第16話 褒めるところが違います
ガンは、石の小鳥の隣に立っていた。
梶原恭次は井戸から戻り、庭へ運び込まれた石を見た。家主のマルタが頼んだ、庭の端へ置く重しだった。作業場の前を塞がず、草を刈るとき動かせるよう、数個に分かれている。
「助かった。ここまで、全部運んでくれたんだな」
ガンはうなずいた。
恭次は桶を下ろし、運ばれた石の並びを確かめた。前より足を置く所が分かりやすい。ガンの太い指が、少しだけ別の方へ向いた。
「そっちも、片づけたのか」
ガンは返事をせず、庭の低い石の上を見た。
小さな鳥がいた。手のひらへ載りそうな大きさで、羽を体へ畳み、少し首を傾けている。灰色で、よく見ると、それも石だった。
恭次はようやく桶から手を離した。
「これ、作ったのか」
「うん」
ガンの返事が、先ほどより早かった。
恭次は屈んで、細工を近くで見た。つやのない石なのに、翼の縁だけが薄い影を作っている。足は細く削り出さず、平たい土台へつながっていた。置いても倒れにくい形だった。
「触ってもいい?」
ガンがうなずく。恭次は土台を両側から持ち、ゆっくり回した。背中に沿った線の浅い所と深い所が、光を受けて違って見えた。
「羽が、ちゃんと重なって見える」
ガンは鳥の方へ顔を少し寄せた。
「そこ、削った」
「分かる。先の細い道具で?」
ガンは作業場から短いのみを取ってきた。恭次は、石をどこへ置いて、どの角度から削ったか教えてもらった。自分には硬い塊に見える物を、ガンは少しずつ薄くしていたのだ。
石は工場の仕事で出た、本人が譲ってもらった小さな端材だった。家の段や庭の重しを削り取ったわけではない。仕事の残り時間に、少しずつ作ったという。
恭次は鳥を元へ戻した。マルタが通りがかり、かわいいねと声をかけた。彼女にも、さすがに細工が鳥だということは通訳なしで分かったらしい。
「花壇の縁に、こんなのがいたらいいね」
その言葉を聞き、恭次はガンへ顔を向けた。
「もう何羽か作ってみる? 家主さんも欲しいそうだし、仕事にもなるかもしれない」
返事はなかった。恭次は、まず数を考えようと紙を探した。
* * *
その日の午後、恭次は紙へ小鳥の形を描いていた。
マルタは本当に頼むなら、まず2羽ほど、材料と手間の分を払いたいと言っていた。恭次はそれをガンへ伝え、ほかにも店の窓辺やギルドの窓口に置けるかもしれないと話した。
ガンは石の上に腰を下ろしたまま、紙より自分の工具を見ていた。
「どのくらいで、1つできる?」
恭次が聞くと、ガンはすぐ答えなかった。
「ゆっくり」
「じゃあ、急がない注文にする。あとは、同じ形なら早くなるのかな」
ガンは首を横へ動かした。
「同じ、じゃない」
恭次は紙を見た。自分の描いた鳥は、最初の物と同じつもりだった。けれど、石の角や硬さまで同じではない。ガンが使う端材には、まっすぐな面も、割れた面もある。
ハコが居間の端から、同じ大きさへそろえるなら材料の選別も要ると言った。恭次は、それならもっと大きな石を買って、と言いかけた。
「仕事は、できる」
ガンの声が先に入った。
恭次は顔を上げた。ガンは自分の胸へ手を置き、工具を見て、それから庭の小鳥を指した。
「これは、好きで。作った」
返事を聞き、恭次はようやく紙を置いた。
「好きで作った物を、そのまま注文へ変えたんだな。悪かった」
ガンは恭次を見た。
「作るのは、嫌ではない」
「うん。作る数と、作りたい時刻は、別だな」
恭次は紙の羽数を消した。マルタの2羽はまだ受けた注文にせず、本人にできるか聞いてから返事をする。ほかの店へ話を広げることもしない。
ガンは少し考え、マルタの分なら引き受けたいと言った。ただし、今週中に同じ形を2羽と約束するのではなく、できたら見てもらいたいという。
恭次はその条件を、そのまま家主へ伝えると答え、店へ知らせるつもりで書いた行にも線を引いた。
