第5話 成竜です
「大きくなったら、乗せてね」
子供が言うと、小さな竜は翼を少し浮かせた。
梶原恭次は、荷物を抱えたまま足を止めた。町の入口の脇にある広場で、全長80センチほどの竜が、石の縁へ座っている。鱗は赤茶色で、鼻先から尾の先まで、形は確かに竜だった。
ただ、人を乗せるには小さい。近づいた子供でさえ、またがれば足が地面へ着くだろう。
「それは、少々」
竜が言った。子供には低い鳴き声にしか聞こえなかったらしく、今はまだ小さいもんねと答える。
竜は翼を畳んだ。
恭次は荷をいったん地面へ置いた。本人がこちらを見たので、声をかける。
「何か、伝えたいことがあるのか」
「ある。しかし、今すぐ大きくはならない、と言うのも違う」
「もっと先なら、なるのか」
「念のため言うが、私はもう育っている」
恭次は竜を見直した。小さいから若いのだと思い、最初から先の成長を尋ねてしまった。
「悪かった。小型の種類なんだな」
「そう。これで、成竜だ」
子供が2人のやり取りを見ていた。恭次へ、この子と話せるのかと聞く。恭次は竜へ通訳してよいか尋ね、了承を得た。
「ベルグという名前だそうだ。大人の竜なんだって」
子供はベルグを見た。少し後ろにいた保護者も、じゃあ大きくはならないのねと声をかける。
ベルグは胸を起こした。
「これ以上、人を乗せられる大きさにはならない。体が小さいことと、未熟であることは別だと」
恭次は全部をそのまま長い言葉へせず、背中に人は乗せられない、でも大人だと説明した。子供はうなずき、ベルグの翼を見た。
「じゃあ、飛べないの?」
ベルグの鼻先が、ほんの少し上がった。
「飛べる」
恭次がそう伝える前に、ベルグは石から降り、空いている広場の端を見た。人が近くにいないのを確かめて、短く羽ばたく。恭次の肩ほどの高さまで浮き、数メートル先へ降りた。
子供が声を上げた。ベルグはすぐ飛び直さず、息を整え、翼を畳む。長い飛行を見せたいわけではないらしい。
「乗れなくても、飛べるんだ」
子供の言葉を恭次が伝えると、ベルグは、それは別の話だ、と答えた。
「将来乗せるって、約束したのか」
恭次が聞くと、ベルグは首を振った。
「言われて、返事を探していた。鳴いただけで、了承と思われた」
恭次は子供へ確認した。言葉で約束したわけではなく、前に同じお願いをして、声が返ったのを、いいよという意味にしたらしい。
「今、改めて聞けた。背中に乗る約束は、できないそうだ」
子供は少し残念そうにしたが、ベルグの背中へ手を載せようとはしなかった。代わりに、また飛ぶところを見たいと言った。
ベルグはすぐ首を縦に動かさず、今は休む、と答えた。恭次が伝えると、子供は次に会ったとき聞くねと返した。
保護者が礼を言い、子供を呼ぶ。子供は広場を出る前に、もう一度振り返った。
「じゃあ、今が一番大きいんだ」
恭次が通訳すると、ベルグは返答を選ぶように黙った。
「……ほぼ、その理解でよい」
言葉を伝えると、子供は満足して手を振った。ベルグも翼の先を少し動かした。
* * *
恭次が荷物を持ち直すと、ベルグは一緒に広場の出口へ来た。
「助かった。君の話では、私は子供でないことになっていた」
「実際、そうなんだろう」
「そうだ」
恭次はうなずいた。ベルグは門の方へ目を向け、恭次は町外れの借家へ帰る道を指した。
持っているのは作業場に敷く布と、居間用の小さな桶だ。ガンが使う場所をマルタと相談し、石くずを集めるため買った。家で暮らすものが増えると、必要な物も増えていた。
ベルグはその話を聞き、誰と暮らしているのか尋ねた。恭次はスミ、ハコ、3つの頭を持つ1匹、ガンを順に挙げる。
「皆、話が通じるから、同じ場所にいるのか」
「話して、一緒にいたいと思ったからかな。通じても、意見は違う」
恭次は言った。ベルグはそれなら話し相手には困らなそうだと答える。
家を見たいと言われたので、恭次は同行の条件とギルドの登録を話した。勝手に寝床へ連れていくのではなく、まず暮らせる場所と家主の了承を確かめる。ベルグは、その順番なら構わないと言った。
門脇の窓口で必要な申告を済ませ、2人は道へ出た。ベルグは歩く。荷物があっても飛べばよいというわけではなく、風のある道を長く飛ぶより楽だという。
恭次は遅くないか尋ねた。ベルグは、自分の速さで歩ける、と答えた。恭次がそれ以上気を回して抱こうとしないので、彼は自然に横へ並んだ。
借家では、スミが居間の敷物にいた。恭次が玄関でベルグを紹介すると、スミは尻尾の先が敷物へ触れるか確かめた。
「外を歩いた部分は、先に拭いていただけると」
恭次は布を出す前に、ベルグへそのまま伝えた。ベルグは不機嫌にならず、足と尾の先を自分で拭く。
「自分の場所へ入る条件を、きちんと言うのはよいことだ」
スミは少し体を丸くした。褒められたと受け取ったらしい。
マルタにも相談すると、火を室内で使わず、翼を広げるとき戸や壁へぶつけないことを条件に、居間の一角を使ってよいと言われた。小さな竜だと聞いて来た彼女は、体格より先に、火を使うかどうかを確かめた。
ベルグは小さな火を吐けるが、家の中では使わないと約束した。
恭次は居間の窓に近い一角を片づけた。スミの敷物と間隔を取り、ハコが通る道を空ける。ベルグは低い木の箱へ前脚をかけ、その高さを確かめた。
「ここで、話に入れる」
恭次は、ここにいたいという意味か尋ねた。ベルグはうなずいた。
「小さいことは変わらないが、育つまで待たれることはなさそうだ」
恭次は相手の目の高さまで少しかがんだ。そういう約束ならできる、と答える。仲間になることへも、ベルグが自分の言葉で了承した。
暮らすことが決まってから、恭次は木箱をどこへ置くか本人と一緒に選んだ。窓のすぐ下なら光が当たるが、ハコが通るたび尾を避けなければならない。壁際へ寄せすぎると、翼の先が引っかかる。
ベルグは箱の上で一度体の向きを変え、左右の翼を半分ずつ開いた。恭次は近くの布を少し離した。
「何でも、してもらう必要はない」
「分かった。触っていいかは、聞く」
恭次が答えると、ベルグはうなずいた。ただ、箱を動かすときは持ち上げる人手があった方が早い。本人もその点は認め、空いた所まで恭次へ運んでもらった。
スミは自分の敷物へ泥が来なければよいと言い、ハコは通路を塞がない位置を指した。全員に同じ高さの椅子があれば済む家ではなかった。恭次は今日のところはこの位置で試し、困ったらまた変えようと告げた。
夕方、恭次が食事の準備をしていると、ベルグは布を火から離すよう言った。棚から垂れた端が、火のそばまで来ている。小さくても火を扱う竜には、気になる位置だったらしい。
恭次は布を直して礼を言った。ベルグはうなずき、低い木箱へ座り直す。
スミがその姿を見て、まだ小さいですね、と言いかけた。
「箱の高さの話です」
恭次が先に通訳を補うと、ベルグは少し考え、それなら確かに低い、と答えた。




