第2話 宝箱に入れていい物
宝箱が、ふたを開けるのを嫌がっていた。
ギルドの職員ネリは、床へ置かれた木箱を指した。幅は60センチほど。角の金具は磨かれているが、ふたの隙間から白い歯が並んで見えた。
「ミミックよ。あなたなら、何に怒っているか聞けるでしょう」
梶原恭次は、少し離れてしゃがんだ。横ではスミが、布を敷いた籠の奥へ寄っている。
「近づいてもいいか」
「ふたへ手を置かなければ」
箱から言葉が返った。恭次は両手を自分の膝へ置き、ネリへ、触れられたくないそうですと通訳した。
昨日、町の外の登録窓口で魔物交感について説明し、スミとの同行登録をした。能力の確認では、ネリがスミへ見せた物を、恭次が向こうを向いたまま答えた。何を見たかはスミが教えてくれたので、言葉が通じることは伝えられた。
ただし、どの魔物とも安全に接せる証明にはならない。窓口での注意も聞いた上で、恭次は町内へ入っている。
仮の寝床はギルドの小さな宿泊棟だった。スミを連れて使える石敷きの部屋を、数日だけ借りる。最初の仕事は荷札の確認と配達で、今日の食事分ほどの報酬になるという。
仕事を始める前に、この木箱が運び込まれた。
「それで、何があったんだ」
恭次が聞くと、ミミックのふたが指1本分開いた。
「生ごみです」
短い返事だった。近くにいた若い冒険者が、すみませんと頭を下げる。言葉は分からなくても、自分の行動が原因だとは知っているらしかった。
「俺が入れた。倉庫に空き箱があって、片づけるとき使っていいと思ったんだ。そしたら、閉まって」
ミミックがふたを少し持ち上げた。
「入ったから、閉めました。口が開いたままだと、運べません」
恭次はその意味を通訳した。冒険者は、荷をまとめてくれたのだと思って、さらに袋を1つ入れたという。相手が動く生き物だと気づいたのは、底の脚が出て、自分から遠ざかったときだった。
「最初の袋は、何だ」
「食料を使い終えた後の、野菜の皮。もう1つは濡れた紙」
恭次は箱へ確認した。中身はまだ入っている。勝手に開けて捨てれば済む話ではなく、本人が中へ手を入れられるのを嫌がっているのだ。
「自分で出せるか」
「出せます。ただし、きれいな床へ置く物ではありません」
恭次は床を見た。ギルドの受付前は掃き清められ、依頼に来た人が行き来する。ここで袋をひっくり返すわけにはいかなかった。
ネリへ事情を伝えると、裏庭で処分用の桶を借りられた。箱は底から短い脚を出し、自分で歩いた。恭次は抱え上げず、道を空ける。スミの籠は、裏庭の乾いた台の上へ置いた。
* * *
ミミックは桶の上へふたの縁を寄せ、舌を動かして袋を押し出した。
冒険者が受け取り、結び目を確かめる。幸い、袋は破れていなかった。
「洗えばいいかな」
冒険者が言うと、ミミックはふたを閉めた。
「洗剤の種類を、先に」
恭次はその条件を伝えた。木を傷めない物なら何でもよいのかと思ったが、内部は板ではなく本人の体である。外側の金具を洗うのと同じ方法では、困るらしかった。
水はぬるい方がよい。ふたを力で支えず、本人が開けている間だけ作業する。布は清潔なものを使い、拭く場所はその都度確認する。恭次は一度に全部伝えず、必要な道具を並べてから順に説明した。
冒険者は自分の洗い布を出したが、ミミックが断った。靴を拭いたことがあるという。
「今日は使ってないんだけど」
「昨日は、使いましたか」
通訳された質問へ、冒険者が黙った。
スミが籠から少し伸びた。
「新しい布を、お勧めします」
恭次はうなずき、備品の布を買えるかネリへ聞いた。洗浄に使う分は、冒険者が費用を持つという。通訳と立ち会いにも、短い仕事としてギルドが扱える額を申し出た。
