23.私が賜る予定だった一代公爵と王領を与える
私が目を覚ましたのは、実家の自分の寝台でだった。
憔悴した様子のジュリアと両親と弟が、寝台の横に座っていた。
「マルシオ、マルシオ、気が付いたのね」
ジュリアが、私に抱きついて泣き出した。
「私は……生きて……」
「ええ……」
ジュリアが私の言葉に被せるように返事をしてくれた。
「ああ……、鎖帷子か……」
私は騎士服の下に、薄い鎖帷子を着ていた。
「ケルタ子爵領の職人たちが、兄上のために全力で作った品ですよ」
エンリケが泣き笑いで私を見ていた。
ああ、そうだった……。我がケルタ子爵領は、大きな職人街を抱えていた。
「ありがとう……。領民たちにもお礼を言わないとな……」
私はかすれた声で言って、エンリケに笑いかけた。
「兄上が生きていてくれただけで、領民たちは大喜びですよ」
「ばかなことを……」
そんなわけないだろうと思ってから……。
ああ、そうだった。今世での私は、水を止められるような愚かなことをしていなかったな……。
私は、まだ領民たちに憎まれていなかった。
「ありがたいことだ……」
私は心から言った。
「マルシオ、生きていてくれて……、ありがとう。愛しているわ……」
ジュリアが泣きながら私に抱きついてきた。
私はそんなジュリアの髪を撫でた。
「ジュリア、うれしいよ……。私も愛している……。このまま死んでもいいくらいだ……」
「ダメよ……、マルシオ。生きていてくれなきゃ……」
ジュリアが私を強く抱きしめた。
両親のすすり泣く声が、少し離れた場所から聞こえた。
私はもう人の心が変わりゆくものだと知っている。
今のこの時の気持ちが、永遠に続くとは限らない。
だからこそ……。
こうして家族やジュリアが私を愛してくれていることが、心からうれしくて……。
みんなが私の傍にいてくれることが、奇跡のように思えた。
○
私がなんとか動けるようになった頃、我が家に王家からの使者が来た。
劇場でフェリペ殿下をお守りした功績により、爵位と領地をいただけることになったのだ。
「インベル伯爵閣下との約束を果たしただけです」
私はケルタ子爵家の応接室で、『王家からの使者』として来たフェリペ殿下に言った。
ジュリアとインベル伯爵閣下を失望させられない。
身勝手な私は、ただ己のためだけに戦ったのだ。
「そう言うだろうと思ったから、私が自ら来たのだ」
フェリペ殿下は苦笑してから、私に爵位と領地が必要な理由を説明してくれた。
隊長と副隊長はあの劇場襲撃で大怪我を負い、騎士を引退するよりない。
他の騎士たちは全員が亡くなってしまった。
しかし、私は怪我を負いはしたが、医師の見立てによると騎士を続けられる。
「私が賜る予定だった一代公爵と王領を与える」
国王陛下と王太子殿下は、私の献身に対して与えられる最大限のものを与えることで、自分たちに忠誠を誓う者たちへの扱いを示すつもりなのだそうだ。
「一代限りとはいえ、公爵など……」
「私に尽くせば、『公爵』と呼ばれることさえあると示せる。子爵家出身の騎士科の学生が、いきなり公爵になるのだぞ。人々に忘れられぬ衝撃を与えられるだろう」
フェリペ殿下は楽しそうに私を見ている。
私は騎士爵すら持たない、王立学園の騎士科の生徒だ。
それがいきなり『公爵』となれば、貴族も民も大いに驚くだろう。
それはその通りだが……。
いくらなんでも『公爵』は与えすぎなのではないか……?
「ケルタ公爵の跡取りには伯爵か子爵を与え、領地も受け継がせる。これでバルバット湖の守りは、さらに強固なものとなるだろう。王家にとっても良いことずくめではないか」
フェリペ殿下は、私の隣に座る両親と、ソファの後ろに立っている養父母である叔父夫婦を見た。
私も両親と叔父夫婦を見た。四人とも、驚きすぎて言葉もないという感じだった。
「一代限りとはいえ『公爵』であれば、水源伯令嬢とも身分的に釣り合うだろう」
「水源伯令嬢……?」
ジュリアのことだろうが……。
「ルイス・インベルは、王命によりついに『水源伯』となった。侯爵相当の家の令嬢が、爵位もない騎士に嫁ぐのか? そのような縁談しか受けられないとは、そのご令嬢には、なにか問題があるのでは? 社交界では酷い噂が飛び交うだろうな」
フェリペ殿下は、辛そうな顔をしてうつむいた。
「ジュリアには手を出さないでいただきたい!」
私は思わず立ち上がり、怒鳴っていた。
ジュリアの悪い噂を流すだと!?
そのようなことを許せるはずがないだろう!
「私だって、そんなことはしたくない。おとなしく爵位と領地を賜り、これからも騎士として私に付き従え」
たしかにフェリペ殿下も、ジュリアを傷つけたいとは思わないだろう。
ということは、国王陛下のお考えか……。
私は呆然として、再び座った。
「私は強く美しい騎士を従えて、この国の王となる」
それが、国王陛下がお心に描いたフェリペ殿下の未来なのだろう。
「御意」
私はなんとか言葉を絞り出した。




