↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
22/24

第22話 魔物可のお部屋です

 宿の入口で、ホルテはガンの足元から肩へ目を上げた。


 恭次より背は低い。手紙にそう書いたことを、恭次は思い出した。石でできていて重い、とも書いた。だが、ホルテの目は、ガンの肩から太い腕へ、そして地面に置かれた足へ移っていった。


「足先で、これだけの重さを支えているんですね」


「はい。床を見てもらえますか」


 町の門では、登録の控えと同行の説明で通れた。宿でも返事の手紙を見せるところまでは早かった。そのあとホルテは、玄関の敷居に手を置いたままになった。


 ハコの幅も測るように見て、ホルテは自分の腕を広げた。


「箱の幅は伺っていましたが、蓋を開けて物を出す分の場所も要るんですね」


 ハコは静かに蓋を上げた。ホルテは指を引っ込め、恭次に顔を向けた。


「人間1人と、5匹。その数は、合っていますよね」


「はい。頭は多いですが、体は5匹です」


 ケルベロスのナカが一歩前へ出た。


「私は真ん中だ」


 ホルテには低い鳴き声に聞こえたらしい。恭次は今の紹介を訳してから、予約した部屋を先に見せてもらった。


 大きめの1階の部屋だった。寝台と、壁際に低い長椅子がある。掃除は済んでいて、窓から中庭が見えた。


 人間1人と小さな動物なら、十分そうだった。


 ハコが入口から入ると、その前でケルベロスが立ち止まった。ガンがまだ玄関の石敷きにいて、ベルグはハコとケルベロスの後ろで入口が空くのを待っている。スミの籠を置く場所を探して、恭次は部屋を見回した。


 足元の空いている所は、皆が出入りする道でもあった。


「寝台を動かせば」


 恭次は言いかけ、ホルテを見た。


「動かせますか」


「動かせます。ただ、下の板まで頑丈になるわけではないので」


 恭次は玄関の石敷きで待つガンへ、もう少し待ってくれと声をかけた。


 ホルテは窓の向こうを指した。


「手紙に書いた納屋は、あちらです。隣の小部屋も見てください。料金の話は、そのあとで」


 いったん全員が外へ出た。裏へ回ると、幅のある戸が中庭へ開いていた。納屋には飼い葉も動物もいなかった。床は硬く締めた土で、隅に古い棚が1つある。埃は払ってあり、湿った匂いもしなかった。


 その隣の小部屋は、納屋からではなく中庭から入る。床は石敷きで、人間用の寝台が1つと、洗面の水差しがあった。


「ここの納屋と小部屋を合わせて、手紙の追加分でどうでしょう。納屋は夜の出入りを邪魔しないよう、戸口を空けてください」


 恭次は財布の中身を、見せない位置で指で分けた。予定していた余裕の範囲だった。帰宅後の生活費へ手を付けずに済む。


「それでお願いします。納屋の床に敷く物は、借りられますか」


 ホルテは、清潔な共用布を持ってきた。大判で、洗って乾かした日向の匂いがした。


 恭次は籠を抱え直した。スミの替えの布だけを出し、その下にも何か敷けば土に触れずに済む。ベルグには長椅子をこちらへ運び、ハコの中を一度全部出して区画を作り直す。ケルベロスの枕は壁沿いに置くとして、ガンの寝場所は。


 頭の中で物を並べている間に、スミが声をかけた。


「その布、端を見せていただけますか」


 恭次はホルテに断って、広げた布を持ち上げた。裏も、端も見えるようにする。スミは籠の縁へ寄った。


「洗ってありますね」


「うん」


「それなら、ここに敷いてください。私の布を上に重ねなくても、今夜は大丈夫です」


 恭次はスミを見た。


「いいのか?」


「籠から降りるところまで、布が続いていれば」


 ホルテには、青い体が揺れているだけに見えただろう。恭次が希望を伝えると、彼は大判の布を壁から少し離して敷いてくれた。恭次がそこへ籠を下ろす。スミはゆっくり縁を越え、借りた布の上へ移った。


