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『学園にいる間くらい自由にしていいだろう』と勘違いした愚かな男の末路を知っている  作者: 赤林檎


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14.悪役令嬢にでもなったつもりぃ!?

 会合を開いてもらった翌週。

 フェリペ殿下は、またテレサ嬢を腕に抱きつかせて生徒食堂に現れた。


「マルシオ」

 ジュリアが、私の向かい側の席で目配せをした。


「ああ」

 私がふり返ると、フェリペ殿下はテレサ嬢のために生徒食堂の椅子を引いてやっているところだった。


「あれは、どこの派閥の令嬢だ……?」

「婚約者のフランシスカ嬢はどうしたのだ……」

「どういうことですの……?」

 二人の姿を見た生徒たちが、ざわざわと小声で話し始める。


「ジュリア、すまないが、行ってくる」

「ええ。ご武運を」

 ジュリアがほほ笑んでくれた。


「ありがとう」

 私の胸の奥が温かくなった。


 ――絶対に手放すことのできない幸せが、今ここにある。


 だが、私には、やらねばならないことがあった。


 食事はすでに早食いして、ほとんど食べ終えていた。

 私は覚悟を決めて席を立ち、フェリペ殿下たちの方へと向き直った。


 フェリペ殿下は、テレサ嬢を隣の席に座らせていた。

 向かい側の席には、宰相の次男と、実家が大商会である男爵家の次男が座っている。


 私は子爵家の嫡男から、バルバット騎士団の団長子息になった。

 身分を考えると、自分から話しかけられる相手は、あの中にはいない。


 だが……。


 私はテレサ嬢の席の横で、静かにひざまずいた。


「まあ、マルシオ!」

 テレサ嬢は、すぐに私に話しかけてきた。


「はい」

 私はひざまずいたまま、テレサ嬢を見た。


「わたくしのところに来てくれたのね!」

 テレサ嬢は、とてもうれしそうに声を上げた。


「はい」

 正確には、フェリペ殿下のところにだが……。

 わざわざ否定する必要はなかった。


「ねえ、殿下ぁ。マルシオも一緒に食事をしていいでしょう?」

 テレサ嬢はフェリペ殿下の腕に抱きついた。


「ああ、まあ……、いいだろう」

 フェリペ殿下は苦笑しながら、私を見た。


「ねぇ、マルシオ、聞いたでしょう? 一緒にお食事しましょうよぉ」

「その前に、テレサ嬢に申し上げたいことがあります」


 私は、こんなフェリペ殿下を見ていられなかった。

 前世では王太子ではなかったが、このような女生徒を傍に侍らせるような方ではなかった。

 それだけジュリアに一途だったということなのだろうが……。


「まあ、なぁに?」

「フェリペ殿下には、フランシスカ嬢という婚約者がおられます。腕に抱きつくなど、婚約者のいる方に対する距離感ではありません」

「なんですってぇ!?」

 テレサ嬢が甲高い声で言った。


「婚約者でもないのに、フェリペ殿下に椅子を引かせていましたね。それもおかしなことです。テレサ嬢は男爵令嬢でしたね。ご自分の身分を考えてみてください」

「なんでぇ!? なんでマルシオがそんなこと言うのぉ!?」

「それがテレサ嬢のためだと思うからです」

 私はまっすぐにテレサ嬢を見つめた。

 テレサ嬢が、頬を染める。


「えー、それって嫉妬ぉ!? 困るぅ」

「マルシオ、テレサ嬢は以前は君の取り巻きだったね。なにか誤解しているようだが……。私とテレサ嬢は、君に嫉妬されるような関係ではないよ」

 フェリペ殿下も、私に話しかけてきてくれた。

 これで、こちらからも話しかけられる。


「フェリペ殿下……」

「なんだろうか?」

 フェリペ殿下は苦笑している。


 私がいきなり説教などしても、きっとフェリペ殿下を怒らせてしまうだけだろう。

 二度と話を聞いてもらえなくなったら、フェリペ殿下からテレサ嬢を引き離せなくなってしまう。


 考えろ……、なにかあるはずだ。


「私も本当に同席させていただけるのですか?」

「もちろんだとも。テレサ嬢も望んでいる」

 フェリペ殿下は鷹揚にうなずいた。


「なによぉ、結局ぅ、わたくしと一緒にいたいんじゃなぁい」

 テレサ嬢はケラケラと笑うと、自分のトレーを持って席を立つ。

 宰相の次男と、実家が大商会である男爵家の次男に指示して、二人の間に椅子を置かせた。

 これまで二人の名前を知らなかったが、宰相の次男はロジェルで、男爵家次男はレナートらしい。


「マルシオはフェリペ殿下の隣よぉ」

 なんでだよ……、とは思ったが……。

