17.私が好きなのはジュリアだ!
前世では私の愚かさのために、ジュリアや、インベル伯爵閣下や、両親、領民たちを苦しめた。
私はもう二度と、あのようなことはしない。
――私は自分自身に誓ったのだ。
誠実に生きるのだと。
前世の私は、ジュリアとの約束を破り、ほぼ結婚することが決まっていた幼馴染を蔑ろにした。
あれは、ジュリアやインベル伯爵閣下の目には、私の裏切りに映ったのだろう。
だからこそ、二人はあれほどに怒り……。
ケルタ子爵領にバルバット湖の水を供給してくれなくなった。
私は本当に愚か者だ。
失恋したからと酒に溺れ……。
水のために苦しむ両親と領民も気にかけず……。
最期には、ジュリアのいるロイヤルボックスに突撃して死んだ。
前世で私が死んだ時、私を好きだと思ってくれる者はいなかっただろう。
「私は裏切者だ。裏切者は、また裏切る」
私は静かに言った。
次にジュリアを裏切ったら、私は確実にジュリアに捨てられる。
私は、もうすでに裏切者の烙印を押されているのだ。
なにをどれだけ積み重ねても足りない。
だからこそ、もう誰を裏切ることもできない。
「テレサ嬢、自分を大切にするんだ」
私は声を絞り出した。
相手がテレサ嬢でも、誠実に接したかった。
「後悔するようなことをしていはいけない」
あれは、考えても、考えても、答えのない闇だ。
もがいたところで、時が戻ることはないと思っていた。
あの時間が、どれほど辛いものかを知っている。
「マルシオのくせに、なに格好つけてるのよ」
テレサ嬢が私を寝台に押し倒した。
これが淑女のやることなのか!?
私はテレサ嬢の両肩をつかみ、その身体を押しのけた。
騎士科に転科して鍛えていて良かった……。
弱った状態でも、女性の一人くらい押し戻せる……。
「こういうことは、好きな相手とするものだ」
「なんですってぇ!? わたくしのことが好きじゃないのぉ!?」
テレサ嬢が甲高い声で叫んだ。
「好きになる要素なんて、なにもないだろう!?」
失礼だろうとは思ったが、はっきりと伝えた。
「ステラミラの花で魅了されて、体調が悪い時に介抱されて、好感度はほぼマックスになっているはずでしょ!?」
「これで好感を抱くと思っているのか……? あり得ないだろう!」
私は早足で保健室を出た。ちょうど廊下の先から、フェリペ殿下とロジェルとレナートが歩いてきた。
「マルシオではないか。体調はもう良いのか?」
フェリペ殿下が駆け足で近寄ってきた。
「私より……、テレサ嬢の様子がおかしいのです……。フェリペ殿下、テレサ嬢に近寄ってはなりません」
私はフェリペ殿下に言ってから、ロジェルとレナートを見た。
三人は困惑した顔をして、私を見ていた。
「フェリペ殿下ぁ、マルシオに襲われたんですぅ!」
テレサ嬢が保健室から飛び出してきた。いや、本当に飛び出してきたのかはわからないが、私はそのように感じた。
「なんとでも言え……。私にはもう、誠実さとジュリアへの愛しか残されていない……」
これで学園内でどれほどの悪評が立とうが、そんなことはどうでも良い。
ジュリアやインベル伯爵閣下が、私を信じてくれるならば……。
私はフェリペ殿下たちに背を向けて、中庭に向かった。
胸が苦しい。
この切ない気持ちはなんなのだ……。
あのままテレサ嬢の誘いにのっていたら、こんなに辛くはなかったのか……?
無理だ。ありえない。
私は校舎を出て、回廊を歩く。ここは、私が今世に死に戻った日、ジュリアが私を見ていた回廊か……。
回廊の向こうから、ジュリアがフランシスカ嬢とルイーザ嬢と共に走ってくる。
「マルシオ! マルシオ、大丈夫なの!?」
私は呼びかけてくるジュリアに、返事をすることができなかった。
とにかく苦しかったし、切なかった。
まるで、前世でジュリアを取り戻したかった時のようだ。
悲しくて……、恋しくて……。
ステラミラの花のせいだろうが……。
魅了とかいうものは、こういうものなのか……?
私はベンチや噴水があるのとは、回廊を挟んで反対側の中庭に行った。
そこには井戸がある。
私は井戸に木桶を投げ込み、水を汲んだ。
その水を、頭からかぶる。
少しだけ頭がすっきりした気がした。
「マルシオ、なにをしているの!?」
ジュリアが悲鳴のような声を上げていた。
「ずぶ濡れではないか」
フェリペ殿下の声もした。
「私はもう、誰も裏切らない」
もう一度、井戸に木桶を投げ込んで水を汲み、頭から水をかぶった。
テレサ嬢が心に浮かぶ。
妙に魅力的な姿に思える……。
叫び出したいような気持ちになる。
甘酸っぱい、このテレサ嬢への想いはなんだ……。
「私が好きなのはジュリアだ! テレサ嬢などではない!」
さらにもう一度、水を汲んだ。
「もう止めろ」
フェリペ殿下が、木桶をつかんだ。だが、私はその手ごと木桶を掲げて、水を浴びた。
「貴様……!」
ロジェルの声も聞こえた。
フェリペ殿下にも水がかかってしまたのか?
それは、私の邪魔をしたフェリペ殿下が悪いのだ。
「裏切り者は、また裏切る! だが、私は……! ジュリアを裏切ったりしない! 誠実に生きるんだ! そのために今を生きている!」
他のなんのために、こうして二度目の人生を生きているのか。
前と同じようになど生きない!
ステラミラの花?
魅了?
それがどうした!
「これが私の生き様だっ!」
私は叫ぶと、木桶をフェリペ殿下に押しつけた。
水を浴びても無駄だったからな。
「ジュリア、落ち着くまで走ってくる」
私は両手で濡れた髪をかき上げた。
「いや、待て、マルシオ」
フェリペ殿下が、私の腕をつかんだ。
「放してください」
私はフェリペ殿下の手をふり払った。
「ロジェル、王宮に連絡して王家の医師を派遣してもらえ!」
「はい!」
ロジェルが返事と共に駆け出した。
「レナートは学園の警備騎士と共にテレサ嬢を拘束しろ!」
「はっ!」
レナートもすぐに走り出す。
「マルシオ、行くな」
フェリペ殿下がまた私の腕をつかむ。
「私のことは放っておいてください!」
私はまた腕を強くふり、フェリペ殿下の手を退けた。
このままでは、ジュリアへの気持ちが消えてしまう……。
魅了とやらで、テレサ嬢への気持ちに塗り替えられて……。
そんなことは絶対にさせない……!
私が好きなのはジュリアだ!
ジュリアへの気持ちは、誰にも消させない!
次の瞬間、首の後ろに痛みを感じ、目の前が真っ暗になった。




