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第6話 相談所を開いた覚えはない

 玄関を開けると、低い門の向こうに行列があった。


 梶原恭次は水桶を持ったまま止まった。今日は午前にギルドの仕事へ行き、午後は居間の棚を片づけるつもりだった。


 門の手前に、透けた白い姿が浮いている。その後ろには大きな脚の影、もっと後ろに毛深い肩が見えた。土の道を塞がないよう、皆が少しずつ横へ寄って待っていた。


「何の列だ」


 恭次が聞くと、白い姿がこちらへ向いた。


「相談を聞いてくださる、と」


 庭の東で、ガンが工具を置いた。居間からハコの短い脚の音もする。恭次は後ろを見て、誰か約束したかと尋ねた。


「話の分かる人間がいると、お伝えしました」


 ハコが答えた。


「道が広い所で待つ方が、安全です」


 ミギが言った。ヒダリは、退屈しないよう話しかけておいたと付け加えた。ナカは、相談する順は決めてある、と告げた。


 恭次は水桶を玄関へ置いた。まだ、自分が聞く予定だけが決まっていなかった。


 借家は町門から少し離れた外れにあり、町中へ入らず来られる。魔物が道へ集まっても、すぐ同行登録の話にはならない。ただし、近隣の人が通りにくくなれば、別の問題だった。


「俺、今日これから仕事なんだけど」


 ベルグが木箱から顔を上げた。


「そのように、外へ伝えればよい」


 その返事はもっともだった。恭次は門へ行き、今日はいつも相談を受けているわけではないと説明した。


 白い姿は、看板を見たと言った。


 恭次は門の柱を見た。


〈魔物の話、聞きます〉


 木の板に、太い字が並んでいた。


「これ、誰が」


「板、削った」


 ガンが言った。


「文字は、俺が書いていないぞ」


 恭次が言うと、ハコがふたを少し開けた。ギルドから届いた不要紙に、同じ文の下書きがある。ベルグが意味を考え、恭次の書く字を見本に、ガンへ形を示したのだという。


「私は、自分が相談する場所を説明しただけだ。勝手に話の内容を決めてはいない」


 ベルグの言葉を聞き、恭次は看板の字へ目を戻した。内容は勝手に決めていなくても、聞く人の時間は決まったように見える。


「悪い宣伝では、ないと思います」


 スミが籠の中から言った。


「何ができるか、分かりますし」


 恭次は返答を探した。昨日まで仲間の話を聞いていたので、急に誰の話も聞かないと言えば、違う意味に取られそうだった。


 その間に、雨が降り始めた。


 * * *


 最初は数滴だった。やがて門の外の土へ、黒い点が増えていく。


 白い姿は濡れなさそうだったが、後ろで待つ毛深い相手は首を振った。大きな脚の主は、屋根を見上げている。恭次は玄関へ戻りかけた足を止め、門を開いた。


「1組ずつ。まず、雨の当たらない所へ」


 作業場を使ってよいか、そこにいるガンへ先に聞いた。ガンは工具を壁際へ片づけ、石くずを布へまとめる。広い場所を占める脚の主には、庭の端で体の向きを変えてもらった。家の戸口を無理に通すことはしない。


