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『学園にいる間くらい自由にしていいだろう』と勘違いした愚かな男の末路を知っている  作者: 赤林檎


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13.インベル伯爵閣下に我が忠誠を

 フェリペ殿下をお救いする、と決めたものの……。

 私はフェリペ殿下に意見するような立場にない。

 前世でだって、今世でだって、フェリペ殿下と会話すらしたことがないのだ。


 ジュリアに相談したら、フランシスカ嬢に頼んで、私とフェリペ殿下を引き合わせてくれるのではないかと思う。

 だが、ジュリアとフェリペ殿下に接点ができるのは嫌だ。


「フェリペ殿下と知り合いたいのだが……」

 模擬戦の授業の後、更衣室にいる同級生たちに言ってみた。

 騎士科の生徒には、親や兄妹や親戚が騎士をしている者が多い。

 なんとかなるのではないかと思ったのだ。


「マルシオ……、悪いのだが……。私たちは、そういうことに協力することはできない」

 同級生の一人が、妙にはっきりと断ってきた。


「そういうこととは……?」

「愚かなことを考えない方がいい。フェリペ殿下を見つめるのも、もう止めることだ。かなり噂になっているぞ」

「噂か……。それはまずいな……」

 おそらく、私が謀反でも起こすと思われたのだろう。

 前世でもロイヤルボックスに押し入ろうとしたしな。

 いや、だが……。

 私は、そこまで敵意のこもった目をしていたのか……?


「お前にはジュリア嬢がいるだろう?」

「ああ」

「ジュリア嬢を大切にすることだ」

「わかっている。わかっているが……」


 あんな昏い目をしたフェリペ殿下を放っておくのか……?

 私はそれで良いのか……?

 あのテレサ嬢とやらはなんなのだ?

 テレサ嬢は、婚約者のいるフェリペ殿下の腕に抱きついていた。


「フェリペ殿下のことは、もう忘れるのだ」

 同級生が、私の肩を叩いた。


「たしかに、フェリペ殿下が誰とどうしようが、私とは関係ないよな」

 私は、なんとか同級生に笑ってみせた。


 今世のフェリペ殿下には、今世のフェリペ殿下の人生がある。

 私が気にする必要など、ないではないか。

 私は私で、今世の自分の人生に集中しなければ……。

 あれだけ焦がれたジュリアが、傍にいてくれるのだから……。


 ○


 騎士科の同級生たちや、ジュリアからも忠告されたが……。

 私はフェリペ殿下から目を離すことができなかった。

 自分とは関係ないと、頭ではわかっている。


 わかっているのだが……。

 前世の自分を見ているようで……。

 フェリペ殿下が好きでもない女を侍らせて、昏い目をしている姿を見ると、放っておけない気持ちになってしまうのだ。


 私は両親とジュリアに頼んで、ケルタ子爵家とインベル伯爵家の会合を開いてもらった。


 前世と同じ間違いを犯すわけにはいかない。

 だが、私には、今世でやることができてしまった。


 私は両親と弟のエンリケと共に馬車に乗り、インベル伯爵家を訪ねた。

 インベル伯爵家の方々は、前回と同じように館の玄関の前で出迎えてくれた。


 私たちは、すぐに立派な応接室へと通され、革張りのソファに座らせてもらった。

 向かい側のソファには、インベル伯爵家の方々がいる。


「よく来たな、マルシオ。今日はどうしたのだ?」

「インベル伯爵閣下、お願いがあって参りました」

 私はソファから立ち上がり、ローテーブルの横でひざまずいて、騎士の礼をとった。


「閣下などと……。マルシオ……、本当にどうしてしまったのだ……」

 私は騎士科に入って、同級生からインベル伯爵家について教えられたのだ。

 インベル伯爵家は、バルバット湖を守る武門の家なのだと。

 王家からの信頼厚く、王都や近隣の領地に水を供給するバルバット湖を任せられた。その際、『水源伯』という辺境伯家と同等の地位を提示されたが、当時のインベル家は爵位が男爵だったこともあり、高すぎる地位だからと辞退した。


