第3話 代表の頭を決めてください
「代表の方は、どなたですか」
梶原恭次が尋ねると、真ん中の頭が前へ出た。
「私だ」
「決まっていません」
右の頭が、すぐに言った。
「俺にも、聞いてほしい」
左の頭も続いた。3つの鼻先がこちらを向いている。恭次は、まだ答えを書いていない紙から顔を上げた。
ギルドの裏庭である。ケルベロスは1つの胴体に3つの頭を持ち、木陰へきちんと座っていた。大型犬ほどの体で、前脚も後脚も1組ずつ。頭が順番に話しても、体は落ち着いている。
騒ぎを起こしたわけではない。入口で道を尋ねたとき、人間が真ん中へばかり返事をしたので、左右が不満を訴えたのだという。職員には唸り声の違いしか伝わらず、恭次が呼ばれた。
「真ん中へ聞くと、ほかの2人は話したことにならないんだな」
「そういうことです」
本人から見た右の頭が答えた。相対する恭次から見ると左側になる。恭次は間違えないよう、紙へ犬の鼻先と、自分の立つ場所を描いた。
「では、呼び名を先に聞きたい」
「ナカ」
中央が答えた。
「ミギです」
右の頭が答える。
「ヒダリ」
左の頭が続いた。恭次は自分の左右で記入しかけて、図を見直した。頭の名は、本人たちの側から決まっている。
「ミギ、ナカ、ヒダリ。今、3人に聞いた。ここへ何をしに来た?」
「町の中を見たい」
ナカが言った。
「安全に通れるか、確かめたいです」
ミギが言った。
「あそこの、いいにおいの店へ行きたい」
ヒダリが鼻を動かした。門の向こうに焼いた穀物を売る店がある。恭次の耳にも、火の上で生地を返す音が届いていた。
「今のは、全然違う目的か?」
恭次は3つを並べて書いた。町を見て、安全を確かめ、店へ行く。順番をつければ一緒にできそうだった。
「だから、私がまとめて話せば早い」
ナカが言う。
「まとめた後に、安全の話が消えます」
ミギが返した。
「店は、だいたい後回しになる」
ヒダリも言う。恭次は紙を見たまま、少し黙った。3つの頭は自分の分を言ったので、今度は彼の返答を待っていた。
「同じ体で歩くなら、道は1つだな」
3つとも、そこには異論がなかった。
「でも、何を気にするかは違う。じゃあ、俺からの質問ごとに、最初に答える頭を変える。それでどうだ」
ミギは手順を聞いた。ヒダリは自分も最初になるか確かめた。ナカは、最後にまとめる役も必要だと言った。
「まとめる役も、順番だ」
恭次が答えると、ナカの耳が少し下がった。嫌なのかと聞くと、そうではない、と答える。
恭次はナカの顔を見て、紙を膝へ戻した。
* * *
最初の質問は、町へ同行する登録をしたいか、だった。
ミギへ先に聞く。同行者の責任や、道を塞がないこと、危険な振る舞いをしないことを確認したいと言った。恭次はネリから聞いた範囲を伝え、分からない条件は窓口で聞くと答えた。
ナカもヒダリも、その条件なら登録してよいという。
次は、町で最初に寄る場所。ヒダリが先に答えた。
「焼いている店」
「登録の後だな。ミギは?」
「門から店まで、往来の少ない方を通れば」
「ナカは?」
「全員が見える位置で歩こう」
恭次は3つの頭を見た。体は1つなので、ナカから左右が見えない場所へ別々に歩くことはできない。
ナカもそのことに気づいたらしく、恭次とほかの仲間が、と付け加えた。言い直した分は、そのまま受け取った方がよさそうだった。
スミは籠の中、ハコは日陰の石敷きで待っている。2匹へも、同行して町へ行って構わないか尋ねた。
「籠に、顔を近づけすぎないようでしたら」
スミが言う。鼻先の数が多いのが気になるらしい。ハコは通路の幅を確保できればよいと答えた。
ケルベロスは一度立ち、スミから少し離れて座り直した。頭ごとに意見が違っても、歩く動作は迷わずそろった。
恭次はその点を聞いた。体の記憶は共有していて、何を見てきたかも互いに知っている。ただ、同じことへ同じ意見を持つわけではないという。
恭次は木陰から通路へ出るところを見せてもらった。ミギが人の来る方を確かめ、ヒダリが落ちた木の実へ鼻を向ける。ナカは前を見て、少し待とうと告げた。前脚はその場で止まり、荷物を運ぶ人が通り過ぎてから、体が進んだ。
恭次は、同時に3方向へ走り出すところを想像していた。
「歩くのは、ちゃんと決まるんだな」
「歩かなければ、店へ着けませんから」
ミギが答えた。ヒダリも同意し、ナカは前方の敷石を選んだ。スミの籠を持つ恭次がつまずかないよう、石の出ている場所を先に教えてくれる。恭次は礼を言って、籠を少し高く持った。
「俺たちも、同じ店を見て、違う物を買いたくなるか」
「はい」
ミギが答えた。
「今のは、相づちですか」
ヒダリが右の頭を見る。
「そうですが」
「次の最初は、俺だったよね」
恭次は紙へ指を置いた。最初に答える順番と、短く返事をすることまで同じ回数で管理すると、今日中に店へ着けなくなりそうだった。
「うなずいたり、分かったと言うのは、最初の回答に数えない。意見を決めるときだけだ。それなら?」
3つの頭は順番に考え、了承した。今度はその返事の回数を数えなかった。
恭次は立ち上がり、まずギルドの窓口へ行くと伝えた。ケルベロスは体ごと向きを変え、すぐ横へ並んだ。
「一緒に行って、よいか」
ナカが聞いた。ミギもヒダリも、恭次を見ている。
恭次は自分の仕事の予定を話した。配達のときは道を覚えるのを助けてもらえるかもしれないが、重い物を運ばせる約束はしない。体は1つなので、誰かに無理があるなら、引き受ける前に言ってほしい。
ヒダリが、仕事の後に寄り道もできるか聞いた。ミギは戻る時刻が分かればよいと言い、ナカは相談して決めようと答えた。
恭次は、書き直さずに済んだ予定をたたんだ。
* * *
ネリはケルベロスを見て、登録用紙を1枚出した。
「1匹分ね」
恭次が通訳すると、3つの頭が同時に紙を見た。紙の上には、魔物の呼称を記入する欄が1つだけある。
「体は1つなので、食事と宿の数も、まず1匹分として相談する。ただし、呼び名は3つ入れてほしいそうです」
恭次の説明に、ネリは少し考え、欄の横へ3つ並べて書くよう示した。身体の数と名前の数が違う例は、今回初めてらしかった。
署名に代わる確認をするとき、ミギが鼻を近づけた。続いてナカ、最後にヒダリが同じ場所へ来る。
「3つとも、記録したいそうです」
ネリは紙を引き寄せた。印を付ける場所は、もうほとんど残っていない。
恭次は新しい余白を指し、ここならどうかと3頭へ聞いた。ミギは名前の順を確認し、ヒダリは自分のところを見つけ、ナカは、私の隣でいい、と言った。
左右の頭が、同時にナカを見た。




