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『学園にいる間くらい自由にしていいだろう』と勘違いした愚かな男の末路を知っている  作者: 赤林檎


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21.劇の始まりを告げるラッパが吹き鳴らされた

 私はフェリペ殿下の護衛騎士として働くことが決まったことにより、騎士科での授業が免除されることになった。

 王家の近衛騎士の証である黒い騎士服を着て王立学園に登校すると、すぐにフェリペ殿下の元に行き、授業中もフェリペ殿下のいる教室の後ろに立ってフェリペ殿下を見守る。


 フェリペ殿下とロジェルとレナートの会話を聞いていると、どうやら王家は、テレサ嬢もフェリペ殿下を狙う勢力が放ったのではないかと疑っているようだった。


 そんな日々を過ごしていた、ある日――。


 私が斬られて死んだ劇場が改装工事を終え、華々しく再開することになった。

 あの劇場は、この国の文化振興の一翼を担っているらしい。


 王家に求められるまま、民心の操作を手伝っているということだろう。

 なにせ劇場の再開を祝って上演される演目が……。

 国王陛下と王妃殿下を思わせる登場人物による貴賤結婚の物語だからな……。


 フェリペ殿下はフランシスカ嬢を伴い、その再開後の第一回公演を観覧することになった。

 狙われているのに劇場になんか行くなよ、と思うが……。

 この国の大事な文化施設だから、王族もお祝いするのだそうだ。


「死にに行くようなものなのでは……?」

 私は王立学園の廊下で、フェリペ殿下に遠慮がちに言ってみた。


「その通りだが……。両親の悲恋を彷彿とさせる物語を見て、私が美しい涙を一粒流したりするのが民の心を揺さぶるのだろう」

 フェリペ殿下は醒めた目をして、説明してくれた。


 王族もいろいろ大変なのだろうな……。


 これは私の予想にすぎないが、すでに『美しい涙を一粒流すフェリペ殿下』の姿絵を売り出す準備が、すっかり整っているのではないだろうか……。


 私は前世の今の時期には、ジュリアに捨てられて荒れていた。

 あの劇場が改修工事をしていたことなど、まったく知らなかった。


 私はフェリペ殿下のご観覧の日に向けて、インベル伯爵閣下から剣と体術を仕込んでもらった。インベル伯爵閣下は学生時代に『当代一の剣豪』と呼ばれていただけあり、学園の教師より強かった。


「私はこれでも、王都と近隣の領地ために、バルバット湖の水を守らねばならんからな」

 インベル伯爵閣下はそう言って、私に折れた剣を使って戦う方法まで教えてくれた。そして、「マルシオ、死ぬなよ」と笑いかけてくれた。


「御意」

 とだけ、私は応えた。


 私がまたフェリペ殿下と共にあの劇場に行くことは、きっと運命なのだろう。

 劇場のロイヤルボックスの前――。

 あの場所で、私は死んだのだ。


 ○


 フェリペ殿下が劇をご観覧になる日の朝。

 私は髪をしっかりセットし、儀礼用の華やかな青い騎士服と赤いマント姿で、愛馬に乗って王宮に行った。


 騎士団の詰所で、国王陛下が用意したフェリペ殿下の護衛隊の騎士たちに紹介される。


「よろしく頼むよ」

 と気さくに声をかけてきてくれたのは、護衛隊長だった。

 前世で私を斬った方は、フェリペ殿下の護衛隊長だったのか……。


「学ばせていただきます」

 私は隊長に向かってひざまずいた。

 容赦なく私を斬り捨てた方だ。

 刺客が現れても、一切躊躇することなく斬り倒していくだろう。


「立ちなさい。インベル伯爵閣下に剣を習っているそうだな。君には期待しているよ」

 隊長は、私の腕をつかんで立たせてくれた。


「恐れ入ります」

「本当に堅苦しい男なのだな」

 隊長は苦笑して、「楽にしろ」と私の二の腕を軽く叩いた。


「はい」

 私は隊長に恐怖もなにも感じなかった。

 おそらく、前世の隊長が、私に対してなんの感情も抱かず、ただ任務を遂行しただけだったからだろう。


 私にとっては、自分に向けられたジュリアや、インベル伯爵閣下や、領民たちの憎しみの方がよほど恐ろしかった。

 それがわかるのも、こうして人生をやり直すことができているからだ。


 私は隊長たちと共に馬に乗り、フェリペ殿下とフランシスカ嬢の乗った馬車を護衛しながら劇場に行った。


 フェリペ殿下とフランシスカ嬢は、劇場に集まった貴族や平民たちに拍手で迎えられた。

 劇場主がフェリペ殿下とフランシスカ嬢を先導し、二人はロイヤルボックスへと向かう。


 私は隊長や他の護衛騎士たちと共に、腰の剣に手をかけて、周囲を警戒しながら二人についていった。

 私と隊長は、二人に続いてロイヤルボックスに入る。


 前世では入ることのできなかった場所だ。

 猫足の椅子がバルコニーに置かれいる。


 フェリペ殿下とフランシスカ嬢はその椅子に座り、真っ赤な緞帳が閉じられたままの舞台を見下ろしていた。


 前世のジュリアは、こんなすごい場所で劇を見ていたのか……。

 これでは、ただの子爵家の嫡男など……。

 しかも、自分との約束を守らないような男など……。

 見向きもされなくて当然だ……。


 私がなぜか生き返ったりしなければ、フランシスカ嬢のいる場所は、ジュリアのものだった。


「マルシオ、どうした? 顔色が悪いぞ」

 隊長が私の顔をのぞき込んできた。


「すみません」

 私は軽く頭をふって、余計な考えを頭から追い出した。

 ジュリアはフェリペ殿下と結婚した方が幸せだったかもしれないが……。

 その道は、私が断ってしまった。


 ――今世では、私がジュリアを幸せにするのみ。


 私にはジュリアに王族のような暮らしはさせられない。

 ロイヤルボックスでの観劇だってさせられない。


 それでも……。


 私なりに、そういうものとは別な幸せをジュリアに捧げてみせる。

 そのためにも、私はここで死ぬわけにはいかない。


「顔つきが変わったな。気合が入ったか」

「はい。ご心配をおかけして申し訳ありません」

「お前にとっては初陣か。無理もない」

「隊長のお気遣いに感謝を」

 私は胸に手を当てて、騎士の礼をとった。


「堅物め」

 隊長は私の背中を叩いた。


 ロイヤルボックスの外には、副隊長と他の護衛騎士たちが立っているはずだ。

 前世では隊長が外にいたが……。

 ただの子爵家嫡男が押し入ろうとしてくるかもしれないのと、王太子殿下を狙う刺客が攻めてくるのとでは、状況が違いすぎる。

 人員の配置が違っていて当然か……。


 あの日の隊長たちは、ただの黒い騎士服だった。

 しかし、今日は、私と同じく儀礼用の青い騎士服と赤いマント姿だ。


『見目麗しい騎士たちが王太子殿下の護衛の任務につき、お祝いの日に華やかさを添える』

 という口実で騎士を多めに連れていくのだと、事前に聞かされていた。


 私も王立学園でフェリペ殿下と人気を二分する容姿を持っている。どうやら、このこともフェリペ殿下の護衛騎士として都合が良かったようだ。


 ――劇の始まりを告げるラッパが吹き鳴らされた。


 私は隊長と共にフェリペ殿下とフランシスカ嬢の後ろに立つ。

 緞帳が両開きのカーテンのように、左右に開かれていく。


 舞台の上で、なにかが光った。


 次の瞬間、隊長がフェリペ殿下とフランシスカ嬢を床に引き倒していた。

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