第18話 隣町へ行こう
朝市の案内は、食卓の中央へ置いた。
梶原恭次は紙の端を小石で押さえ、隣町メルカと書かれた所を指した。道具や布、食べ物の店が集まる。日の高いうちに片づく市なので、朝から見るには前日に着いていた方がよい。
「1泊して、これを見に行かないか」
ヒダリがすぐ首を上げた。ミギは出発する日を尋ね、ナカは全員で行くのだなと確認した。スミも小箱の上から案内を見ている。
ハコは紙へ近づき、店の並びを確かめた。ガンは庭から玄関へ来て、門を見た。ベルグは翼を畳み直し、隣町なら道は知っていると答えた。
「俺は初めてだ。半日くらいの道だと聞いたけど、皆の速さで行くから、余裕を取りたい」
恭次は別の紙を出した。ギルドの仕事と相談の謝礼から、家賃、食費、道具代を先に分け、少しずつ残していた分を書いてある。
大金ではない。宿代と往復の食事、朝市で使う分、帰ってから数日分の生活費は分けておきたかった。
スミが、道は石かと尋ねた。
「土もある。籠と布は持つ」
「布は、泊まる場所の分も」
恭次は紙へ書いた。ハコは、布の種類と枚数を先に出してほしいと答えた。箱の中は無限ではない。全員が好きな物を持てば、歩ける重さをすぐ超える。
ベルグは自分の台を見た。恭次も見たが、今は運ぶと約束せず、宿で座れる物があるか聞く、とだけ答えた。
ミギは、夕方になる前に宿へ着くことを望んだ。ヒダリは景色のよい道を通りたい。ナカが、近い道がよい、とまとめかけると、左右がそのまとめ方に異議を出した。
「道は、案内図を見てから決めよう。今日は、泊まる日と帰る日を先に」
恭次は紙へ日付を入れた。旅は1泊で、翌日の朝市を見た後に帰る。家の受付は、出発から帰宅した当日いっぱいまで休みにする。帰ってすぐ長い相談へ入らないよう、今から板へ書くつもりだった。
ガンが短く言った。
「荷物、持てる」
「ありがとう。誰が何を持つかは、明日ちゃんと並べて決めよう」
恭次はその申し出を書き足した。頼まれる前に言ってもらえると、予定の紙も少し作りやすかった。
* * *
宿のことは、ギルドで相談した。
ネリは魔物同行で泊まれる宿の中から、町外れのホルテの宿を教えた。人間用の部屋だけでなく、荷運びの客が使う納屋もある。納屋は今、動物を入れていない空きで、床が固く掃除しやすいという。
「でも、魔物可ならどんな大きさでも入る、という意味じゃないわよ」
「種類は、先に伝える」
恭次は連絡用の紙へ、1人と5匹、と書いた。頭の数ではなく、体の数である。スライム、ミミック、ケルベロス、ゴーレム、小型の成竜。箱は人が両手で抱えるより大きく、ゴーレムは人間より低いが石で重いことも添えた。
寝床が分かれる可能性と、追加の場所を使う場合の費用も尋ねた。
返事は隣町との定期便で数日後に届いた。その間、恭次たちは普段の仕事を続け、泊まる日の依頼を新しく入れないよう調整した。
ホルテは日付と人数、魔物の種類を了承していた。まず広めの部屋を見てもらい、収まりにくければ空の納屋と脇の小部屋も相談できるとある。追加分の目安も書かれていた。
恭次は帰宅後の生活費と別に取った予備の金で、その範囲なら払えることを確かめた。払える額を先に知れば、当日、全員を狭い所へ押し込まずに済む。
家で返事を読むと、スミは納屋という言葉で少し縮んだ。
「床は、土でしょうか」
「固い床だそうだ。ただ、清潔さは着いてから見よう。敷物も持っていく」
恭次は宿の返事を折り直した。
宿の返事には、食事についても書かれていた。夕飯は人間の料理を取り分けられるが、魔物の食べられる物は教えてほしいという。
