第22話 魔物可のお部屋です
宿の入口で、ホルテはガンの足元から肩へ目を上げた。
恭次より背は低い。手紙にそう書いたことを、恭次は思い出した。石でできていて重い、とも書いた。だが、ホルテの目は、ガンの肩から太い腕へ、そして地面に置かれた足へ移っていった。
「足先で、これだけの重さを支えているんですね」
「はい。床を見てもらえますか」
町の門では、登録の控えと同行の説明で通れた。宿でも返事の手紙を見せるところまでは早かった。そのあとホルテは、玄関の敷居に手を置いたままになった。
ハコの幅も測るように見て、ホルテは自分の腕を広げた。
「箱の幅は伺っていましたが、蓋を開けて物を出す分の場所も要るんですね」
ハコは静かに蓋を上げた。ホルテは指を引っ込め、恭次に顔を向けた。
「人間1人と、5匹。その数は、合っていますよね」
「はい。頭は多いですが、体は5匹です」
ケルベロスのナカが一歩前へ出た。
「私は真ん中だ」
ホルテには低い鳴き声に聞こえたらしい。恭次は今の紹介を訳してから、予約した部屋を先に見せてもらった。
大きめの1階の部屋だった。寝台と、壁際に低い長椅子がある。掃除は済んでいて、窓から中庭が見えた。
人間1人と小さな動物なら、十分そうだった。
ハコが入口から入ると、その前でケルベロスが立ち止まった。ガンがまだ玄関の石敷きにいて、ベルグはハコとケルベロスの後ろで入口が空くのを待っている。スミの籠を置く場所を探して、恭次は部屋を見回した。
足元の空いている所は、皆が出入りする道でもあった。
「寝台を動かせば」
恭次は言いかけ、ホルテを見た。
「動かせますか」
「動かせます。ただ、下の板まで頑丈になるわけではないので」
恭次は玄関の石敷きで待つガンへ、もう少し待ってくれと声をかけた。
ホルテは窓の向こうを指した。
「手紙に書いた納屋は、あちらです。隣の小部屋も見てください。料金の話は、そのあとで」
いったん全員が外へ出た。裏へ回ると、幅のある戸が中庭へ開いていた。納屋には飼い葉も動物もいなかった。床は硬く締めた土で、隅に古い棚が1つある。埃は払ってあり、湿った匂いもしなかった。
その隣の小部屋は、納屋からではなく中庭から入る。床は石敷きで、人間用の寝台が1つと、洗面の水差しがあった。
「ここの納屋と小部屋を合わせて、手紙の追加分でどうでしょう。納屋は夜の出入りを邪魔しないよう、戸口を空けてください」
恭次は財布の中身を、見せない位置で指で分けた。予定していた余裕の範囲だった。帰宅後の生活費へ手を付けずに済む。
「それでお願いします。納屋の床に敷く物は、借りられますか」
ホルテは、清潔な共用布を持ってきた。大判で、洗って乾かした日向の匂いがした。
恭次は籠を抱え直した。スミの替えの布だけを出し、その下にも何か敷けば土に触れずに済む。ベルグには長椅子をこちらへ運び、ハコの中を一度全部出して区画を作り直す。ケルベロスの枕は壁沿いに置くとして、ガンの寝場所は。
頭の中で物を並べている間に、スミが声をかけた。
「その布、端を見せていただけますか」
恭次はホルテに断って、広げた布を持ち上げた。裏も、端も見えるようにする。スミは籠の縁へ寄った。
「洗ってありますね」
「うん」
「それなら、ここに敷いてください。私の布を上に重ねなくても、今夜は大丈夫です」
恭次はスミを見た。
「いいのか?」
「籠から降りるところまで、布が続いていれば」
ホルテには、青い体が揺れているだけに見えただろう。恭次が希望を伝えると、彼は大判の布を壁から少し離して敷いてくれた。恭次がそこへ籠を下ろす。スミはゆっくり縁を越え、借りた布の上へ移った。
ベルグが、ホルテの足元にあった低い腰掛けを見た。
「あれを使わせてもらえるか」
家の台より低い。恭次が確かめる前に、ベルグは続けた。
「今夜だけだ。降りるところは、このまま空けておけばよい」
ホルテへ伝えて借りると、ベルグは自分の布を腰掛けに載せた。尾を引っ掛けない向きまで、自分で回って確かめる。
恭次がハコの前へしゃがむと、ハコは荷物を出し始めていた。
