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死ぬほどしょうもない魔物使い  作者: 雨宮 弦


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12/24

第12話 相談員にも休みが要る

 買い物籠は、朝から玄関へ置いたままだった。


 梶原恭次はその持ち手へ手を伸ばし、庭から呼ばれて振り返った。門の外に、相談へ来た魔物がいる。今日は受け付けないと看板へ出していたはずだった。


「もう、中でお待ちです」


 ハコが言った。正確には居間の中ではなく、ガンの使う作業場の端だ。外に日が当たるので、日陰で待ってもらったらしい。


「今日は、買い物へ行く」


「すぐ済むことだそうです」


 恭次は空の籠を見た。台所の野菜は少なく、夕食に使う予定の豆も切れている。ギルドの仕事も相談の立ち会いも入れず、家のことを片づける日にしたのだ。豆の店は正午で閉まる。昼の鐘までは、まだ2時間あるはずだった。


 ただ、すぐ済むならと、自分でも思った。


 作業場へ行くと、相手は門の前で待っていればよかったのかと尋ねた。恭次は今日は受付なしだと説明したが、相手が困った声を出すと、つい椅子を引いた。


 短い相談のつもりだった。聞いたのは持ち物を置く場所の話で、本人がどこを通り、何を先に使うかまで尋ねると、すぐには終わらない。置きたい荷の大きさが言葉だけでは合わず、相手は包みを取りに戻った。恭次は待ってから実物で並べ直した。紙へ順番を書き終えるころ、玄関へ別の声が来た。


 ナカが門へ顔を出し、最初の相談が終われば聞けると思う、と答えかけた。


「まだ、そうは言ってない」


 恭次が言うと、ナカは口を閉じた。それでも恭次は、用件だけなら、と立ち上がった。


 ミギが時刻を気にし、ヒダリが買い物も行くのだったと告げる。恭次はあと少しと答え、来た相手の話を聞いた。話が一巡したところで昼の鐘が鳴った。恭次は、まだ紙に何も書いていない買い物の方を思い出した。


 買い物籠は、玄関に残った。


 * * *


 町へ出たときには、目当ての店が片づけを始めていた。


 恭次は豆の袋のあった棚を見た。売り切れだった。朝に見ておけば、隣の店へ回る余裕もあったが、そちらも戸を閉めている。


 まだ買える野菜はあった。今日は少し高い分か、傷のある物のどちらかだという。恭次は予定の金を確かめ、必要な分だけ選んだ。家計が破綻するほどの金ではないが、手頃な物を選びたくて朝から出るつもりだったのだ。


 同行したベルグは、袋を見て何か言いかけた。恭次は、分かっている、と先に答えてしまった。


 ベルグの翼が、少しだけ畳まれた。


「袋の底が、濡れていると言おうとした」


 恭次は下を見た。傷んだ葉から水が出て、紙の隅が薄くなっている。慌てて布で支え、道の脇へ寄った。


「悪い。聞かずに、返事をした」


 ベルグは、構わない、と答えた。ただ、恭次が疲れていることは伝わったらしかった。帰り道は普段ほど話さず、荷を置く所だけ短く相談した。


 門を開けると、スミが籠の布の交換を頼んだ。今日の午前、少し湿ったので乾いた物が欲しいという。


 恭次は野菜を玄関へ置いた。分かったと答えたが、布の場所がすぐ出てこない。ハコが収納場所を教えてくれ、恭次はいつもより大きな音で戸を閉めてしまった。


 スミの体が、小さく縮んだ。


 恭次は手を止めた。布を替えてほしいと言った相手が悪いわけではない。そもそも、今日は家のことをするつもりだったのに、自分が相談へ座り直したのだ。


「ごめん。今日は、俺がうまく断らなかった」


 スミへ言ってから、居間の端へ腰を下ろした。ベルグも木箱へ乗り、ハコが通路へ出る。庭のガンへ声をかけ、ケルベロスも玄関の石に体を置いた。


 恭次は買った野菜と、買えなかった物を並べて説明した。誰かの苦情を取り次ぐのではなく、自分が今日は困ったという話だった。


 * * *


「休みの日を、決めた方がよい」


 ベルグが言った。


「今日は受け付けない、と出したのに、聞いたからな」


 恭次が答えると、ハコがふたを少し開けた。


「私も、日陰へ入れればよいと考えました。対応する約束とは、分けていませんでした」


 ガンは、場所を空けた、と言った。作業場が使えるなら待ってもらえると考えたのだという。ナカも、恭次が先の相談を聞いているので、次も聞けると思ったと答えた。


 恭次は誰か1匹へ責任をまとめなかった。自分も、相手が目の前にいれば短い返事で済ませられると思い、椅子を出した。


 まず、週に1日は、ギルドの仕事も相談も入れない日にする。看板へ休業と出し、家の者も新しい相談を受ける約束をしない。道を聞かれたら短く答えてよいが、困り事の話を始めるなら翌日の受付時間を案内する。


「本当に、すぐ済む場合は?」


 ヒダリが聞いた。


「今の俺には、聞く前に短いか分からない。休む日に確かめ始めると、今日と同じになる」


 恭次は答えた。ミギが、翌日に回せない危険なら別だと確認した。深刻なけがや火事のような緊急の話を、看板だけで追い返すという約束ではない。普段の小さな相談のために、休む時間を守りたいのだ。


 誰かが来たら、最初に休みだと伝える。恭次へ順番を回して、本人に断らせるだけにはしない。恭次も、ほかの仲間が伝えた後で自分から椅子を持ってこない。


 スミが、買い物と洗濯をする時間も休みか尋ねた。恭次は、何もせず眠るだけではなく、家のことを自分の速さでする日だと答えた。


「では、布を替えていただくのも、相談時間ではないですね」


「一緒に暮らす用事だから、話していい。ただ、今すぐできないときは、あとでと言う」


 スミはうなずくように体を動かした。


 ベルグは、看板の文を短くしてみようと提案した。今は長い説明で、何をしない日かが最後まで読まないと分からない。


〈本日はお休みです。相談は明日の受付時間に〉


 恭次は紙へ書き、ガンへ板を借りた。既存の看板を別の面へ返せるようにし、家主へも休業日を伝えることにした。


 決めた後、今夜の食事を作った。買えた野菜は傷を取って煮込み、残っていた穀物を添える。


 スミの布は、鍋を火へかける前に交換した。乾いた面へ移るのを本人に任せ、湿った方は井戸で洗うため分ける。恭次は最初から、このくらいのことを順に済ませたかったのだ。


 * * *


 食後、門へ来た相手に言う練習をした。


 ベルグは、断る言葉を考えるなら、実際に声へ出してみるのがよいと言った。恭次は頷き、居間の入口へ立つ。ヒダリが客の役を引き受けた。


「少しだけ、聞いていただきたいことが」


「今日は休みだ。明日の受付に来てほしい」


 恭次は答えた。ミギがうなずき、ナカもそれなら分かると言う。


 ヒダリがもう一度、少し困った声を出した。


「明日まで、どうしてよいかだけでも」


 恭次は半歩戻った。


「それなら、今、何に困ってる?」


 椅子の背へ手をかけたところで、ハコのふたが閉まる音がした。ベルグも頭を上げ、スミが恭次の足元へ寄る。


 恭次は手を止めた。


 椅子を引かずに返す練習は、もう1度、最初からすることになった。

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