡男にしてください。エンリケは私より賢いですから、これから勉強しても充分に間に合います」
私は両親に頭を下げて頼んだ。
……私には、ケルタ子爵領の領主となる資格などない。
今のうちに私が廃嫡されておけば、今後どうなろうともケルタ子爵領は安泰だ。
だが、エンリケ……?
私に弟などいただろうか……?
「嫡男でなくなって、どうするつもりなの!?」
「学園を卒業したら、叔父上が騎士団長をしているバルバット騎士団に入ります。騎士科に転科させてください」
父の弟は、バルバット湖を守る騎士団の団長をしていた。
「マルシオが騎士!? 剣技も乗馬も、それほど好きではなかったではないか」
「まったく剣や乗馬ができないわけではありません。騎士科に転科して己を鍛え、私がバルバット湖を守ります。バルバット湖がケルタ子爵領やこの国にとって、どれほど大事かわかったのです」
「そうか……」
父は静かに言った。
「ジュリア嬢は、あれだけマルシオが好きなのだから、騎士の妻でも良いと言ってくれるだろうけれど……」
「たとえジュリアを娶れなくても、私は騎士になります。それがケルタ子爵領のためであり、ジュリアやインベル伯爵領のためになると思うのです」
前世の私は、ジュリアを傷つけ、ジュリアを別人のようにしてしまった。
そんなジュリアの様子を見て怒り狂ったインベル伯爵やジュリアの兄にも、私やケルタ子爵領への復讐心のために『高貴なる者の義務』を捨てさせてしまった。
インベル伯爵も、ジュリアも、ジュリアの兄上も、元は決してそんな人たちではなかったのに……。
「なにがあったか知らないが、そこまで言うのなら、マルシオが騎士になると説明した上で、ジュリア嬢に婚約を申し込もう」
「ありがとうございます、父上、母上。エンリケは、きっと立派な領主になるでしょう」
「本当にどうしてしまったの……」
私は心配する両親の前で、ゆっくりと立ち上がった。
今日はもう休もう。
ひどく疲れた。




