第10話 昼寝の音量
土から、細い声がした。
梶原恭次は畑の端で足を止めた。青々した葉の間に、顔らしい部分が少しだけ見える。マンドラゴラは地面から上半分を出し、隣の木陰を指した。
「あちらが、うるさいのです」
木陰ではオークが寝ていた。畑仕事で使った籠を横へ置き、背中を木の幹へ預けている。体が上下するたび、低いいびきが続いた。
恭次はすぐ起こさず、少し離れて聞いた。確かに音はする。ただ、ここはオークの畑の脇で、昼の作業を休む場所でもある。
「いつも、この時刻に眠るのか」
「昼の仕事が終わったら。私は静かに、土の中で休みたいのですが」
恭次はマンドラゴラのいる所から木陰まで歩いてみた。数歩分だ。木の反対側なら音は少し弱いが、今度は日が当たる。
今日はケルベロスも一緒だった。道の見張りを頼まれ、草地の外側へ体を置く。ミギが人の通る方を向き、ヒダリが木陰の広さを見た。ナカは、少し様子を見よう、と言った。
恭次はオークが自然に目を覚ますのを待ち、その間にマンドラゴラから寝る時間を聞いた。午前に日を浴びた後、午後の暑い時間を休みにしたいという。場所を変えることはできるが、根を落ち着かせたばかりだそうだ。
しばらくすると、マンドラゴラが横へ体を傾けた。
土から足のような根が抜けた。
短い叫び声が、恭次のすぐ前で上がった。
「うわっ」
恭次は一歩引き、畑の縁へ尻をつきかけた。ケルベロスが3つの頭を上げ、オークも目を開けた。
マンドラゴラは自分で土を寄せ、何事もなかったように立ち直る。
「今のは?」
「寝返りで、抜けました」
「いつも、声が出るのか」
「急に抜けると、出ます」
恭次は土を払い、オークを見た。起こされた相手は、何かあったのかと顔を向けている。誰かが傷ついたような声ではないと伝えると、ほっとして首を回した。
それから、自分のいびきの話を聞き、驚いた顔をした。
「寝ているから、知らなかった」
恭次はうなずいた。
* * *
オークは木陰から少し離れて、マンドラゴラのいる場所へ来た。
恭次はどちらが悪いか決めず、昼に眠りたい時間と場所を双方へ聞いた。オークは畑の午前の仕事を終えた後、短く寝れば午後に戻れる。マンドラゴラは土が熱くなる前に潜り、昼の間は動きたくない。
「時間を少し変えるのは、できる?」
オークは食事の前に休み、マンドラゴラはその後に寝ることなら試せるという。ただ、音の大きさを眠ったまま調整する約束はできなかった。
恭次はそこを無理に頼まず、場所も変えてみることにした。木の反対側には、籠と道具を置く空間がある。オークがそこへ寄れば、マンドラゴラとの間に太い幹が入る。
籠は畑の畝へ置かず、乾いた石の上へ移す。通る人が引っかからないかケルベロスへ確かめると、ミギが道の端を示した。
オークは新しい位置へ座り、背中を預けた。首が苦しくないか自分で角度を変え、これなら休めそうだと答えた。
一方、マンドラゴラは根の周りの土を少し深くした。恭次が押し込むのではなく、本人が自分で入る。抜けたときに叫ぶなら、寝返りで簡単に抜けない深さを試した方がよい。
恭次は土を集める手伝いだけした。深すぎると動きにくいそうなので、一度にたくさん足さず、少しずつ渡す。
マンドラゴラは横へ傾き、元へ戻った。今度は根が土から出ない。
「これなら、先ほどよりよいです」
「苦しくない?」
「土は、私の寝床ですから」
恭次は本人が試すのを待った。オークも木の後ろから、土なら水を少し混ぜるかと尋ねる。マンドラゴラは今の硬さでよいと答えた。
恭次は移した籠の位置を直し、もう少しだけ静かに待つことにした。
草地から、別の低い音がした。
ケルベロスが寝ていた。
3つの頭は同じ胴体へ寄り、鼻先を少しずつ違う向きにしている。オークのものとは違う音が、短く途切れて続いた。
「あちらも、です」
マンドラゴラが言った。恭次は顔を手で覆いかけ、やめた。今日は誰かを見張っている間に、眠れる木陰があったのだ。
強く呼ぶ前に、近くから名前を順に呼んだ。ミギが目を開け、続いてナカ、最後にヒダリが顔を上げる。体は1つなので、起きる動きはそろった。
「休むなら、もう少し離れた所にしよう」
「異常は、なかった」
ナカが答えた。
「音の確認には、少し増えていた」
恭次が言うと、ミギが体を起こした。見張りの場所を替え、今度は道を歩く間隔で少し動くことにした。眠いときは恭次へ告げ、見張りを交代することにした。
恭次は紙へ、木のどちら側で何時に休むかを書いた。マンドラゴラは横へ傾き、今度は声を上げずに土へ収まった。
* * *
オークが食事前の短い休みに戻り、木の陰から小さく音がした。
マンドラゴラのいる所では、さっきより弱く聞こえる。本人は土へ落ち着き、横を向いても抜けなかった。恭次は声をかけて確かめると、まず今日はこれで試すという返事をもらった。
また困ったら、時間を決め直す。オークにもそう伝えると、同じ木の反対へ回るくらいなら続けられると答えた。
完璧に静かな畑になったわけではない。風が葉を鳴らし、水を運ぶ人の足音も通る。マンドラゴラはその音まで全部なくしてほしいとは言わなかった。
恭次は木から離れた乾いた草へ腰を下ろした。見張りを続けるミギへ、少し休んでもよいか聞く。ミギは道を見たままうなずいた。
籠を運び、土を寄せ、同じ短い話を両方へ伝えた。思っていたより体を動かしていたらしい。恭次は膝の上へ両手を置き、次の言葉を考えたまま目を閉じた。
近くで、小さな声がした。
「今度は、この方をどうしましょう」
マンドラゴラだった。
「寝かせておいて、よいのでは」
オークが答えた。
「帰る時刻を、本人へ聞くべきです」
ミギが言った。
恭次は薄く目を開けた。相談が自分を中心に始まっている。今日はもう、返事を考える前に少し休ませてほしかった。




