第19話 荷物を減らしてください
ハコの蓋から、枕の角が出ていた。
「閉まりません」
言い終えるのを待たず、枕が押し出される。恭次は両手で受けた。その下には巻いた敷物、さらに下には紐で縛った布があった。まだ積めていない荷物が、居間の床にも並んでいる。
「向きを変えたら入るか?」
「容積だけの問題ではありません」
ハコが短い脚を動かした。敷物の縁を越えるのに、いつもより長くかかった。
「これ以上は、歩くのに支障があります」
恭次は枕を持ったまま、床の石板を見た。
床の荷物をただ見比べても、どれがどのくらい重いのかは分からなかった。恭次はギルドで荷量を確かめる時のことを思い出し、家にある小さな吊り秤を使った。大きな敷物も紐でまとめて吊り、床へ触れないようにして順に量る。
数字を紙に書くより先に、ハコが首を傾げるように蓋を動かした。
「私の中へ入れなくても分かりますか」
「だいたいは。最後は、歩いて確かめてもらう」
持ち主に自分の品を指で押さえてもらうと、床の上が少し整理された。誰かの布と誰かの枕を、恭次が勝手に一緒の山へ積まずに済む。
石板は1枚だけで目立って重かった。恭次が持ち上げるのを見て、ガンが腕を差し出したが、恭次は石板を床へ戻した。
「ガンが持てる物を増やして終わりにするつもりはないんだ。疲れたら交代できる分も、残したい」
ガンは手を下ろした。その隣の水筒には、まだ水を詰めていなかった。恭次は空の状態で見積もった紙へ、その分を書き足した。
ハコも蓋を開けて、まだ入っていない物の置き場を示した。帰りに増える土産をどこへ入れるか考えると、今閉まるだけでは足りなかった。
恭次は床の石板へ目を戻した。ベルグが家の台の上に載せている、角を丸めた天板だった。宿で借りる物では落ち着かないというので、持参する候補に入れていた。
ハコの収納量は約80リットル、重さは40キロまで。それも、限界まで詰めて半日歩けば楽だという意味ではない。宿へ着く前に、ハコが旅行そのものを嫌いになりそうだった。
「いったん全部出そう。中へ手を入れてもいいか」
「順に出します。そこで受けてください」
ハコはまず、いちばん上の布包みを出した。
スミの取り替え用の布だった。次も布。その次も、端の色が違う布だった。
「これは寝る時、これは移動中、これは濡れた時です」
籠から見ていたスミが説明した。
「濡れていない時は?」
「濡れた時の布を使わずに済みます」
恭次は3枚を膝に載せた。安心はする。だが、その安心を全員分積むと、ハコの蓋が閉まらなくなる。
ケルベロスの枕が出てきた。頭を3つ並べるために長い。ナカが顎を載せ、硬さを確かめる。ヒダリが自分の端を引くと、ミギが反対の端を前脚で押さえた。
「その枕は共用なんだよな」
恭次が聞くと、ナカが口を開いた。
「もちろん。寝る場所は1匹分だ」
その隣へ、ハコがもう1本の枕を出した。
「そっちは?」
「合わなかった時の共用だ」
床の上で、1匹分が長くなった。
恭次は荷物を用途ごとに並べ直そうとした。だが、スミの布を持ち上げると、スミが籠の縁へ体を寄せる。枕へ手を伸ばせば、3つの目線が一斉に上がる。石板の角に触れる前に、ベルグの尾が動いた。
どれにも、それを持っていきたい者がいる。
「なくても困らない物から、家に置こう」
ベルグが恭次の足元を見た。
「その袋は何だ」
恭次は袋を膝へ引き寄せた。
「俺の着替えと、念のための物」
「念のためとは」
中身を出すと、替えの上着が2枚あった。靴紐、蝋燭、少量の補修糸、予備の袋、それをまとめる袋。雨に備えた大きな布に、さらに小さな雨よけがあった。
ハコが空いた袋を見た。
「袋の予備ですか」
「買い物をするから」
「私も行きます」
恭次は袋を畳んだ。1泊で着る服を、今着ている分から数える。替えの上着は1枚を家へ戻した。靴紐は足りる長さだけ残す。宿には明かりがある。蝋燭は持たず、補修糸は小さく巻き直した。
