11.国王陛下の隠し子
二学年になってしばらくすると、フェリペがフロース侯爵家のフランシスカ嬢と婚約した。
フランシスカ嬢はジュリアの友人で、王妹殿下の娘だ。
同時に、商科にいたジュリアが、淑女科に転科した。
フランシスカ嬢の希望らしい。
友人であるジュリアとルイーザ嬢を侍女にと望んだのだそうだ。
前世ではジュリアと結婚したフェリペが、姪であるフランシスカ嬢と婚約するとは……。
年齢的には近いが、血もかなり近い。
だが、王族にとっては、そこまで珍しい婚姻ではないのかもしれない。
王家の歴史をふり返ると……。
叔父と姪や、叔母と甥どころか……。
異母兄妹で結婚したりもしているしな。
王家というのは、普通の貴族家や平民などとは、婚姻に対する考え方が違うのだろう。
などと、思っていたら……。
「フェリペ殿下が、国王陛下の隠し子!?」
私は王立学園の中庭に置かれた白いベンチで、驚きのあまり叫んでしまった。
隣に座っているジュリアは、私の大声に慌てていた。
「声を落として!」
「すまない、驚いてしまって……」
あの二人は、叔父と姪ではなく、従兄妹同士だったのか……。
それでも血は近いが、叔父と姪よりは良い気がするような……。
いや、どうだろう……?
「マルシオは熱血だから、仕方ないけれど……」
ジュリアが苦笑した。
「本当にすまない……」
「いいのよ。それでね、亡き王妃殿下のご実家である公爵家との繋がりを大事にしたいから、先の国王陛下の末子ということになさったらしいの」
私は驚きすぎて、声を出すこともできなくなった。
フェリペ殿下が、王の弟ではなく、息子……!?
だが……。
しかし……。
納得もできる。
フェリペ殿下は、先の国王陛下が高齢になってから迎えた側妃殿下の子ということになっていた。
先の国王陛下は老いにより少し判断力が鈍って、フェリペ殿下がお生まれになった時、喜びのあまり「王位はこの子に継がせる!」と宣言してしまって……。
そこから、王太子派と末子派が争うようになり……。
争いの最中に先の国王陛下が崩御して、王太子殿下がご即位された。
同時に、フェリペ殿下は側妃殿下と共に王領に移られて、王立学園入学までそちらで暮らしていた。
フェリペ殿下は幼い頃に、この王領でジュリアと出会ってから、ジュリアのことがずっと好きだった、という話だったはずだ。
――政敵なのにフェリペ殿下を始末しないとは、国王陛下も生温い。
前世の私ですら、聞いたことのある批判の言葉。
そうだ、おかしかった。
国王陛下は、なぜフェリペ殿下を始末しなかったのか……。
その答えが、ご自分の子供だったからだとは……。
「だいぶ驚いているわね」
「ああ……」
息が止まるかとまで思った。
「それでね。昨年、王妃殿下が急病で亡くなられたでしょう? だから、国王陛下は然るべき時期が来たら、すべてを公表して、側妃殿下を王妃に迎えるの。フェリペ殿下も王太子になるのよ」
前世でフェリペ殿下が一代公爵と王領を与えられたのは、いつ返還しても問題ないからだったのか……?
では……、では……、私は……。
王太子となる男のいるロイヤルボックスに押し入ろうとしたのか……?
ただの一代公爵を護衛しているにしては、護衛騎士の数が多かった。
護衛騎士が私を切り捨てる時にも、ためらう様子すらなかった。
あれは……、私がただの子爵家嫡男だったからではなく……。
王命を受けて、いずれ王太子となる方を守っていたからだったのか……?
「すまない。だいぶ混乱している」
「それはそうよね」
「ああ……」
前世でも、王妃殿下はこの時期に急病で亡くなられていた。
ジュリアは……、私が愚かな勘違い男のままだったら、この国の王妃になれたということか……?
王妃になるには、王妃教育を受けなければならないらしいが……。
そこは、ジュリア自身も努力するだろうし……。
フランシスカ嬢とルイーザ嬢という二人の友が、側近として支えてくれたことだろう。
特にフランシスカ嬢は、王妹殿下の娘で、今世ではフェリペと婚約している。ジュリアの強い味方として、学び足りてない部分を補ったことだろう。
「そうか……。そうだったのか……」
前世でのいろいろな疑問が、私の中でパズルのピースのように嵌まっていく。
ああ、そういうことだったのか……。
「ええ、そうなのよ。だから、マルシオがバルバット騎士団の騎士としてインベル伯爵領で働くとなると、週末しか一緒にいられないの……。ごめんなさい」
「それなら……、いや……」
私は思わず、ジュリアを抱きしめていた。
フェリペの傍にジュリアを一人で行かせて、インベル伯爵領で騎士などやっていられるかっ、という気持ちになった。
だが……、私はもう、ここで騎士になるのを辞めたりはできない。
バルバット騎士団の騎士になると宣言したのだ。
自分の言葉だって裏切れない。
「マルシオったら、こんなところで……」
ジュリアが私の背中をさすってくれた。
私は慌ててジュリアから離れた。
「すまない……。だが、ジュリアと離れたくなくて……」
こんなことを言ったら、ジュリアを困らせてしまうとわかっていた。
だが、正直に言わなければ、自分のジュリアへの気持ちを裏切ることになる。
そういうことをしていると、話が複雑になっていって、誤解が生まれて、大事な縁が切れてしまったりする。
人生というのは、そういう側面があるからな……。
「わたくしは幼い頃から、ずっとマルシオが好きよ。知っているでしょう? マルシオへの気持ちが変わることなんてないわ」
「ああ……、ああ……、そうだな……。ジュリア、ありがとう……」
今世では、ジュリアは……、私をずっと好きでいてくれている。
私を捨てることなく、今もこうして私の傍にいる。
私は両手で拳を作り、両目に押し当てて号泣してしまった。
「もう、マルシオったら……」
ジュリアの呆れたような声が聞こえた。
「すまない……。だが、私は……、ジュリアがこうして隣にいてくれるだけで、私は……、私は、幸せなんだ……」
私はまるで泣きじゃくる子供のように、つっかえながら告げた。
今世での当たり前の日々が、ありがたくて……。
この日々は、本当は……。
私には手に入れることのできなかった日々で……。
当たり前などではないと知っているから……。
とにかく、ありがたくて……。
ジュリアが傍にいてくれるのが、心からうれしくて……。
こんなに泣くなんて変だとわかっている。
それなのに……。
私は、どうしても涙を止めることができなかった。




