24.マルシオはわたくしを大事にしてくれているわ!
私は王立学園を卒業すると同時に、『一代公爵』の位と領地を賜った。
その半年後には、ジュリアを妻に迎えることができた。
私が賜った王領は、王家がバルバット湖の近くを押さえるために所持していたようだった。
それを私に下賜してしまって良かったのか……?
「私が『ジュリアとマルシオを近くに住ませたい』と言ったら、国王陛下が『ならば王領ではどうか?』と」
インベル水源伯が、私と馬を並べてバルバット湖を見ながら、疑問に答えてくれた。
国王陛下がご自分から提案してくださったのならば……。
私にはわからない、なにか深いお考えがあるのだろう……。
「国王陛下がそこまで譲ってくださったのです。信頼に応えていかねば」
「そうですね」
「ケルタ公爵、目下の者に敬語はいけません」
インベル水源伯が、片眉を上げて私を見た。
「やめてください。私は、義父上であり、我が主である方を敬っているのです」
私は苦笑した。
公爵だからと調子に乗って、インベル水源伯を相手に威張ったりなどしない。
そんな愚かさは、前世に捨ててきた。
「それでですね、義父上。我がケルタ公爵領では、白レンガという白く美しいレンガを作っています。これをバルバット湖から伸びる水路を使って、各地で売りたいと考えています」
私は愛馬に付けている革袋から、白レンガを出した。
インベル水源伯は白レンガを受け取ると、「これをか……?」とつぶやいた。
その価値は、ただ白レンガを見ただけでは、なかなか伝わらないだろう。
「普通の茶色いレンガと組み合わせて模様を描くことで、建物や壁や道路などを美しく飾ることができるようになります。貴族や裕福な平民に、高値で売れることでしょう」
「なるほどな……」
「高価で希少な白レンガをたくさん使っているほど、高級な建築物であると認知されるようになってくれればと……」
「そういう売り方もあるな」
インベル水源伯が、白レンガを返してきた。私は白レンガをまた革袋にしまった。
前世でフェリペ殿下が治めていた元王領は、この白レンガで栄えていた。
このやり方を考えたのが、フェリペ殿下だったのか、ジュリアだったのか、私は知らない。
「バルバット湖の水路を運搬に使うというのは、ジュリアの考えです」
私が白レンガを売りたいと伝えたら、ジュリアが運搬方法として水路を提案してくれたのだ。
そんなジュリアは、私とインベル水源伯から少し離れた場所で、馬に水を飲ませていた。
「そうか」
インベル水源伯は、ジュリアの方へと視線を向けた。
「はい」
私もまた、ジュリアを見つめる。
「インベル水源伯、申し訳ありません」
「なにがだ?」
「ジュリアは……、王立学園時代に私から『インベル伯爵領は湖の水しか売り物がない』と何度も笑われたのが悔しくて、他の商売を考えたのだそうです。その時に、この『水路を使って商品を運ぶ』という方法を思いついたと……」
私は本当に愚かだった。このバルバット湖の水は、売り物などではなかった。
王都や近隣の領地の民たちのために、インベル水源伯家が命を懸けて守ってきた貴重な宝だ。
この陽光に煌めく水が、多くの人々の生活を支えている。
だが……。
私は前世での過ちを経て、水源を複数持つことこそが、民の生活を安定させると思っている。
水路を使って白レンガを売ることで得られる利益は、かなりのものになるだろう。
私はその利益を使い、バルバット湖の水以外の水を民にもたらしたかった。
バルバット湖の水が各地に供給される前は、王都でも、近隣の領地でも、近くの小さな湖や、山奥の水源から、水を引いていた。
その頃に使われていた旧水路の整備工事を行えば、民は複数の水源を持つことができるようになる。
バルバット湖の水を押さえていることは、インベル水源伯家にとって大きな強みだ。
民が複数の水源を持つことは、そのインベル水源伯家の力を弱めることになる。
それでも……。
今日はインベル水源伯にこの話をして、なんとかお許しをいただきたいと思っていたのだが……。
「ケルタ子爵領の職人たちが作った品物も、その水路を使って各地で売ることができるな。ケルタ子爵領は、これからさらに豊かになるだろう。――ジュリアは、マルシオのために水路の活用法を考えたのだな」
インベル水源伯が、静かに言った。
私は驚いてインベル水源伯を見た。
ケルタ子爵領の品物を、水路で運ぶ……?
私は前世の知識から、『水路を使って白レンガを運ぶ』ということしか考えていなかった。
「ジュリアの初恋に免じて、ケルタ公爵の若き日の過ちを許そう」
「それは……、あの……」
私の声は震えていた。
「マルシオ、ジュリアはマルシオに初めての恋をして、そのままマルシオだけを健気に想ってきたのだ。そんなジュリアを重荷に思うこともあるだろうが、これからも大事にしてやってほしい」
「御意!」
私は叫ぶと、愛馬から飛び降りた。
その場でインベル水源伯に向かってひざまずく。
私は片手で顔を覆った。こんな風に涙が止まらなくなったのは、いつ以来だろうか……。
「まあ、お父様ったら、またマルシオを泣かせて!」
ジュリアの馬が近づいてくることが、蹄の音でわかった。
「『好きな子ほどいじめたくなる』と言うだろう? マルシオはかわいいからな」
インベル水源伯の笑いを含んだ声が聞こえた。
あの頃の私が考えていたことは、そんなものではなかった……。
ただ決まった道を進まされている気がして、ずっと窮屈だった。
だから、ジュリアと共に歩むことになる長い人生のほんの一時。
学園にいる間くらい、私だって自由にしていいだろうと思って……。
ジュリアは上位貴族の伯爵令嬢なのに、自分は下位貴族の子爵令息であることにも、腹を立てて……。
たしかにジュリアのことは好きだったが……。
それ以上に……。
私は愚かすぎたのだ。
インベル水源伯は、過去のこととはいえ、娘や領地をばかにされたと知って腹立たしいだろう。
それでも、こんな私の過ちを冗談にして、水に流してくれた……。
「マルシオ、なにを言われたの?」
ジュリアが馬を降りて、私のところに来てくれた。
「ジュリアを……、大事にするようにと……」
「お父様、マルシオはわたくしを大事にしてくれているわ!」
ジュリアが私を抱きしめてくれた。
「ああ、わかっている。近衛騎士最強の男『不死身のマルシオ』は、我が娘以外の女に見向きもしない。娘を持つ親として、これほど安心でうれしいことはない」
「それなら良いではないの!」
ジュリアがインベル水源伯に強く言い返した。
「娘の夫が完璧すぎると、父親としては複雑な気持ちになったりするのだよ」
インベル水源伯が、楽しそうに笑う声が聞こえた。
「もうっ、お父様ったら! マルシオはお父様と違って真面目なのよ!」
「二人とも、すまなかったな。これからも仲良くやってくれ」
インベル水源伯の馬が、遠ざかっていく音がした。
私はジュリアを抱きしめ返した。
ジュリアが私の背中をさすってくれる。
インベル水源伯に良き夫だと認めてもらえて……。
愛する妻が寄り添ってくれて……。
私はうれしかった。
ただ、ひたすら、うれしく……。
そして……。
やっと、こんな自分を許せると思うことができたのだった。
Fin