残した物を並べると、元の袋の半分で済んだ。
「俺の分はこれ。大きな雨よけは全員で使えるようにしよう」
スミが、巻いた布を見た。
「それを地面に敷いたあとは、私の布にはできません」
「表と裏を決めておけば?」
「畳むと触れます」
恭次は布の端を折り、確かめた。雑に畳むと、確かに外側が内側へ触れた。
もう一度開き、清潔な面同士を合わせて2つに折った。汚れの付く面は外側だ。そのまま端から巻くと、内側の面へ外側が触れずに済んだ。
スミはその巻き方を、籠の縁からじっと見た。
「途中で裏返さなければ」
「それは俺が覚える」
雨よけは共用のまま、スミの布を包む外布にもなった。スミは自分の布を2枚に減らした。清潔な1枚を寝る時にも使い、もう1枚を替えにする。
恭次は取り除いた布を、すぐ別の包みに入れた。選び直した物を床へ置いたままにしては、やり直しにならない。
枕については、3つの頭が横一列になった。
「いつもの方を持っていこう」
ナカの言葉に、本人から見て右のミギが鼻を寄せた。
「濡れたら困る」
「外では包む。部屋で出す時には、恭次に床を見てもらおう」
ヒダリが枕を一度噛み、放した。
「いつもの方、旅の匂いが付くな」
それは賛成らしかった。予備の枕が家へ残った。空いた場所へ、自分の袋を置きたくなった恭次は、持ち上げかけた手を戻した。
最後まで床にあったのが、石の天板だった。
ベルグが前脚を載せると、家の台の上と同じ感触で爪が止まった。滑りにくく、ぐらつかない。ガンが削ってくれた縁にも、引っ掛かりはなかった。
「いい物なのは分かるんだ」
恭次はその横にしゃがんだ。
「でも、これを持って歩くのはハコだ。宿の腰掛けを見てから決めるわけにはいかないから、持っていかない方で考えたい」
ベルグは前脚を下ろさなかった。
「宿で、ちょうどよい物があるとは限らない」
「低くても、座れる物は借りる。部屋へ着いたら、まず足元を一緒に見る」
しばらく、ベルグの爪が石に触れる音だけがした。
「では、この上に敷いている布だけ持つ」
恭次は頷いた。石板を無理に誰かへ分けて持たせることもせず、庭へ運び出した。ガンがその先を受け取り、作業場の壁際へ置いた。
「帰ったら、使う」
ガンが言うと、ベルグは布を自分の方へ引いた。
「その予定だ」
帰りのことを考え、恭次は宿へ渡す手紙の包みを自分の鞄へ入れた。着いてから必要になる物までハコの奥へ入れると、先に荷を広げる場所を探さなければならない。
ハコはその手を見て、予約の返事は恭次が持つのですねと聞いた。恭次は頷き、鞄の内側を開けて見せた。代わりに食事の包みは上へ出してもらう。昼の道端で布団を出さずに済む並びになったところで、今夜はもう荷を増やさないと決めた。
夕方には、荷物がすべて収まった。ハコは庭の固い所を歩き、低い段差を越えた。恭次は後ろからついて、帰りに土産が増える余地も残っているか尋ねた。
「軽い物なら入ります。量は、この空きの範囲で」
蓋が開き、内側の区画の間に隙間が見えた。いつもなら頼もしく思う空間だった。今日は何も入っていないのがありがたい。
庭の西の井戸で水を汲み、恭次は水筒を満たした。途中でも水を補える場所を、旅程の紙で確かめる。飲み物までハコに背負わせず、恭次とガンで分けて持つことにした。ガンは渡された水筒を、出発用の布の上へ置いた。
日が落ちる前、恭次は紙の余白を探した。出発時刻を書く場所が、ようやくできた。
町の朝の鐘が1度鳴ったら出る。それより前に食べ、戸を閉める。
「これなら、昼の休憩も急がず取れるな」
ハコの方で、木の擦れる音がした。
見ると、ハコは空いた区画に薄い板を差し込んでいた。隣に、もう2枚用意してある。
「ハコ。それは?」
「仕切りです。隙間がありますので」
恭次は旅程の紙を置き、ハコの前へ戻った。
「その隙間を、今みんなで作ったんだ」
差し込みかけた板が、少しだけ戻った。




