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——そうして一月が経とうとしたある日、久々に会ったピオ兄からまさかの拳骨をくらってしまった。
痛い。
「なんで、髪なんか切ったんだお前!」
「〜〜っ!!……心機一転ですが……。」
「たんこぶ抑えて泣いてるのに、さも痛くありませんって顔で、ですが……じゃない!
婚約破棄の話がしてから、お前が髪を切ったせいで、ディアーナを泥棒猫のように扱う輩がっ」
「殿下」
「……」
きゅっと口を噤むピオ兄を見て、笑いそうになるのを下唇を噛み耐える。
早速ディアーナ義姉様に尻に敷かれている。
泥棒猫か、タイミングが悪かったなぁ。
まるで失恋をした恋物語の少女になってしまった。
「もうお暇をする準備をしているのですかシキ。」
ディアーナ義姉様との関係も変わった、シキ様と呼ばれていたのに様付けはいらないと伝えたら、気安く呼んでもらえるようになった。
嬉しい一歩だ。
「はい、事前準備は大切なので。」
「良い心がけですね。
殿下の言うことは気にしなくても良いです、私はこう見えて強かな女ですから。
……ですが、上品な紅茶を思わせるような綺麗な髪が短くなってしまうのは私も寂しいと思ってしまいますわ。」
私の短くなった髪の束をさらさらと指を通しながら撫でてくれる。
トモエ姉様も、いつも撫でてくれていた。
まだ幼い子供のような気分だった。
「……城下街を抜けた、治安の良い場所に宿をとってある。請求はこちらに来る、好きなだけいたら良い。
ただ……王都では君のことを知らない者はいないだろうから。
……他の領地に行けば、君のことを知らない者がいる土地に着くこともできる。
その選択は旅立つ雛鳥に任せる。」
「……雛鳥を崖から突き落としそうだとは思ってましたが、殿下の寛大な心に感謝いたしますわ。」
「ゾッとするからその言葉遣いをやめろ。
それと危険はいつでも身近に潜んでいるし、警備もすぐ近くにいるわけじゃない……君のことを知っている人物も多い、出来る限りは治安の良い道を通ってだな……。」
「殿下長いですわ。一言心配だ、とお伝えすれば良いのでは?」
「……君の両親から聞いているだろうが説得は出来た。が、良心的な君の親はとても心配していたよ。
俺みたいにね。」
遠回しな言葉に笑みが溢れる。
普通に憧れ、親不孝な行動をしている私の背中を押してくれる優しい人たち。
『今まで気づかなくてごめんなさいね。』
『……憧れを目指すのは悪くはない、きっとひいお祖父様も同じように旅立つだろう。
私たちはお前を愛している。
トモエもいつでも帰ってこい。帰れる場所ならここにある。
それだけは忘れないでおくれ。』
そう言って抱きしめてくれた両親が今でも忘れられない。
もちろん、事前に相談しなかったことに関しては殿下同様拳骨を喰らった。
そのうち拳骨タワーでも出来そうだ。
「……夢のようです、ひいお祖父様のように功績を立てるわけでもないのに、旅に出れること。」
「勇者様のような功績を立てたら、もう二度とお前のいう普通にはなれないな。」
「ぐっ……そんな偉業を成し遂げるつもりも技量もございませんのでご安心ください。」
元々婚約したくない同士だったのに。
こんな子供の我儘など対価としては不釣り合いにも関わらず、無理を通してくれるピオリス殿下とディアーナ皇子妃には感謝しかない。
背筋をピンッと伸ばし、2人と向き直す。
「明日にはここを発ちます。
ピオリス皇子殿下、ディアーナ皇子妃、私の我儘をここまで叶えてくださり、ありがとうございます。」
「いつも通りで良いのですよ、シキ。」
「今更だしな、ピオ兄って呼ばれなくなるのは正直寂しいよ。」
殿下が頭を撫でてくれる。
……そう言ってくれるのならこれが最後かもしれない。今だけはただの妹になろうと決意し、2人を抱きしめる。
「ディアーナ義姉様、ピオ兄、本当にありがとうございます。
必ず手紙を送ります、必ずまた会いにきます。
シキは2人を愛しています。」
2人も抱きしめ返してくれる。
窓から射す光は私の目を照らして、眩しすぎて涙が溢れてきそうだった。