マルタの所へ話をしに行くと、彼女は庭の草を抜いていた。恭次はしゃがんで手伝う前に、今は話をしてよいか聞いた。
「いいよ。あの鳥のことかい」
恭次は頷き、数と期限をまだ決められないことを伝えた。家主は手の土を払い、少し考えた。
「じゃあ、花壇に置ける物ができたら見せてもらおうか。大きさも、今の鳥くらいでないと困ると思ってたんだ」
恭次は最初にその希望も聞くべきだったと思った。数を決めただけでは、注文はできていなかった。
「もし大きすぎたら、買わないと言っていいです。作ったあとで断りにくいなら、先に形を見てもらいます」
「それなら、削り始める前の石を見せてもらえるかい。どこへ置くか、一緒に考えたいね」
恭次はその話をガンへ持ち帰った。ガンは材料の小石を並べ、平たい物を1つ選んだ。恭次が代わりに選ばず待っていると、ガンはその石を手に、マルタのいる庭へ歩いていった。
恭次も通訳のために後ろへ続いた。最初の鳥は、誰にも持ち去られず、低い石の上に残っていた。
ガンは工具の袋から、削りかけの石を出した。まだ鳥には見えず、角を落としただけの塊だった。恭次が別の物かと尋ねると、ガンは同じ、鳥、と答える。
最初にどこを頭にするか決め、石の割れやすい筋を見て、少しずつ形を寄せていく。途中で欠ければ、それを避けた姿へ変えることもあるという。
ガンは2羽を並べた。削りかけの方には、最初の鳥と同じ位置へ翼を入れる厚みがなかった。恭次は紙に描いた形を、石の横から引いた。
「まだ作っているところも、見せてもらっていいか」
ガンはうなずき、石を作業台へ置いた。恭次へ細い布を渡し、破片が飛ぶ側を避けるよう示す。小さくのみを当てると、角からごく薄い石が落ちた。
恭次は何も頼まず、その1かけらが落ちるのを見た。次へ手を動かすまで、ガンは石の向きを変え、何度も指を滑らせて確かめている。
少し見た後、恭次は道具を使う場所から離れた。庭へ戻り、最初の小鳥へ光が当たるのを眺めた。
ベルグが横から、今日の運搬も仕事だったのだろうと確認した。恭次はうなずいた。ガンはほかに石工場で手伝う日もあり、庭の小鳥だけに時間を使えるわけではない。
「今、どの仕事があるか、教えてもらえる?」
恭次が聞いた。
ガンは指で1つずつ示した。工場へ端材を運ぶ日、庭の石を置く仕事、依頼された物干しの脚の調整。恭次も関わった作業なのに、自分へ来た話を1件ずつしか数えていなかった。
「俺からの頼み事も、同じ予定へ入るんだな」
ガンはうなずいた。
* * *
翌日、ガンは自分で作業場の板を出した。
恭次が何を書くか尋ねると、週に2件まで、と答えた。今引き受けている仕事を終えてから、新しい依頼を入れる。大きな物なら2件より少なくすることもあるという。
恭次は、文字を書くのを手伝うか聞いた。ガンは頷き、板の上へ太い指を置いた。使いたい言葉を1つずつ伝える。
〈依頼は週2件まで。先に相談〉
字を見せ、意味が違わないか本人へ確認した。ガンは最後の1語を指した。先に、という所を少し大きくしてほしいらしい。
恭次は書き直した。自分たちが玄関へ出す休業の板と、よく似た言葉が並んでいた。
「俺が休むって決めたのに、ガンの予定は勝手に増やしかけたな」
ガンは返事をせず、板を作業場の柱へ掛けた。柱を削って取り付けるのではなく、紐を回して結ぶ。マルタにも、何を出すか知らせてある。
見に来た家主は板を読み、小鳥はゆっくりでいいと本人へ向けて言った。ガンには言葉の全部が分からないので、恭次が伝える。ガンはマルタへ顔を向けてうなずいた。
その後、恭次は最初の小鳥をどこへ置くか尋ねた。
ガンは庭の石を指した。売るための見本ではなく、いま自分が置きたい所だった。
恭次はそこへ小鳥を戻した。風が吹いても、石の土台は動かない。羽の浅い溝へ細い影が入り、首を傾けた顔が少し違って見えた。
「いいな、この顔」
恭次は言った。
ガンは小鳥の横へ立ち、少しだけ顔を上げた。




