表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『学園にいる間くらい自由にしていいだろう』と勘違いした愚かな男の末路を知っている  作者: 赤林檎


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

22/22

22.ここで死ぬわけにはいかない

「弓兵――!?」

 舞台の上には、役者ではなく弓矢を構えた黒い軍服姿の男たちが並んでいた。


 男たちは、一斉にロイヤルボックスめがけて矢を放った。


 敵は本気だ。

 これではまるで戦争ではないか。

 大盾でも持ってこなければならなかったのか……!


 私は剣を抜き、呼吸を整えて、矢を薙ぎ払った。


 ロイヤルボックスの外からは、剣戟の音が聞こえてくる。


「こんな場所で鉄槍かよ……!」

 護衛騎士と思われる男の声がした。


「手段を選ばず殺しにかかってきたか……」

 フェリペ殿下が吐き捨てる。


 再び矢が放たれ、私が矢を薙ぎ払う。


 隊長がフェリペ殿下とフランシスカ嬢を、ロイヤルボックスの壁際に避難させた。


 観客に紛れ込ませていた騎士たちが、剣を抜いて舞台へと走って行く。何人かが矢に倒れるのが見えた。


 普通の観客たちは、悲鳴を上げながら出入り口に殺到していた。


「ご安心ください。観客に紛れ込ませた者が、王宮へと報せに走っているはずです」

「ああ、わかっている」

 フェリペ殿下は、隊長にうなずいて見せると、フランシスカ嬢の肩を抱いた。

 フランシスカ嬢は、ただ黙って震えていた。悲鳴を上げたり、大騒ぎしたりはしない。この状況を考えると、その姿は立派な淑女のものだった。


「隊長、舞台にいた弓兵が制圧されました。私もロイヤルボックスの外に出ます」

 そう告げた私の横を、一本の矢が通り過ぎていった。

 私はバルコニーから外を見た。舞台寄りのボックス席のいくつかから、弓兵がこちらを狙っている。


「ク……ッ!」

 隊長の呻く声がした。私がふり返ると、隊長は自分の左肩に刺さった矢をへし折っているところだった。


「マルシオ、ロイヤルボックスの外に出ろ。副隊長にボックス席にいる弓兵のことを伝えるんだ。私が弓を弾く」

「はい」

 私は返事をすると、ロイヤルボックスの外に出た。


 隊長の指示に従い、副隊長に状況を伝える。

 副隊長が二人の護衛騎士に指示し、二人は右と左に別れて通路を走って行った。


 すでにほとんどの護衛騎士が倒されていた。

 だが、敵の槍兵も同様だった。


 彼らの死体の向こうには、剣を構えた黒い軍服姿の男たちがいる。


 私は剣を構え直した。

 室内で槍と戦ったことはないが、剣が相手ならば……。

 インベル伯爵家の館の廊下で、インベル伯爵閣下から戦い方を教わった。


「マルシオ、死んで悲しませるなよ。ジュリアのことも、私のことも……」

 そのインベル伯爵閣下の言葉が、どれだけうれしかったことか……。


 前世の私は、死んだところで、きっと誰も心から悲しんだりはしなかっただろう。

 両親でさえ、悲しみながらも少しほっとしたのではないかと思う。


 ――今の私には、私の死を悼んでくれる人がいる。


 それだけで、こうして別な人生を歩んだ甲斐があったというものだ。


 黒い軍服姿の男たちが斬りかかってきた。

 私は副隊長と背中合わせになり、男たちと剣を交える。


 自分の剣が折れたら、落ちている敵や味方の剣を拾い……。

 副隊長が呻いたら、背後の敵の腹を振り向きざまに刺し……。

 返り血が顔にかかったら、騎士服の袖で拭った。


「ウガ……ッ!」

 ひどい声を出しながら、副隊長が背後で崩れ落ちた。


「副隊長……!」

「立てずとも戦える……!」

 副隊長はひざまずくような格好で、敵に向かって剣を構えた。


「隊長! 副隊長をロイヤルボックスの中へ!」

「不要だ! まだ戦える……!」

 私の声に応えてロイヤルボックスの中から出てきてくれたのは、フェリペ殿下だった。


「下がっていろ。私が戦う」

 フェリペ殿下は副隊長をロイヤルボックスの中に引きずり込むと、剣を手にしてまた出てきた。


「フェリペ殿下こそ下がっていてください!」

「弟弟子を死なせるわけにはいかないだろう?」

「それは……どういう……?」

「私も王立学園に入るまで、インベル伯爵閣下から剣の手ほどきを受けている。そう簡単にやられはしない」


 フェリペ殿下は、インベル伯爵領の隣の王領に住んでいた。そこで幼いジュリアと一緒に遊んで、ジュリアを好きになったという話だった。

 インベル伯爵閣下がフェリペ殿下に会いに行っていたのは、剣の指導をするためだったのか……。


「私はインベル伯爵閣下に、フェリペ殿下をお守りすると誓いました。お願いです……。どうか私に、その誓いを破らせないでください」


 私はもうどんな約束も破りたくない。

 嘘だって吐きたくない。

 私はフェリペ殿下へと投げつけられた剣を、自分の剣で弾き飛ばした。


「フェリペ殿下が戦うのは、私が死んだ後に……」

 私はフェリペ殿下の腕をつかみ、その身体をロイヤルボックスの方へと押しやった。


「悲しいほどに愚直な男だな……」

 フェリペ殿下の声が、ロイヤルボックスの中から聞こえた。

 私には過ぎた褒め言葉だった。


「フェリペがいるぞ! まだロイヤルボックスの中だ!」

 敵の一人が叫んだ。


 私は突っ込んできた敵を次々と斬っていく。


 この場所は、前世では私が斬られた場所だというのに……。

 今世では、私の方がすでに何人もの敵を斬り捨てていた。


 手が痺れてきていた。

 脚も敵に斬られて血を流し、震えがきている。

 返り血と汗が一緒になって頭から流れてくるのを、袖や破れたマントで何度拭ったことだろう。


 他の騎士を呼びに行った者はどうなったのだ……。

 私は後どれだけ、こうして耐えていたら良いのだ……。


「――ジュリア、私は絶対に負けない!」

 愛するジュリアの姿を心に描き、弱気になる心を吹き飛ばす。

 今世では、私がジュリアの夫になるのだ。

 私はここで死ぬわけにはいかない。


 必死になって戦い続けた。

 最後の敵が剣を大きく振りかぶり……。

 血に染まった剣が、私の左肩から右の脇腹へと……。

 私の剣もまた、敵の身体を切り裂いていた。

 敵が倒れると、私の手から剣が滑り落ちた。

 すでに指に力が入らなくなっていたからな……。


 私もまた、その場に崩れ落ちる。

 うつ伏せに床に倒れた視線の先では、大量の血が劇場の絨毯を変色させていた。


 ああ……、こんな光景を見たことがある……。


 あの日、私はこの場所で死んだのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