 ベルグが、ホルテの足元にあった低い腰掛けを見た。


「あれを使わせてもらえるか」


 家の台より低い。恭次が確かめる前に、ベルグは続けた。


「今夜だけだ。降りるところは、このまま空けておけばよい」


 ホルテへ伝えて借りると、ベルグは自分の布を腰掛けに載せた。尾を引っ掛けない向きまで、自分で回って確かめる。


 恭次がハコの前へしゃがむと、ハコは荷物を出し始めていた。


「食事と寝る物を、今使う順に出します。残りは明日のままで構いません」


「全部分け直さなくていい?」


「1晩ですので」


 枕が出た。3つの頭が寄ってくる。


 ナカが壁の側を選びかけると、ミギが隙間を見た。ヒダリは中庭から来る風を嗅いでいた。


「入口に近い方がいい」


 ミギが言った。


「風が来る方がいい」


 ヒダリが言った。


 恭次は枕を持って、置き場を探した。ナカがその前へ鼻先を出す。


「最初はこっち向きで寝る。起きて向きを変えたくなったら、枕ごと動く。通る所は塞がない」


 ミギは入口までの幅を見た。ヒダリは布の上に顎を載せ、風が来るのを待った。そこで決まった。


 ガンはまだ、納屋の外にいた。


「入れそうか」


 恭次が聞くと、ガンは自分の足の下と、中の床を交互に見た。


「平らな所で、寝たい」


 恭次はホルテへ訳した。


 ホルテは道具を取ってきて、入口側の土を軽くならした。ガンはすぐ手を貸そうとせず、まずそこへ足を置いてみた。前後に揺れないことを確かめ、頷く。


「ここ、いい」


 その言葉を伝えると、ホルテも道具を壁へ戻した。ガンは自分の雨よけを小さく畳み、脇へ置いた。


 ホルテが夕飯に入れる物を尋ねた。恭次の追伸は届いており、特別な材料を買い足さずに用意してあるという。


「魚の干したのは、細かくしてあります。どの皿へ入れましょう」


 恭次はケルベロスのミギを示した。相対するホルテから見ると左に当たる。ホルテが反対の皿へ手を伸ばしかけたので、恭次は皿を持ち直し、本人の鼻先の前へ置いた。


「こちらです。名前がミギなので、紛らわしくて」


 ホルテは小さく笑った。


「私から見ると、左の皿ですね」


「今はそうです。向きを変えたら、また教えます」


 ナカが自分の皿を見た。まだ肉は載っていない。恭次が慌てて要求を訳す前に、ナカはホルテの手が空くまで待った。


 ベルグは、パンを細かく割らずに持ってきてほしいと言った。食べる時に自分で選びたいらしい。ホルテへ伝えると、皿に載る大きさならそのまま出せると返ってきた。


 恭次は納屋の入口に立った。床に誰かの荷物が転がっていない。戸を閉めても、内側から開けられる。スミからは、全員の顔が見える。


「じゃあ、これで――」


 夕飯の相談をしようとすると、ハコが蓋を上げた。


「恭次の荷物が、残っています」


 肩の鞄を、恭次はまだ下ろしていなかった。


 寝具の束を持って中庭へ戻ってきたホルテが、隣の小部屋を指す。


「寝具をこちらへ足して、皆さんと同じ所で寝ますか。それとも、小部屋で?」


 今夜は、物音を気にせず自分の布団へ入って眠りたかった。だが、戸を隔てて困る者はいないかと、一度だけ皆を見た。


「俺は、小部屋を使いたい」


 ベルグが腰掛けの上で頷いた。


「朝になったら、呼ぶ」


 ガンが肩の鞄へ手を伸ばす。恭次は結び付けていた着替えの包みを外してハコへ渡し、鞄をガンへ預けた。2匹が小部屋の入口まで運ぶ間、ケルベロスは中庭の通り道を空けた。


 ホルテは寝具の束を小部屋の隅へ置き、枕をその上へ載せた。恭次が寝台の脇へ着いた時も、まだ紐で縛られたままだった。ホルテは宿の食事を手配しに戻っている。


「布団まであると思ってた」


 恭次が笑うと、入口のベルグも鼻を鳴らした。


「もう一度、呼ぶか」


「自分で敷けるよ」


 紐をほどくと、ガンが端を持ってくれた。2人で寝台の上へ広げる。隣から来たハコが、鞄を寝台の足元ではなく、恭次の手が届く壁側へ置く。


「適当に、ここです」


 恭次は鍵の袋を、その上へ載せた。


 食事が届くまで、少し時間があった。


 納屋へ戻ると、スミは借りた布の上で丸くなっていた。恭次は戸口の脇へ座り、水筒の残りを飲んだ。ケルベロスの枕が動いて、座る場所が少し広がる。


 誰も、新しい敷物を頼まなかった。


 中庭の向こうに細長い夕日が差した。ガンがその光を見ていた。ベルグは腰掛けの上で翼を少し開き、すぐ畳んだ。


「明日、朝市へ行く前に水をもらおうな」


 恭次が言うと、ガンが自分の水筒を持ち上げた。


 それから全員で、夕飯が運ばれてくる方を見た。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。