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そこにはアストラがいた。
「戻りました……!
嗚呼……!シキ様、なにもありませんでしたかっ!」
私を視界に入れた瞬間に床に膝立ちになり、両の手を掴まれる。
泥がついているが、自分を守ってくれた人間にわざわざ言うことでもない。
「ええ、お陰様で無事です。
ありがとうございました。
アンドレア様や、他の方はご無事ですか?」
「アストラがほとんど追い返しちゃったから、こっちも無事よ〜。
やぁだアストラ!手がばっちぃわよ。
ほら、今すぐ手を離して洗ってきなさいな。」
アンドレア様がドアからひらひらと手を振りながら、入る。
アストラはアンドレア様の言葉にハッと気がつき、手を離す。
「も、申し訳ございませんっ!
……汚してしまいましたね、手洗い場までご案内します。」
「じゃあ、お願いします。」
アンナ様にごめんなさいと一言伝えてから離席する。
アストラの背中でゆらゆらと揺れる黒く細い髪を見ながら、歩く。
綺麗な髪を紐で縛っているようだが、ふと緩んでいることに気づく。
まあ解けない限りは大丈夫だろうと、わざわざ指摘するのも億劫で放置する。
「こちらです。すみません、少しかがまなければいけないのですが。」
「大丈夫です。……改めて、助けていただいてありがとうございました。」
「当然のことをしたまでです、さ、お手を。」
「自分で洗うので大丈夫です。」
手を伸ばして、私の手を取ろうとするので、サッと拒否する。
手を洗い、ハンカチで手を拭く。
私が洗い終わるのを見て、アストラは自分もと手を洗おうとした。
が、髪を結っていた紐が地面に落ち、まとまっていた髪はぱさりと彼の肩にまで広がった。
「ああ……。」
地面に落ちた紐を拾い、結いますよと伝えるとアストラは勢い良く振り向いた。
なんか目が泳いで、迷っているような表情をしている。
「すぐ結いますよ、屈んだままでいてください。」
「は、い。」
さらさらしているなとは思ったが、触れてみると想像していたよりさらさらとしていて、これは結ぶのが難しいだろうなと考える。
癖毛な自分からしたら羨ましい限りだ。
先ほどはかなり下の位置に結んでいたので、背中に当たってなおのことほどきやすくなっていた。
少し上にしてあげよう。
首元にある髪の毛を取ろうと手が当たるたび、アストラの肩が跳ねる。
くすぐったいのだろうなと思いながら、少し高めに結ってあげる。多分、すぐには解けないだろう。
「よし、出来ましたよ。
くすぐったかったですよね、すみません。」
「いえ、大丈夫です。ありがとうございます。」
アストラはスッと立ち上がり、私があげたハンカチを使って拭いている。
その顔は俯いているため、長い前髪で影が差し見えない。
……また泣いていないといいけれど。
今から報酬の話を相手方に持ちかけるのに、あろうことか泣かせたとなると、説明をしたとて気まずくなる。
「……失礼、本当に大丈夫ですか?」
「あ」
背伸びをして、その長い前髪のカーテンをめくると、アストラと目が合う。
めくったことにより、朱色を帯びた肌が見える。
あれ。
アストラは私を認識すると同時に、その朱色をさらに濃くさせる。
あれれ。
思わず手を離して、一歩下がる。
『お前は手のかかる妹だからな。……はぁ?レディ?
寝言は寝て言えって。』
『トモエも可愛いけれど、シキも可愛いねぇ。
うんうん、2人とも美人さんだ。
なぜか大衆受けは良くないけれど。』
『我が血筋を好む者はたくさんいるが、嫌う者も敵も倍いる。シキ、我が妹よ。君も十分気をつけるようにな。』
脳裏に蘇る数々の身内の失礼な言動、親しき中にも礼儀ありというひい祖父の教えは彼らの辞書に書かれていない。
「……えぇ」
初めて自分が異性として認識された場面を目撃してしまった。
いや、もしかしたら自分の思い過ごしかもしれない、勘違いかもしれない。
だって、ファンって言われたし。
そりゃ、憧れの勇者の曾孫が目の前にいたら、照れは……しない、しないだろう。本人じゃないし。
困惑してる私の横で赤みが引けたアストラが困ったように笑いながら、自分は大丈夫なので行きましょうと言ってくれる。
頷き一つを返してから、再度アストラの背中を見る。
ヨシ義兄様と一緒くらいの背丈で、長い髪を一つに縛っていて前髪は長いが、前髪をどかすと整った顔立ちが見える。
だめだ、意識してしまいそうになる。
他にも男性なんてたくさんいる、わざわざ自分の血筋のファンになんて。
そうだ、今までだってなんとなく好意があるだろうなって人はいたし。
……でも、その好意は結局私を利用するための。
ああ、嫌なことを思い出した。




