12.あのような目をした男を知っている
ジュリアと中庭で話をしてから、半月ほど後。
国王陛下がすべてを公表し、側妃殿下を王妃、フェリペ殿下を第一王子として、王宮に迎え入れられた。
さらに半月後には、フェリペ殿下はフランシスカ嬢と婚約すると同時に、王太子となった。
ジュリアから話を聞いた時には、これらが行われるのは、王立学園を卒業した後になるだろうと思っていたのだが……。
フランシスカ嬢は、王妹殿下の娘であり、王妹殿下が降嫁するほどの力のある侯爵家の令嬢だ。
フェリペ殿下は前世では、ただの伯爵家の娘であるジュリアと婚約していたから、いろいろなことに時間がかかったのだろう。
インベル伯爵家も領地内にバルバット湖があり、かなり力のある家だろうが……。
政治力などの面では、やはりフランシスカ嬢のフロース侯爵家の方が強い。
フェリペ殿下は、王立学園の同級生の中から、側近となる者を選んだようだった。
宰相の次男と、実家が大商会である男爵家の次男だ。
いつもこの二人を引き連れて歩いている。
私はいまだにフェリペ殿下を警戒していた。
フェリペ殿下が、いつジュリアを奪いに来るかわからないではないか。
「マルシオ……、怒らないで聞いてほしいの……」
そんなある日、私がジュリアと共に生徒食堂でランチをしている時だった。
ジュリアが子牛のフィレ肉のソテーを切る手を止めて、遠慮がちに言った。
「なんだろうか……?」
「マルシオがフェリペ殿下に熱い視線を送っている、と噂になっているわ」
私はジュリアを凝視した。
誰が、なんだって……?
熱い視線?
「すまない、意味がわからなかった。私が、どうしたと……?」
フェリペ殿下を監視していたのが、変な噂になっているというのか……?
男が男に向ける熱い視線というと、やはり敵意のことだろう。
そこまでフェリペ殿下に敵意を向けていたつもりはないが……。
「ごめんなさい、気にしないで。そうよね。マルシオに限って、ありえないわ……」
「ああ、もちろんだ。ジュリア、安心してほしい。私はフェリペ殿下に敵意など持っていない」
前世ではフェリペ殿下に対して、敵意しか抱いていなかったからな……。
そういう雰囲気が出てしまっているのだろうか……。
「そう……、よね。敵意はないのよね……」
ジュリアが困惑したように笑った。
まずいな……。
フェリペ殿下への警戒心を敵意だと受け取られている。
私には、フェリペ殿下を警戒する理由があるが……。
前世で好きな女性を奪われたなどと説明することはできない。
困ったことになった……。
「側妃殿下……、いや、王妃殿下の元のご身分が低いことも、私は特に問題だと思ってはいない」
王妃殿下の出自を問題視している者たちもいる。
私もその仲間だと思われているのだろうか。
「マルシオは、そういうことを気にするタイプではないものね」
ジュリアの言葉からは、『それはわかっている』という思いが伝わってきた。
どういうことだ……?
「よくわからなかったが、私は誠実であることと、ジュリアへの愛しかない男だ……。重い男ですまないが……、私には、それしかないんだ……」
「ごめんなさい。今の話は、忘れてちょうだい。マルシオの気持ちなら、ちゃんとわかっているわ」
「ジュリアさえ納得してくれたなら、私は他のことなど気にしない」
私はほっとした。
フェリペ殿下とは、いろいろ上手くいかない定めなのかもしれない……。
そんなことを思いつつ、私も止まっていた手を動かして、ナイフで肉を切ろうとした。
その時、タイミング良くと言うべきか……。
フェリペ殿下が生徒食堂に入ってきた。
テレサ嬢を腕にぶら下げて……。
――フェリペ殿下は、なぜ婚約者でもない男爵令嬢を連れているのだ!?
あのように密着させて、どういうおつもりなのだ!?
私はガタッという音を立てながら、椅子から腰を浮かせてしまった。
フェリペ殿下の紫色の瞳と目が合う。
昏い目だった。
私は、あのような目をした男を知っている。
前世で、鏡に映った私の目……。
本来ならば、私があの昏い目をしていたはずだ……。
「フェリペ殿下……」
私は思わず、その名を呼んでいた。
まわりの席の女生徒たちが、なにかを囁き合う。
そうだった、私がフェリペ殿下に敵意を向けている、などと噂になっていたのだった。
私は黙って椅子を戻し、座り直した。
「マルシオ……?」
ジュリアに呼ばれ、曖昧に笑ってみせる。
私はジュリアを失いたくなかった。
本当にそれだけで……。
フェリペ殿下を不幸にしたいと思っているとか、敵意を持っているとかではなかった。
「ねぇ、フェリペ殿下ぁ、なにを食べますぅ?」
テレサ嬢の甘えた声が聞こえてくる。
どうしたらいいのだ……。
フェリペ殿下は、幼い頃からジュリアを好きだった。
だが、ジュリアは、今世では私と婚約した。
私には、フェリペ殿下の苦しさ、辛さがわかる。
前世で散々体験したことだからな……。
私はフェリペ殿下を見た。
「どうしようかな?」
フェリペ殿下は、テレサ嬢に笑いかけた。
「フェリペ殿下……」
そんな女では、ジュリアの代わりになどならない。
前世の私は、茶色の髪と瞳の平民娘たちを何人も侍らせた。
だが、誰一人として、私の心を満たしてはくれなかった。
「私はどうしたらいいのだ……」
フェリペ殿下を不幸にしたかったわけではない。
今世では、ジュリアは私を選んでくれた。
恋愛であり、ジュリアの選択だ。
私だって悪いことはしていない。
それは、わかっている。
だが……。
私が愚かなままだったら、フェリペ殿下はジュリアと結婚していた。
あの昏い目をしていたのは、私だったはずなのだ。
そう思うと、冷静ではいられなくなる。
「マルシオ、なにを言っているの……?」
「ジュリア……」
私はジュリアになんとか笑いかけた。
今世では、この先、どうなってしまうのだ……。
フェリペ殿下が、私の代わりに愚かな過ちを犯すのか……?
惨めな死を迎えるのか……?
フェリペ殿下が前世での私の代わりだというのなら……。
――私がフェリペ殿下をお救いする。
きっとそれが、前世の私への手向けにもなるだろうから……。