「食事と寝る物を、今使う順に出します。残りは明日のままで構いません」
「全部分け直さなくていい?」
「1晩ですので」
枕が出た。3つの頭が寄ってくる。
ナカが壁の側を選びかけると、ミギが隙間を見た。ヒダリは中庭から来る風を嗅いでいた。
「入口に近い方がいい」
ミギが言った。
「風が来る方がいい」
ヒダリが言った。
恭次は枕を持って、置き場を探した。ナカがその前へ鼻先を出す。
「最初はこっち向きで寝る。起きて向きを変えたくなったら、枕ごと動く。通る所は塞がない」
ミギは入口までの幅を見た。ヒダリは布の上に顎を載せ、風が来るのを待った。そこで決まった。
ガンはまだ、納屋の外にいた。
「入れそうか」
恭次が聞くと、ガンは自分の足の下と、中の床を交互に見た。
「平らな所で、寝たい」
恭次はホルテへ訳した。
ホルテは道具を取ってきて、入口側の土を軽くならした。ガンはすぐ手を貸そうとせず、まずそこへ足を置いてみた。前後に揺れないことを確かめ、頷く。
「ここ、いい」
その言葉を伝えると、ホルテも道具を壁へ戻した。ガンは自分の雨よけを小さく畳み、脇へ置いた。
ホルテが夕飯に入れる物を尋ねた。恭次の追伸は届いており、特別な材料を買い足さずに用意してあるという。
「魚の干したのは、細かくしてあります。どの皿へ入れましょう」
恭次はケルベロスのミギを示した。相対するホルテから見ると左に当たる。ホルテが反対の皿へ手を伸ばしかけたので、恭次は皿を持ち直し、本人の鼻先の前へ置いた。
「こちらです。名前がミギなので、紛らわしくて」
ホルテは小さく笑った。
「私から見ると、左の皿ですね」
「今はそうです。向きを変えたら、また教えます」
ナカが自分の皿を見た。まだ肉は載っていない。恭次が慌てて要求を訳す前に、ナカはホルテの手が空くまで待った。
ベルグは、パンを細かく割らずに持ってきてほしいと言った。食べる時に自分で選びたいらしい。ホルテへ伝えると、皿に載る大きさならそのまま出せると返ってきた。
恭次は納屋の入口に立った。床に誰かの荷物が転がっていない。戸を閉めても、内側から開けられる。スミからは、全員の顔が見える。
「じゃあ、これで――」
夕飯の相談をしようとすると、ハコが蓋を上げた。
「恭次の荷物が、残っています」
肩の鞄を、恭次はまだ下ろしていなかった。
寝具の束を持って中庭へ戻ってきたホルテが、隣の小部屋を指す。
「寝具をこちらへ足して、皆さんと同じ所で寝ますか。それとも、小部屋で?」
今夜は、物音を気にせず自分の布団へ入って眠りたかった。だが、戸を隔てて困る者はいないかと、一度だけ皆を見た。
「俺は、小部屋を使いたい」
ベルグが腰掛けの上で頷いた。
「朝になったら、呼ぶ」
ガンが肩の鞄へ手を伸ばす。恭次は結び付けていた着替えの包みを外してハコへ渡し、鞄をガンへ預けた。2匹が小部屋の入口まで運ぶ間、ケルベロスは中庭の通り道を空けた。
ホルテは寝具の束を小部屋の隅へ置き、枕をその上へ載せた。恭次が寝台の脇へ着いた時も、まだ紐で縛られたままだった。ホルテは宿の食事を手配しに戻っている。
「布団まであると思ってた」
恭次が笑うと、入口のベルグも鼻を鳴らした。
「もう一度、呼ぶか」
「自分で敷けるよ」
紐をほどくと、ガンが端を持ってくれた。2人で寝台の上へ広げる。隣から来たハコが、鞄を寝台の足元ではなく、恭次の手が届く壁側へ置く。
「適当に、ここです」
恭次は鍵の袋を、その上へ載せた。
食事が届くまで、少し時間があった。
納屋へ戻ると、スミは借りた布の上で丸くなっていた。恭次は戸口の脇へ座り、水筒の残りを飲んだ。ケルベロスの枕が動いて、座る場所が少し広がる。
誰も、新しい敷物を頼まなかった。
中庭の向こうに細長い夕日が差した。ガンがその光を見ていた。ベルグは腰掛けの上で翼を少し開き、すぐ畳んだ。
「明日、朝市へ行く前に水をもらおうな」
恭次が言うと、ガンが自分の水筒を持ち上げた。
それから全員で、夕飯が運ばれてくる方を見た。