恭次は家で食べている物を思い返した。ケルベロスは3つの頭で好みが違うが、別々の鍋を頼む必要はない。ガンは人間の料理を食べない。ハコが収納する食材と、本人が食べる分を同じ荷物として伝えてはいけない。
その日の夕飯のあとで、実際に必要な物だけを紙へ書いた。できない料理があれば、ある物で分けてもらう。特別な材料を取り寄せてもらうつもりはなかった。
ネリへ追加の返事を預けると、彼女は隣の仕事札を指した。旅行の前日に急ぎの配達を引き受ければ、出発の朝までずれるかもしれない。恭次は札へ伸ばしかけた手を引いた。
「今週は、こっちの終わる日が決まっている分にする」
そう言って、短い通訳の仕事を1つ取った。旅費の足しを増やすために、休む日を先に埋めてしまうのは避けたかった。
帰りには、家で留守のあとに食べる分も買った。帰宅したら市場が閉まっていた、ということをもう一度やらずに済むように、日持ちする物を選んだ。
ハコは湿り気を心配し、ベルグは天井の低さを尋ねた。ガンは床の強さを聞いた。質問はどれも必要で、恭次は返事へあるものと、まだ分からないものを分けて書いた。
「一緒に入れるかどうかは、部屋を見て決める。俺が勝手に、ここで我慢してくれと決めない」
恭次が言うと、ミギがうなずいた。ヒダリは朝市へ遅れなければよいと答え、ナカは寝る向きも相談しようと言った。
紙の余白が、また少し狭くなった。
* * *
旅行の休業を出すと、相談者たちにも伝わった。
最初に来たのは、水車小屋のゴーストだった。今日は困り事ではないと言い、どんな町へ行くのか聞いた。恭次が朝市の話をすると、物を触っても長く持てない相手は、指で小さな輪を作った。
「軽く触れたとき、音の出る物はありますか」
恭次は何に使いたいか尋ねた。水車小屋で、姿を見せたと気づいてもらう合図が欲しいのだという。大きな悲鳴ではなく、挨拶の前に小さく音を出す。今は挨拶してもらえているので、相手の手が塞がっているときにも分かるとよいらしかった。
「風鈴みたいな物があるか、探す。吊るして使うなら、持ち続けなくてもいい」
ゴーストはうなずいた。高い物でなくてよいと何度も言うので、恭次は買う前に決めた予算内で見つかれば、と約束した。謝礼の物を預かる代わりではなく、こちらからの小さな土産にする。
フェンリルは、遊ぶときの棒の相談をした。持ち帰った滑らかな1本は、まだ自分の寝床にあるという。朝市なら、子供が握って投げやすい棒もあるだろうかと尋ねた。
「君の口に合うだけじゃなくて、投げる人の手にも合う物だな」
恭次が言うと、大きな頭がうなずいた。
クモは、目印を木へ結ぶ短い紐があれば見てほしいと言い、スケルトンは自分の杖を見せ、目印の紐がまだ取れていないと知らせた。全員に同じ物を買う必要はないが、帰ってきたら話を聞きに来ると言われ、恭次は帰宅当日は休みだと先に伝えた。
ガンが横で、板へその時間も書いた、と言った。恭次はうなずき、門の内側を示した。
マルタには留守の日を知らせ、戸締まりと火の始末を確認した。近所の道を塞ぐ荷物は出さず、井戸の桶も普段の場所へ戻す。誰かが家の前まで来ても、戻る日が板で分かるようにした。
夜、恭次は旅程を食卓へ広げた。
行く町、泊まる日、帰る日、宿、予算。土産の希望も、荷物の条件も、枠いっぱいに書かれている。
スミが籠へ入れる布を見せ、ハコが紙の角をそろえた。ベルグは宿の返事をもう一度聞き、ケルベロスの3つの頭は道の希望を小声で話す。ガンは何を手へ持つか、棚の物を見比べていた。
「出発は、何時にする?」
恭次が言った。
全員が紙を見た。朝市へ向かう1泊の旅の予定は、空白がほとんどない。
出発時刻の欄だけが、まだ白かった。




