4.すべては、もう終わったこと
わたくしは学園を卒業してフェリペ様と結婚すると、元王領である公爵領の産業などについて詳しく教えていただいた。公爵領とインベル伯爵領の両方を栄えさせる方法が、なにかあるかもしれないと思ったのよ。
わたくしは公爵領で作られている白レンガを、インベル伯爵領から伸びる水路を使って、各地に出荷することを提案した。マルシオから我がインベル伯爵領について「湖の水しか売り物がない」と何度も笑われたのが悔しくて、『水路を使って商売ができないかしら?』と考えたことがあったの。水路を使って品物を運ぶのは、その時に考えた案の一つだった。
水路を使って公爵領の白レンガを各地に楽に運べるようになると、この国では茶色いレンガと白レンガを組み合わせた建築物が流行るようになった。そして、新たに作られる建築物は、白レンガを多く使っていれば使っているほど高級だ、と認識されるようになった。
ケルタ子爵領と、マルシオの取り巻きだった女生徒たちの家には、公爵領の白レンガを売ることは一切禁止にしたわ。
わたくしたちは、白レンガの需要の高まりと共に豊かになっていった。
フェリペ殿下とわたくしとの結婚は、公爵領にとっても、インベル伯爵領にとっても、わたくし自身にとっても、大正解だった。
――そんなある日、わたくしはフェリペ様にお願いして、王都でやっている劇に連れて行っていただいた。
わたくしたちのために、ロイヤルボックスが用意されていた。
わたくしは王立学園時代から、王弟殿下だったフェリペ様と共に観劇に来ていた。豪華絢爛たるロイヤルボックスも、もうすっかり慣れたもの。
そろそろ劇が始まろうとする時間になって、急にロイヤルボックスの外が騒がしくなった。
「何事だ」
フェリペ様は従者に訊ねた。
従者はすぐに外を見に行って、戻ってきた。その従者の後ろから、マルシオの声が聞こえた。
「ジュリア、いるんだろう!? 出てきてくれ! 会いたいんだ! 水も、白レンガも、なにもいらない! ジュリア、好きだ! ジュリア!」
「あのように、ケルタ子爵令息が騒いでおりまして……」
従者が説明してくれた。
「そのようだな」
フェリペ様は小さくため息をついた。
「わたくしのせいで、申し訳ありません」
わたくしは背後をふり返った。
「君はもう関係ないよ。気にする必要はない」
フェリペ様が、わたくしの手を握った。
「そうですわね」
わたくしはフェリペ様へと視線を戻し、苦笑してみせた。
フェリペ様は昏い目をして、わたくしの指先に口づけを落とした。わたくしにマルシオの方を見てほしくないのだろう。たとえ、閉じた扉越しであっても……。
フェリペ様ったら、本当に困った方……。
「あんな男は、護衛騎士がすぐに追い返すさ。それより、もう始まるよ」
フェリペ様に促されて、わたくしは舞台に目を向ける。
マルシオは、わたくしとの約束を破り、わたくしを笑い者にした。
わたくしがマルシオを好きだった時には、取り巻きの女生徒たちを優先して、一緒に出かけてもくれなかった。
そんなマルシオから、今さら、会いたい、好きだ、なんて言われても、会ってあげる気になんてなれない。
劇の始まりを告げるラッパが吹き鳴らされた。
――マルシオの声は、もう聞こえない。
この劇は、かつてフランシスカとルイーザから一緒に見に行こうと誘われて、「マルシオとサーカスに行く約束があるから」と断ったものだった。
それが再演されることになったから、こうしてフェリペ様に連れてきていただいたの。
フェリペ様はいつだって、わたくしとの約束を守ろうとしてくれる。どうしても約束を果たせない時だって、フェリペ様には、わたくしにも納得できる真っ当な理由があった。
『他の女性と連れだって遊びに行くから』といった理由だったことなんて一度もない。
劇の幕が上がる。
わたくしは過去のことなど考えるのはやめた。
すべては、もう終わったこと。
今のわたくしには、フェリペ様がいてくれる。
穏やかで幸せな日々を分かち合う、わたくしの愛する夫。
領地に住んでいると、王都で劇を楽しむことなんて、なかなかできない。
今この時を楽しみたいわ。
――その日、わたくしたちのいるロイヤルボックスに押し入ろうとした男が、剣を抜いて暴れたせいで、護衛騎士に斬られたらしいけれど……。
わたくしとは、もはやなんの関係もない方の話だった。