 当代のインベル伯爵閣下ご自身も、王立学園では領地経営科に在籍していたが、騎士科の生徒に勝るとも劣らない剣の腕だったそうだ。


「ルイス、マルシオがすまない……」

「いや……、アリソン……。本当にマルシオはどうしたのだ……」

 父とインベル伯爵閣下が、困惑したように私を見ていた。

 だが、私には前世でのように振る舞うことはできなかった。


 インベル伯爵家について知れば知るほどに、前世での無知な自分が恥ずかしくなる。


「騎士科に転科して、インベル伯爵家の素晴らしさを同級生に教えられたのです。インベル伯爵閣下のことも尊敬しています」

 私はインベル伯爵閣下に向かって頭を下げた。

 インベル伯爵閣下は、礼を尽くしても、尽くし足りない方だ……。


「マルシオ、無理して学園に通うことはないのだぞ」

「そうよ。もうバルバット騎士団に入団してくれていいのよ。学園を卒業していなくたって、ジュリアとの結婚を反対したりしないわ」

 インベル伯爵閣下と夫人が、私を気遣ってくれた。


「いえ、私にはまだ至らないところが多く、学園で学ぶべきことがあると思います」

 私は、さらに頭を下げた。このように気遣っていただけるような者ではないからな……。


「まあ、いいだろう……。マルシオ、そろそろ立ちなさい」

 インベル伯爵閣下がソファから立ち上がって、私に近づき、手を伸ばしてきた。

 私はその手を取り、自分の額に押し当てた。


「インベル伯爵閣下に我が忠誠を」

「なぜだ!? どうしたのだ!?」

 インベル伯爵閣下の声が裏返る。


 私はそんな様子を気にすることなく、話を続けることにした。


「私はこれから学園で、ある女生徒に近づくつもりです。その女生徒は、私の取り巻きの一人でした。彼女は王太子殿下に擦り寄っています。このままでは、王太子殿下は道を誤ることになります。私は自分で言うのもなんですが、顔も良く、今では王太子殿下と同じくらい背も高く、剣の腕も立ちます。きっと彼女を王太子殿下から遠ざけられるでしょう」


 私は静かに目を閉じた。

 今世での私は、騎士として鍛えたからか、前世より背が伸びた。

 テレサ嬢は、私が好みだから取り巻きをしていたはずだ。

 今のテレサ嬢は、王太子殿下のご身分に憧れているのかもしれないが……。

 私が上手く近づいたら、こちらにも興味を示すはずだ。


「王太子殿下かフランシスカ嬢に頼まれたのか?」

「違いますが……。王太子殿下からテレサ嬢を遠ざけるのは、私の役目だと思ったのです。他の女の元に行こうとも、私の愛はジュリアのもの、忠誠はインベル伯爵閣下のものです。これだけは信じていただきたいのです」


 私はインベル伯爵閣下の手を放し、ジュリアを見上げた。

 ジュリアは、ひどく戸惑ったような顔で私を見ていた。


「ジュリア、私が愛しているのはジュリアだけだ。だが、私には王太子殿下のために、やるべきことがある。信じて待っていてくれないだろうか……?」

「今日はその話がしたかったの……?」

「そうだ。私は誠実でありたい。これからジュリアを裏切っているように見えることをするが……。私はジュリアを、インベル伯爵家を、裏切るようなことはしない」


 私は胸に手を当てて、騎士の礼をとった。

 ジュリアに信じてもらいたかった。


「マルシオはフェリペ殿下を心配して、いつも見つめていたの……?」

「ああ」

 心配しているのかと問われたら、その通りだった。

 前世がどうだったから、などと説明することはできない。


「わかったわ。わたくしは大丈夫よ、マルシオ」

 ジュリアがほほ笑んでくれて、私は心からほっとした。


「インベル伯爵閣下、私は……、これからジュリアに恥をかかせてしまうでしょう。ですが、ケルタ子爵領への水の供給だけは……、変わることなく続けてほしいのです」

「もちろんだとも。だいたい、私はバルバット湖の水を止めたことなどないぞ。そんなことを考えたこともなかった」

 インベル伯爵閣下が、「もう立ちなさい」と言いながら、私の腕をつかんで立たせてくれた。


「ありがとうございます……。インベル伯爵閣下、腹が立ったら、私を殺してください。ケルタ子爵領の領民たちには、類が及ぶことのないように……。私が悪いのです……」


 インベル伯爵閣下とジュリアを、私への復讐のために狂わせたくない。

 領民たちにも苦労をさせたくない。

 私がこれから歩もうとしている道が間違っているならば……。

 その責めは、私だけが負えば良い。


「マルシオ、この未来の義兄が、変な女がいると王家に告げ口してやろうか? 『王家の影』が、そんな女を病死か事故死にさせてくれるはすだ」

「おやめください。一歩間違えれば、インベル伯爵家が偽りで王太子殿下を陥れようとしたことになります」

 私はジュリアの兄に向かって首をふった。


 王家に対して、貸しも借りも作らない方が良いはずだ。

 この件も、なんとか学園内の男女関係のもつれで済ませたい。


「あのマルシオが、ここまで考えられるようになったとはな……」

 インベル伯爵閣下が感心したように言ってくれた。


「愚かな私には、もったいないお言葉です」

「マルシオ、すごいわ」

 ジュリアまで感心してくれている。


「ジュリアには申し訳ないと思っている。私のわがままで、苦しめることになってしまう……」

「そんなことないわ。こうして、きちんと話してくれたのだもの。信じて待っているわ」


「ジュリア、私が女好きのチャラチャラした男に見えても、どうか嫌いにならないでほしい……」

「マルシオは、複雑な生い立ちの王太子殿下が心配なのよね。マルシオを嫌いになんて、絶対にならないわ」

 ジュリアも席を立って私のそばに来て、私の両手を握ってくれた。


「ジュリアもどうか……、水だけは……」

「大丈夫よ。わかっているわ」

「ありがとう……」

 私はジュリアの指先に口づけを落とした。

 弟のエンリケが、ゴホゴホとわざとらしい咳払いをした。


「ああ、すまない……」

 私は、ジュリアしか見えていなかった。

 両親と弟や、インベル伯爵閣下たちが同じ部屋にいることなんて、すっかり忘れてしまっていた。

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