恭次は、まず本人へ条件を説明した。ミミックは、無断で入れた物を片づける費用なら異議はないと答える。高価な賠償を要求しているわけではなかった。
「次から、箱に見えても、最初に声をかける。それでいいか」
恭次が尋ねると、ミミックは一度ふたを動かした。冒険者も、もう勝手に使わないと約束した。
洗浄は本人ができる所を自分で行い、手を届かせたい場所だけ、許可を得て冒険者が拭いた。恭次はそばで、拭く場所を取り次いだ。
終わると、濡れた布を別の桶へ出し、ミミックは内側を少し開けて風を通した。
「乾くまで、何も入れないでください」
「分かった」
冒険者は処分する袋を持ち、自分の仕事へ戻った。箱はその背中が見えなくなってから、恭次へふたを向けた。
「話は、通ったと思います」
恭次は立ち上がりかけ、もう一度しゃがんだ。
「ほかにもあるか」
「収納の仕事を、探しています」
* * *
ミミックは物を入れられること自体が嫌なのではなかった。
本人が了承した物を、適切な区画へ収める仕事ならしたい。雨を避けて紙を運び、種類ごとに分けて保管するのは得意だという。人間が空の箱だと思って使うと、何でもまとめて放り込まれる。それが困るのだ。
「生き物は入れません。危険な物も。容量はおよそ80リットル、重さは40キロまで」
恭次は聞いた数字をメモへ残した。自分の感覚で大丈夫だろうと決めると、また同じ行き違いになる。
「重いときは、歩くのも遅くなります」
「無限に入るわけじゃないんだな」
「私の中です」
恭次はうなずいた。スミが自分の粘液について話したときと、少し似た言い方だった。
今日の配達は紙の束を運ぶ。本人がよければ、一緒に請けられるかネリへ相談した。紙は重さを量って分け、濡らさない袋へ入れる。ミミックは納品先を聞いて、短い脚を出した。
「できます」
恭次も通訳と荷札の確認をし、報酬は分けると伝えた。ミミックはそれなら一緒に働きたいと答えた。同行する相手へなってよいか、恭次が確認する。
「はい。勝手に中へ手を入れない方なので」
名前を聞くと、まだ決まった呼び名はないという。恭次はハコでどうかと尋ねた。本人は短くてよいと了承した。
ネリに同行登録をしてから、恭次とハコの共同の配達として荷を受け取った。スミは一緒に行くが、働く約束まではしていない。
内側が乾くまで、恭次はネリと荷札を照合した。ハコが乾いたと知らせてから、配達の紙を受け取った。
紙の束は全部で8キロほど。ハコは内側へ置く前に重さを確かめ、片側へ寄りすぎないよう分けた。恭次は差し出された舌の上へ、包んだ束を1つずつ載せる。口の奥へ手を入れずとも、本人が位置を直せた。
配達先は町の通りを1本曲がった店だった。恭次が荷札を読み、ハコが許可された物だけを出す。店主は最初、歯を見て一歩下がったが、乾いた紙の角がそろっているのを確かめると受取に印を付けた。
戻った恭次は、報酬を本人へ見せた。ハコの分を勝手に自分の財布へ入れず、何に使いたいか聞く。防湿用の薄紙が欲しいという答えだった。恭次は明日の仕事の前に、一緒に探すと約束した。
恭次は防湿紙のことを荷札の裏へ書いた。
スミが籠の縁へ寄った。
「内側は、もう乾きましたか」
「はい。食品を入れる区画は、まだ分けていませんが」
恭次は返事を聞く前に、仕事の礼にと思って干し肉の包みを出していた。ハコのふたへ近づけると、歯が見える手前で止まった。
「食品の区画は、まだです」
恭次は包みを自分の鞄へ戻した。ハコはそれを見届け、紙の束の入れ方について、次の説明を始めた。