 恭次は軒下へ椅子を出した。白い姿はゴーストで、水車小屋で暮らしているという。細かな話を始めようとしたので、今は用件と連絡先だけ聞くと伝えた。


「怖がっていただけないのです」


「それを、今日は全部は聞けない。水車小屋へ行けば会えるんだな」


 相手はうなずいた。恭次は紙へ水車小屋と書き、話を聞く日を後で知らせると約束した。


 次は糸の上へ洗濯物を掛けられたという、大きなクモだった。言葉の意味は聞こえても、脚が動くと恭次の体は少し固くなる。相手もそれを見て、前の2本を低くした。


 恭次は足場になる糸を切らないよう、場所を後で見せてもらうことにした。道の脇で待つほかの相談者にも、同じように短く用件を聞いた。


 雨が弱くなるまでに、仕事へ行く予定の時刻を過ぎた。


 恭次はネリへ遅れる連絡を入れに行く必要があった。ミギへ留守の見張りを頼もうとすると、ナカが、全員同じ体で行く、と答える。1つの頭だけを家へ残すことはできない。


「そうだった。ハコ、来た人へ今日はここまでと伝えられるか」


「私の言葉は、人間には通じにくいですが」


「魔物相手で、通じる範囲だけでいい。約束を増やさず、俺が戻るまで待ってもらう」


 ハコは了承した。恭次は通訳が必要な人間の用件と、魔物同士でできる案内を分けて頼んだ。


 ギルドへ着くと、ネリは先に、今日の配達は別の人へ回したと教えてくれた。迷惑をかけた分は謝り、午後の荷札整理へ仕事を替えてもらう。働く時間は減ったので、報酬もその分になる。


 恭次は看板のことを説明した。ネリは笑わず、誰がいつ受けるのか決めていないと、次も同じことになると答えた。


「相談だけで食べていくの?」


「今は、そういうつもりじゃない」


「だったら、仕事の時間を残して」


 恭次はうなずいた。


 荷札整理を終えて受け取った報酬を分けると、今日買うはずだった棚板の分は残らなかった。恭次は買い物の紙から、棚板をひとまず消した。


 相談へ来た相手へ、時間を使ったのだから払ってほしいと後から言うつもりもなかった。今日までは、条件を伝えたことがなかったのだ。次に立ち会うときは、出かける前に何をどれだけ引き受けるか話す必要がある。


 家の門の手前では、ハコが待っていた。魔物へ案内はしたが、新しい約束はしていないという。恭次は礼を言い、今日の仕事の分が減ったことも伝えた。ハコはふたを閉じたまま少し歩き、それなら看板には受付条件も要ると答えた。


「板をしまえば、次から全部なくなるとは限りません」


 恭次は道を振り返った。噂を聞いた相手は、板を見ずに来るかもしれない。明日も門前で同じ説明を繰り返すより、受けられる日をはっきり示す方がよさそうだった。


 * * *


 夕方、マルタにも来てもらい、庭の使い方を相談した。


 家を相談者へ開くなら、門外の道を塞がない。家の中へ入れるのは恭次が許可した相手だけ。大きな体の相手は庭か作業場で、そこにいる仲間とも場所を相談する。


 受付は、恭次がギルドの仕事をしない日の午後、日が傾く前の短い時間にした。看板には、その日の午前までに受付の有無を出す。短い初回の話は無料だが、外へ立ち会いに行ったり、長い通訳をしたりする場合は先に謝礼を相談する。


「お金のない相手は?」


 ヒダリが聞いた。


「何も聞かず追い返すことはしない。物や手伝いで返せるかも、内容を聞いてから。ただ、先に仕事がある日は、その日に全部はできない」


 恭次は答えた。ナカが、何もできない日を決める必要もある、と言ったが、そこまでの予定はまだ作らなかった。仕事のない日に少し聞くなら、何とかなると思っていた。


 ベルグは、相手に伝える言葉を短くした方がよいと助言した。ハコは謝礼として受け取る物を何でも自分へ入れないよう先に言い、スミは椅子の足の泥を拭く布を提案した。


 恭次は提案の中から、今日は看板の扱いだけ決めた。


「これ、いったんしまおう。明日は俺が仕事へ行く。勝手に列を作る案内はしない」


 ガンが板を外した。恭次は礼を言い、居間へ戻って遅い夕食を作った。


 翌朝、看板は門の内側に立っていた。


 大きな文字の下へ、小さく時間が書いてある。恭次の仕事がない次の午後と、短い相談だけ受けるという案内だった。ベルグが意味を確認し、ガンが文字を足したらしい。


「間違っては、いません」


 ハコが言った。


 恭次は板を見た。昨日より、確かに正確になっていた。

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