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「シキ様、お部屋までご案内します。」
はいと返事をして、荷物を渡す。
思っていたより良い宿のようで、広い部屋へと案内してくれた。
……これも血のおかげなのか、兄様のおかげなのかは分からない。
『勇者様ほどの偉業を成し遂げてみればいい。』
『勇者様の血が流れているだけで、他はなんのとりえもないというのに。』
『異世界人の血が流れているのだ、穢れている。』
いつかのパーティーで聞こえてきた陰口、所詮そこにいるのは無力な子供、それらを聞いてもどうする力もない。
皇子妃として認められていないし、わざわざそいつらを掲げて吊し上げる必要性も感じなかった。
だってそれは本当のことだから。穢れがどうのは知らないけれど。
荷物は隅に置いてもらい、お姉さんが退出したと同時にベッドへと倒れ込む。
いやなことを思い出してしまったなぁ。
ひいお祖父様が勇者じゃなければ。
……そんなことを考えても、ひいお祖父様もなりたくてなった訳ではないだろうに。
コンコン。
ノックの音が部屋に響く。
なにか忘れてしまっただろうか、それともフランナかな。
ベッドから起き上がり、ドアを開けに向かう。
「はーい」
フランナだと思っていたが、視界には足しか見えない、しかも男性の。
不用心すぎる自分の行動に嫌気がさしてくる。
何かをしてくる気配がないから良かったが、幸先が悪い。
足から顔へと視線を移すと、やはり知らない方だった。
「……どなたでしょう?」
「ファンです。」
今すぐにでもドアを閉めたい。
私史上1番のピンチかもしれない。
はぁとため息をついてから、目の前にいる勇者様のファンに出ていくように伝えようとした。
そう、口を開いて相手に向き直すまでは良かった。
開いた口が塞がらないを体現することになるとは思いもしなかった。
目の前にいるファンが急に泣き始めるのだから。
笑顔のまま、私を見つめて泣いている。
それも、他の人もいる廊下で。
……仕方ない。
「……入ってください、中でお話ししましょう。」
貴族にあるまじき行動だが、貴族どうのこうのは今の私にはもう関係はない、はずだ。
脳内のピオ兄が怒鳴り散らかしてくるのを無視して、まだ泣いている男をソファに座らせる。
出すものは何もない、私もさっき来たばかりだったから。
カバンから刺繍したハンカチを差し出す。
「返さなくてもいいので、拭いてください。」
「なんと慈悲深い、ありがたき幸せにございます……。」
ハンカチを受け取ると涙を丁寧に拭き始める男に、まず何から問うか考える。
まぁ、最初は名前とここに来た理由かな。
「あなたの名前は?
ここに来た理由はなんですか?」
「嗚呼とんだご無礼を、失礼いたしました。
私、アストラと申します。
平民の身でありながら、シキ様にお会いしたいが故に貴方様に近づいてしまったご無礼をお許しください。」
祈りを捧げるように手を合わせて指を絡ませる目の前のこいつを私は見下ろしながら、先ほどの自分の行動を悔いた。
本当にどうして部屋に入れてしまったのだろう。
頭が痛くなってきた、自分のせいだ、自分のせいだけれど。
けれども、こいつが泣くのも祈りを捧げてくるの決して私のせいではない。
平民という身分を見下すような身分ではなくなったし、別に勇者の血筋の人間を見てみたいという野次馬精神ならまだ受け入れられた。
たかが憧れの人物の曾孫に会うだけで泣く奴がいるわけはない、と思う。
分からない。
……面倒臭い、もう全部聞いてしまおう。
「会いに来られるのは慣れてるのでもういいですけど。
なんで泣いたんですか、たかが勇者の曾孫ですよ?
祈られてもなにも出てこないですし、泣かれても困ります。」
「たかが……?」
あっ、やばいかも。
カバンから護身用に貰った短剣へと手を伸ばすが、間に合わず、両手を取られる。
力の差では負ける、ああここでは使いたくなかったのにと思いながら、口を開こうとした瞬間、泣いたアストラの顔が近くに迫る。
「私、シキ様のファンにございます。
貴方が学園に通っていた時には一年遅くではございますが共に学ぶ機会を得れて、この身に余る幸運だと思いました。
祈られてもなにも差し出す必要などはございません。
祈ってなにかを出されるのなら、全人類が貴方様に祈り出してしまいます。
そんなご心配をされるなんて、なんと慈悲深いのでしょう。
慈愛に溢れ、情け深いシキ様、嗚呼なんて。
なんて神々しい……、一生をかけて信仰致します…。
貴方様こそ、この世界の救世主……、いえこの世界の女神にございますっ……!」
べらべらと喋り始めて終いにはまた泣き始めた。
トモエ姉様、助けて。とんだイカレ野郎に好かれてしまいました。




