22.ここで死ぬわけにはいかない
「弓兵――!?」
舞台の上には、役者ではなく弓矢を構えた黒い軍服姿の男たちが並んでいた。
男たちは、一斉にロイヤルボックスめがけて矢を放った。
敵は本気だ。
これではまるで戦争ではないか。
大盾でも持ってこなければならなかったのか……!
私は剣を抜き、呼吸を整えて、矢を薙ぎ払った。
ロイヤルボックスの外からは、剣戟の音が聞こえてくる。
「こんな場所で鉄槍かよ……!」
護衛騎士と思われる男の声がした。
「手段を選ばず殺しにかかってきたか……」
フェリペ殿下が吐き捨てる。
再び矢が放たれ、私が矢を薙ぎ払う。
隊長がフェリペ殿下とフランシスカ嬢を、ロイヤルボックスの壁際に避難させた。
観客に紛れ込ませていた騎士たちが、剣を抜いて舞台へと走って行く。何人かが矢に倒れるのが見えた。
普通の観客たちは、悲鳴を上げながら出入り口に殺到していた。
「ご安心ください。観客に紛れ込ませた者が、王宮へと報せに走っているはずです」
「ああ、わかっている」
フェリペ殿下は、隊長にうなずいて見せると、フランシスカ嬢の肩を抱いた。
フランシスカ嬢は、ただ黙って震えていた。悲鳴を上げたり、大騒ぎしたりはしない。この状況を考えると、その姿は立派な淑女のものだった。
「隊長、舞台にいた弓兵が制圧されました。私もロイヤルボックスの外に出ます」
そう告げた私の横を、一本の矢が通り過ぎていった。
私はバルコニーから外を見た。舞台寄りのボックス席のいくつかから、弓兵がこちらを狙っている。
「ク……ッ!」
隊長の呻く声がした。私がふり返ると、隊長は自分の左肩に刺さった矢をへし折っているところだった。
「マルシオ、ロイヤルボックスの外に出ろ。副隊長にボックス席にいる弓兵のことを伝えるんだ。私が弓を弾く」
「はい」
私は返事をすると、ロイヤルボックスの外に出た。
隊長の指示に従い、副隊長に状況を伝える。
副隊長が二人の護衛騎士に指示し、二人は右と左に別れて通路を走って行った。
すでにほとんどの護衛騎士が倒されていた。
だが、敵の槍兵も同様だった。
彼らの死体の向こうには、剣を構えた黒い軍服姿の男たちがいる。
私は剣を構え直した。
室内で槍と戦ったことはないが、剣が相手ならば……。
インベル伯爵家の館の廊下で、インベル伯爵閣下から戦い方を教わった。
「マルシオ、死んで悲しませるなよ。ジュリアのことも、私のことも……」
そのインベル伯爵閣下の言葉が、どれだけうれしかったことか……。
前世の私は、死んだところで、きっと誰も心から悲しんだりはしなかっただろう。
両親でさえ、悲しみながらも少しほっとしたのではないかと思う。
――今の私には、私の死を悼んでくれる人がいる。
それだけで、こうして別な人生を歩んだ甲斐があったというものだ。
黒い軍服姿の男たちが斬りかかってきた。
私は副隊長と背中合わせになり、男たちと剣を交える。
自分の剣が折れたら、落ちている敵や味方の剣を拾い……。
副隊長が呻いたら、背後の敵の腹を振り向きざまに刺し……。
返り血が顔にかかったら、騎士服の袖で拭った。
「ウガ……ッ!」
ひどい声を出しながら、副隊長が背後で崩れ落ちた。
「副隊長……!」
「立てずとも戦える……!」
副隊長はひざまずくような格好で、敵に向かって剣を構えた。
「隊長! 副隊長をロイヤルボックスの中へ!」
「不要だ! まだ戦える……!」
私の声に応えてロイヤルボックスの中から出てきてくれたのは、フェリペ殿下だった。
「下がっていろ。私が戦う」
フェリペ殿下は副隊長をロイヤルボックスの中に引きずり込むと、剣を手にしてまた出てきた。
「フェリペ殿下こそ下がっていてください!」
「弟弟子を死なせるわけにはいかないだろう?」
「それは……どういう……?」
「私も王立学園に入るまで、インベル伯爵閣下から剣の手ほどきを受けている。そう簡単にやられはしない」
フェリペ殿下は、インベル伯爵領の隣の王領に住んでいた。そこで幼いジュリアと一緒に遊んで、ジュリアを好きになったという話だった。
インベル伯爵閣下がフェリペ殿下に会いに行っていたのは、剣の指導をするためだったのか……。
「私はインベル伯爵閣下に、フェリペ殿下をお守りすると誓いました。お願いです……。どうか私に、その誓いを破らせないでください」
私はもうどんな約束も破りたくない。
嘘だって吐きたくない。
私はフェリペ殿下へと投げつけられた剣を、自分の剣で弾き飛ばした。
「フェリペ殿下が戦うのは、私が死んだ後に……」
私はフェリペ殿下の腕をつかみ、その身体をロイヤルボックスの方へと押しやった。
「悲しいほどに愚直な男だな……」
フェリペ殿下の声が、ロイヤルボックスの中から聞こえた。
私には過ぎた褒め言葉だった。
「フェリペがいるぞ! まだロイヤルボックスの中だ!」
敵の一人が叫んだ。
私は突っ込んできた敵を次々と斬っていく。
この場所は、前世では私が斬られた場所だというのに……。
今世では、私の方がすでに何人もの敵を斬り捨てていた。
手が痺れてきていた。
脚も敵に斬られて血を流し、震えがきている。
返り血と汗が一緒になって頭から流れてくるのを、袖や破れたマントで何度拭ったことだろう。
他の騎士を呼びに行った者はどうなったのだ……。
私は後どれだけ、こうして耐えていたら良いのだ……。
「――ジュリア、私は絶対に負けない!」
愛するジュリアの姿を心に描き、弱気になる心を吹き飛ばす。
今世では、私がジュリアの夫になるのだ。
私はここで死ぬわけにはいかない。
必死になって戦い続けた。
最後の敵が剣を大きく振りかぶり……。
血に染まった剣が、私の左肩から右の脇腹へと……。
私の剣もまた、敵の身体を切り裂いていた。
敵が倒れると、私の手から剣が滑り落ちた。
すでに指に力が入らなくなっていたからな……。
私もまた、その場に崩れ落ちる。
うつ伏せに床に倒れた視線の先では、大量の血が劇場の絨毯を変色させていた。
ああ……、こんな光景を見たことがある……。
あの日、私はこの場所で死んだのだ。




