第11話 骨が1本余っています
スケルトンは、余ったという骨を両手で持っていた。
梶原恭次は椅子を引き、机ではなく庭の平たい石の上へ置いてもらった。白っぽい1本は、長い片側が丸く磨かれ、反対の端には細かな擦り傷がある。
「体の、どこから取れたんだ」
「それが、分からないのです」
スケルトンは首を動かした。顎が少し鳴る。言葉の意味まで聞ける恭次には、困っているという声に聞こえた。
今日の短い相談の時間は、これで最後だった。ハコが作業場の端で、預かった包みを分けている。スミは居間の敷物で休み、ほかの仲間は自分の用事をしていた。
骨を抱えた相手は門から普通に歩いてきた。片足を引きずったり、腕を支えたりしていない。それでも本人が余ったと言うのだから、恭次は何をした後で気づいたか尋ねた。
「川辺で、洗っていました」
「自分の体を?」
「はい。泥が付いたので。出てきて、身につける物をまとめたら、1本ありました」
恭次は川辺での動きを順番に聞いた。体を無理に分解したのではなく、足の泥を落とし、腰掛けて表面を拭いた。外したのは肩の薄い布と、握る所へ巻いてあった布だという。どちらもまだ湿っており、今は肩へまとめて掛けていた。
それなら、知らない間に何本も組み替えた話ではなさそうだった。
「痛みは?」
「ありません」
「動かない所は?」
スケルトンは両腕を上げ、左右の脚を順番に動かした。
石の前へ一歩出て、元へ戻る。指を開き、物を持つ。どちらの手も空になると、本人は少し横へ重心を移した。
「立っているより、歩くときが気になります」
「何が、いつもと違う?」
「手元が、落ち着きません」
恭次は骨の端の擦り傷を見た。川の石で新しく削れたというより、長く同じ場所が当たったように丸い。片側だけなめらかな面も、骨の形そのものと少し違っていた。
「これは、前から知っている骨か」
スケルトンは顔を近づけた。目のあるはずの場所が暗いので、何を見たかは返事を待つ必要がある。
「杖に、似ています。ただ、もし体から取れた物だったら」
恭次はその言葉を紙へ書かず、もう一度、本人の歩くところを見ることにした。手元の落ち着かなさと、どこがつながるのか気になったからだ。
* * *
スケルトンは足先から順に、自分の左右を見比べた。
恭次は勝手に骨を引き抜かず、本人が指す箇所だけ確認する。左右の足指、足首、その上。動く範囲に違いがなく、つながる場所も普通にそろっているという。
数を暗記している専門家でもない恭次は、あるはずの数を決めつけなかった。魔物の体は、前の世界の人体図と同じとは限らない。普段の本人の状態が分かるのは、本人だった。
両手も見比べる。スケルトンは指を曲げ、石の上の骨を持ち上げた。
「これを持つと、落ち着きます」
持ち方は、腕の骨をはめ直そうとするものではなかった。丸く磨かれた端を掌へ当て、長い方を斜め下へ向ける。足元へ先が着くと、体が少し安定した。
恭次は椅子から立った。
「いつもの杖なら、どちらを握る?」
スケルトンは丸く磨かれた端へ、自然に手を戻した。
「こちらです。布を巻いていた所が、ここに」
恭次は肩へ掛けていた細い布を借り、握る位置へ当ててもらった。折り癖が、磨かれた端へちょうど重なった。
恭次は、端の傷を見た。地面へつく方だけが擦れ、握る方だけが磨かれている。最初に石の上へ置いた時点で見えていた違いは、その使い方なら自然だった。
スケルトンは以前、道端で拾った動物の古い骨を、自分に合う長さへ磨いて使っていたという。体の一部ではなく、歩くときの道具だった。
「川辺で洗ったのは、これもか」
「はい。体の物と一緒に置いたので」
握り布を外して洗い、足元へ置いた。普段は濃い布に隠れている所まで白くなり、体を拭いた布とまとめた中から、知らない骨が1本出たように見えた。その手にいつも持っているということを、体のどこかと混ぜてしまったらしい。
恭次は、いつもと同じ側の手で持って歩けるか尋ねた。
スケルトンは杖を土へつき、一歩、もう一歩と進んだ。玄関へ続く石の端で向きを変え、元の平たい石へ戻る。杖がある方が、足を置く場所を選びやすいという。
「余ったわけでは、なかった」
本人が言った。
「体の数と、持ち物の数を、一緒にしたんだな」
恭次が返すと、スケルトンは大きくうなずき、顎を軽く鳴らした。恭次も椅子へ座り直し、今度はほかに困っている所がないか確かめた。
川辺へ戻って残りの骨を探す必要はないと分かったので、本人の肩が少し下がった。
* * *
杖だと分かれば、次の洗い方も決められる。
体を洗う物と一緒の布へ包むのではなく、杖は別に立て掛ける。目印をつけるなら、握る場所を邪魔しない少し下へ布を結べばよい。ただし、滑ったり水を含んで重くなる物は避けたいと、本人が言った。
恭次は色のついた細い紐を見せた。家で包みを結ぶため取っておいた短い分で、杖1本へ巻く長さはある。スケルトンは触って確かめ、余りが垂れないなら使いたいと答えた。
恭次が結ぶ前に、どこへつけるか本人へ選んでもらう。掌を置く場所の下、地面へ当たる場所より上。
スケルトンは杖をいったん置き、布を巻き直す間、ハコへ預けてよいか尋ねた。
恭次はその言葉を聞いて、まだ受付の終わりを案内していないことに気づいた。長くならないならよいと自分で答えかけ、ハコの返事を先に待つ。
ハコは口を開けた。すぐには受け取らず、杖の印を見た。
「身体部品ですか、杖ですか」
スケルトンが返事に詰まった。ようやく決まった分類を、もう一度尋ねられた。
「杖だ。生き物や、その一部を入れる話ではない。本人が道具として使っている、古い動物の骨だそうだ」
恭次が説明すると、ハコは道具用の区画を開けた。汚れは落としてあり、危険な尖りもないと確認してから、短い間だけ受け取る。
スケルトンは肩の布を巻き直した。片手を空けたかっただけなので、すぐ返してほしいと伝える。ハコはそこも確認し、奥ではなく、口の近くへ収めた。
帰り際、杖はもう1度本人の手へ戻った。
スケルトンは紐のある方を握り、平たい石から土へ進む。恭次へ礼を言って門を出るまで、余ったという言葉は使わなかった。
ハコはふたを閉め、恭次へ向いた。
「収納する前に、分類を確認できてよかったです」
恭次はうなずいた。
庭の椅子をしまうころには、日が傾き始めていた。恭次は明日の買い物を思い出し、受付の板を裏返してから、ようやく居間へ戻った。




