5.時が……、戻ったのか……?
「マルシオ様、サーカスに行きましょうよ」
「次の土曜日までですのよ」
「マルシオ様と一緒に行きたいわ」
私は自分を取り囲んでいる女性たちを見まわした。
女性たちは王立学園の制服を着て、私に笑いかけている。
エヴァ嬢に、カタリナ嬢に、イザベル嬢? ソニア嬢に……、知らない女生徒もいる。
――どういうことだ?
私は自分の身体を見下ろした。王立学園時代の茶色いブレザーと深いグリーンのパンツを身に着けている。
「マルシオ様、どうかなさったの?」
ピンクブロンドの知らない女生徒に問われた。
そんなこと、こちらが問いたい。
私は……、愚かな私は……。
王都の安い酒場で、茶色の髪と瞳をした酌婦たちを侍らせて……。
昼間から、しこたま酒を飲んで……。
店で暴れて、用心棒に追い出されて……。
その足で、フェリペとジュリアがいる劇場に行ったはずだ。
「ジュリア、いるんだろう!? 出てきてくれ! 会いたいんだ! 水も、白レンガも、なにもいらない! ジュリア、好きだ! ジュリア!」
チケットも買わずに劇場に入り、ロイヤルボックスの前で叫んだ。
なにが王の弟だ! 公爵閣下だ!
私の方が先にジュリアを好きになったんだ!
ジュリアだって、私を好きだった!
私はその場で剣を抜いた。
銀色の剣身には、乱れたプラチナブロンドの髪と、濁ったアイスブルーの瞳が映っていた。
どんなことをしてでも、ジュリアを取り戻したかった。
――ジュリアを取り戻せるなら、なんだってしてやる!
だが……。
私は護衛騎士たちにあっという間に斬られた。
そのまま床に倒れて……。
自分の血が、劇場の絨毯を変色させていくのを見ていた。
そして、今――。
「次の……、土曜日? 何日だったかな?」
私は女生徒たちに訊いた。
隣に座っているソニア嬢が、今日の日付を教えてくれた。
その日、私はジュリアとサーカスに行く約束をしていた。
だが、ジュリアの方は断った。
ジュリアとならサーカスくらい、いつだって行けると思った。
ジュリアのことは好きだったが……。
私たちは、幼い頃から夫婦になることが決まっていた。
両家の両親も、兄弟も、ジュリアも、誰もが喜んでいた。
そんな中、私は……。
ただ決まった道を進まされている気がして、ずっと窮屈だったのだ。
だから……。
だから、私は……。
ジュリアと共に歩むことになる長い人生のほんの一時。
学園にいる間くらい……。
私だって自由にしていいだろうと思って……。
ここにいる女生徒たちと一緒にサーカスに行くことにしたんだ。
そうしたら……。
ジュリアは王弟殿下の婚約者になってしまった。
なにが起きたのか、最初はまるでわからなかった。
ジュリアは学園を卒業したら、私と婚約し、そのまま結婚する予定だったはずなのに……。
私はジュリアを諦めきれなかった。
どうしても、ジュリアでなければダメだった。
それで、ジュリアを取り戻そうとして……。
ジュリアと夫が来ていると噂の劇場に行き……。
――ロイヤルボックスの前で死んだはずだ。
時が……、戻ったのか……?
そうとしか思えない。
私は周囲を見まわした。
「ジュリア!?」
ジュリアが少し離れたところにある回廊で、私たちを見ていた。
劇場で暴れて死ぬ前……。
あれは、私の前世と呼べばいいのか?
前世では、この時にジュリアが私たちを見ていたことなんて、まったく気付かなかった。
私は慌てて白いベンチから立ち上がった。
「マルシオ様?」
ピンクブロンドの女生徒が、私の腕に抱きついてきた。
私は名前も知らない女生徒の腕から、自分の腕を引き抜いた。
前世の私ならば喜んだだろう。
私が女生徒たちに人気があるところを、ジュリアに見せつけられたから。
ジュリアは学園を卒業したら、こんな魅力的な男を独占できるのだ。
ジュリアだって優越感に浸っているだろうと思っていた。
だが、違った……。
私は根本的な部分を間違えていた。
端的に言えば、私が愚かすぎたのだ。
「ジュリア!」
私はジュリアの元へと走った。
前世では、ジュリアの方が、私に駆け寄って来てくれていた。
それがどれだけすごいことだったか、ありがたいことだったか、今ならばわかる。
「マルシオ!」
ジュリアが、私に遠慮がちに笑いかけてくれた。
ここは天国か……?
私は……、やはり死んだのか?
「サーカスに一緒に行こうな!」
私が大声で言うと、ジュリアは少し驚いた顔をしてから、満面の笑みを浮かべてくれた。
私の好きだったジュリアの笑顔だ。
「ええ、もちろん!」
ジュリアの返事がうれしくて、私はその場で膝から崩れ落ちた。
これが夢でもなんでもいい……。
今世では、ジュリアを大事にする。
「マルシオ!? マルシオ、どうしたの!?」
ジュリアの声が頭上で聞こえた。
私は両手で顔をおおった。涙が止まらない。
「なんなの!?」
「大丈夫なの!?」
ジュリアと一緒にいた二人の女生徒の声がした。
侯爵令嬢のフランシスカ嬢と、伯爵令嬢のルイーザ嬢だったはずだ。
フランシスカ嬢は、母親が王妹殿下だったはずだ。ジュリアが結婚した王弟フェリペ殿下の、一歳しか年齢の違わない姪。
私は前世では、ジュリアは上位貴族の伯爵令嬢なのに、自分は下位貴族の子爵令息であることにも、腹を立てていた。
それで、ジュリアの茶色の髪と瞳をバカにして、「よう、平民!」などとからかって鬱憤を晴らしていた。
腹を立て、ジュリアに当たったからといって、どうにかなることではないのに……。
私はどれだけ愚かだったのか……。
まともな男なら、好きな相手を不愉快にさせたりしない。
私はジュリアに捨てられて当然のことをしてきてしまった……。
ジュリアたち三人と、私の取り巻きの女生徒たちは、私を保健室へと連れて行ってくれた。
養護教諭の先生は、私が暑い屋外で座っていたために、体調を崩したのだろうと言った。
「そうなんですねー、クレーベル先生ぇ」
ピンクブロンドの女生徒が、養護教諭の先生にまとわりついている。どうやらテレサ嬢という男爵令嬢らしい。
養護教諭の先生といえど男性なのに、テレサ嬢のあの距離感のなさはなんなのだろう……。
前世では、私の取り巻きにこのような女生徒は、さすがにいなかった気がするが……。
私が忘れているだけなのか……?
前世の私にとっては、取り巻きの女生徒たちなど、ジュリアに見せつけるためのアクセサリーにすぎなかった。
ああ、私ときたら、なにからなにまで最低な男だった。
人を人とも思っていなかった。
これではジュリアに捨てられても仕方がない……。
その日、私は早退することになった。
ジュリアが「付き添うわ」と言ってくれたが、断った。