 テレサ嬢が、いつまでもフェリペ殿下の隣に座っているよりは良いだろう。

 私はジュリアのいる席からトレーを持ってきて、フェリペ殿下の隣に座った。


「そうそう、これこれ、このスチル!」

 テレサ嬢は私とフェリペ殿下が並んで座っているのを見て、小さく手を叩きながら喜んでいる。


「スチル……?」

 聞いたこともない言葉だった。


「スチルがなにかは、私も知らないが……。私はな、マルシオ……。テレサ嬢があのように無邪気に喜んでいるのを見ると、憂いが消え去るような気がするのだ」

 たしかにテレサ嬢は、裏表もなにもなく、純粋に喜んでいるように見えた。

 まったく貴族の令嬢らしくない。

 そこが、フェリペ殿下には新鮮だったのかもしれない。


「いいわぁ、順調よぉ!」

 テレサ嬢は、私とフェリペ殿下を見比べて、何度もうなずいていた。

 こちらは、まったく順調ではない……。

 私の言葉は、テレサ嬢にはまったく届いていなかった。


「テレサ嬢、あなたは、ここにいて良い方ではありません。別な席に移ってください」

 私は斜め前に座っているテレサ嬢に向かって、はっきりと伝えた。

 ロジェルとレナートが、驚いた顔で私を見た。


「なんですってぇ! さっきからなんなのよぉ! 仲間に入れてあげたじゃないのぉ!」

 テレサ嬢が大声を上げた。

 どういう教育を受けたら、このような令嬢が出来上がるのだ……。


「マルシオ、君はそんなお堅い男ではなかっただろう? 私は覚えているぞ。君は一学年の時、テレサ嬢たちを侍らせて得意になっていたではないか」

 フェリペ殿下が、妙に親し気に私の肩を抱き、まわりに聞こえるように言った。


「おやめください、フェリペ殿下……」

「愛らしくて奔放なテレサ嬢が惜しくなったのだろう?」

「違います!」

 私は思わず、フェリペ殿下の腕をふり払っていた。

 生徒食堂が、しん、と静まり返った。


「テレサ嬢、ご自分の立場を弁えてください」

「なにそれぇ! マルシオのくせにっ! 悪役令嬢にでもなったつもりぃ!?」


 テレサ嬢が、私の顔にいきなりコップの水をかけた。

 私は呆然として、テレサ嬢を見つめる。

 私にはテレサ嬢の言っていることが、どういうことなのかまったくわからなかった。


 悪役令嬢……?


 私は頭から水を滴らせたまま、自分のトレーを持って席を立った。

 私なりに精一杯やったつもりだった。

 だが……、まったく上手くいかなかった。


「マルシオぉ、ごめんなさぁい。つい……」

 テレサ嬢が、私の腕に抱きついてきた。


「わかっています」

 私は、なんとかテレサ嬢に笑いかけた。

 テレサ嬢などふり払って、ジュリアの元に戻りたかった。

 だが、なんとか耐えた。


「テレサ嬢、フェリペ殿下に近づくな」

 私はテレサ嬢の耳元でささやいた。


 誰が相手であっても、誠実でありたいと思った。

 その気もないのに口説いたりすることなんて、私には、もうできなかった。


「はぁん!」

 テレサ嬢は、不気味な声を出した。


「身の程を弁えろ」

「ううう、やっぱり、マルシオ、いいわぁ!」

「なにがだよ……」

 本気でそう思っているなら、フェリペ殿下には近づくな。


 私はテレサ嬢に近づく目的も含めて、婚約者と両家の親の了承済みだ。

 評判が少し悪くなることはあるかもしれないが……。

 私がテレサ嬢に本気になったりしなければ、本当に大事なものを失うことはない。


「やーっと出てきた騎士団長の息子マルシオ!」

 テレサ嬢は、私の腕に胸を押しつけてきた。

 淑女のやることではない。


「頼む、テレサ嬢。もっと自分を大切にするんだ」

 私はテレサ嬢の肩をそっと押し、自分の腕から引き離した。


「ええっ、なにそれぇ、紳士なマルシオ!? めちゃくちゃ良くないっ!?」

 テレサ嬢は両手で頬を押さえた。


「テレサ嬢を口説いているつもりはない」

 私はテレサ嬢に背を向けると、トレーを返却口に置いて生徒食堂を出た。

 すぐにジュリアが追いかけてきくれた。


「マルシオ、大丈夫!? テレサ嬢ったら、水をかけるなんて……」

「これくらい、なんともないよ」

 私は水に濡れた髪をかき上げた。


 テレサ嬢の様子はかなり変だった。

 男爵令嬢なのに、なぜ色仕掛けみたいなことをしてくるんだ……?

 言っていることも、意味のわからないところが多々あった。


 インベル伯爵閣下が伝手を使って、テレサ嬢のことを調べてくれている。

 その調査結果で、なにかわかるだろうか……。

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