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「ピオリス・スターリーと、シキ公爵令嬢の婚約を解消したい。」
「承知いたしました。」
ピオリス様と女性が並んでいる。
ピオリス様の婚約者だった私は、何も気になどしていなかった。
それよりも大事なことがあるのだから。
「ただし。」
「……ただし?」
「私の条件をお呑みくださいませ。」
「……その言い方だと、俺に不利な条件なのか?」
ピオリス様は姿勢を崩し、リラックスし始めた。
隣にいらっしゃるご令嬢は驚くことなく、足を組み始めたピオリス様の膝に手をやって諌める。
大丈夫だとご令嬢に一言伝えてから、ピオリス様はこちらを向き直る。
「シキ、言ってみなさい。
できる限りはすべて呑む。
だがあまりにもひどいのであれば、妥協点を探す。」
「私が出す条件、それは……ただ『平凡に生きたい』ということです。」
私の出した条件に、ピオリス様……もとい、ピオ兄は天を仰いだ。
「…………シキ、出来ることと出来ないことの違いは以前説明したな。」
「はい。」
「それは、出来ないことに分類される。」
「……では、婚約破棄はなかったことに。
申し訳ございません、ディアーナ侯爵令嬢。
愚兄が妹の言い分一つすら呑めず、挙げ句の果てには出来ないと決めつけるものですから。
責めるのなら兄を責めてくださいまし。」
「嘘だろ、お前。
愚兄とか言い始めたし、不敬だ不敬。」
「爵位の低い者においそれと頭を下げてはいけませんよ、シキ様。
殿下も、こんなに愛らしい妹君の条件を呑めないなんてどういうことですか。」
さすがはピオ兄の愛するお方、こちらの味方をしてくれる。
頭を下げた私にも注意をしてくれる、いいお義姉様だ。
条件がどう転んでも婚約破棄はするので、ディアーナ侯爵令嬢には安心して欲しい。
「ディアーナ、愛しさ余って憎さ百倍のこの妹分の条件を呑めない理由はな、こいつが『勇者の血筋にある』からなんだ。
こいつの言う平凡とはかけ離れている上に、父上は王家と勇者という英雄との繋がりを絶やしたくない。
だから、出来ないんだ。」
「トモエ姉様とヨシ義兄様がいらっしゃいます。」
「ヨッシュ兄様とトモエ義姉様は結婚してるが……ああもう、ああいえばこう言う。なあシキ、俺はお前のことを本当の妹のように思ってる。
お前の言う平凡とはなんだ。普通とはなんだ。」
「ただ……本当にただ、勇者の血筋だとか王家だとか関係のない生活を送って、普通に生きて……。
ピオ兄とディアーナ侯爵令嬢のように、恋をして……、普通に死にたいのです。
……きっとピオ兄と婚約破棄をしたところで……分家の方と再度婚約をさせられるでしょうから。」
恋と言うのが少し気恥ずかしくなり、膝の上に重ねていた手の指をこねくり回して遊び始めてしまう。
昔からの悪い癖だ。姉様から注意されてからはやめていたはずなのに。
俯いてしまう私の頭に手が置かれ、撫でられる。
いつのまにか隣に座っていたディアーナ義姉様の手だった。
「……本当にそっくりですのね。」
「?」
「殿下とそっくりですわ。
……殿下も、王族という縛りに悩まされていましたもの。私の爵位が公爵より低いのも問題ですし。
普通への憧れは殿下にもあるはずですわ。
だからこそ、私たちは想いあった。
恋をして、愛し合っている。
——ふふ、前も同じように撫でたことがありましたね。」
実は彼女とは今回が初対面ではない、以前もこうやって撫でてくれた。
ティーパーティの時、上手く馴染めなかった幼い私を隣に座らせ、ティーパーティが終わるまでお話をしてくれた。
幼い私の頭を時折撫でながら。
……本来なら爵位どうこうの問題だったが、私は居心地の良いその場所を離れられなかったし、撫でられる手を止められるのも嫌だった。
今も、安心できる手だ。
ピオ兄を任せるのは彼女が適任だ。
王にならないにしろ、ヨシ義兄様達を支える役割を担うはずだから。
「義姉様。
私も想い合える人を見つけたいのです。
心から愛し合える人を。
そして、勇者の血筋だとか関係無しに普通に暮らしたいのです。」
「……ねぇ、殿下。
私からもお願い致します。」
「………………。
ディアーナが言うなら仕方ないか。」
はぁと大きくため息をついたピオ兄に申し訳ない気持ちが募る。
今までも我儘を伝えて来た。
婚約者として過ごしたくない、ピオ兄は本当に兄のような存在だったから。
ヨッシュ義兄様もトモエ姉様も振り回して来た。
けれど、これは私史上厄介で二度は願うことの出来ない我儘。
それを了承してくれるピオ兄とディアーナ義姉様に頭を下げる。
「ピオリス殿下、不肖な私の最後の我儘を押し通すことをお許しください。」
「……最後とか言うな。戦場に行くわけでもあるまい。不謹慎だろう。」
「そうですわ、シキ様。このレベルのお願いを聞けるのは今回で最後ですが……、私達は貴方の幸せを心から祈っておりますの、我儘ならいくらでも伝えてくださいまし。
殿下はきっと叶えてくださいますわ。」
そう言いながら抱きしめてくれるディアーナ義姉様を抱きしめ返す。
優しい人に囲まれて、幸せな日常を私は捨ててしまう。
それを惜しく思いながら、やっと普通に過ごせることに安堵する。




