第7話 : 光差す草地での初戦闘
森の奥へと足を進めるにつれ、整備された道は徐々に獣道へと変わっていった。
木の根っこや小石など、足元も少し注意しながら進んでいく。
枝葉の隙間から差し込む木漏れ日が、ちらちらと地面を照らす。
風に揺れる木々の音が静かに耳に届き、鳥の鳴き声が時折響いていた。
「ここら辺には、たまにウサギ型の魔獣も出るんだって」
先を歩くイロナが振り返りながら言った。
もう村の人とコミュニケーションをとっていたようだ。本人いわく、話すのは得意らしい。
「比較的おとなしいし、素材も集められるし…。シュークくんは依頼受けるの初めてだし、まずは簡単な相手から練習してみた方がいいと思って!」
「ふむ、確かに。いきなり猪型魔獣とやり合うよりは、順を追って慣れていく方がいいな」
セクレットも軽く頷きながら、周囲に視線を配っていた。
「なぁ…。イロナから提案したが、本当に出来るのか?前は嫌がってただろ」
「だ、大丈夫だもん。頑張るって決めたんだから!」
イロナの話によれば、ウサギ型の魔獣は初心者向けとしても知られていて、討伐すれば毛皮や牙、骨などの素材が手に入る。子どもたちが小遣い稼ぎに狩ることもあるらしい。
「でも、依頼じゃないのに勝手に討伐しても問題ないのか?」
「大丈夫だよ!被害が出る前に倒してくれる方が、村としては助かるってお姉さんが言ってた!」
ヴェールは木の葉や実などに触れて微笑む。
「薬草とかもたまに採れるし、山菜を取りに来る人もいるんだって。田舎の村では、こういう自然との付き合い方が普通なの」
そんな風に会話を交わしながら、少しずつ進んでいく。
次第に視界が開けてくると、木々が途切れ、小さな草地が広がっている。
そこだけぽっかりと陽の光が落ち、晴れやかな空が見えていた。
「……止まれ」
爽やかな雰囲気に似つかわしくない声で、セクレットが静かに言った。鋭い目つきで辺りを見渡す。
「……ここが、ウサギ型魔獣の巣だ。シューク、準備はできてるか?」
自分は一歩前に出て、腰のナイフを握り直した。手に伝わる冷たい感触と、かすかな震え。
だが、もう逃げるつもりはない。
「もちろん」
茂みの奥で、何かが動く気配がした。
初めて相まみえる、“本物の魔獣”の姿。
自分は一度深く息を吸い込み、ナイフを構えた。
♢ ♢ ♢
イロナが言っていた通り、ウサギ型の魔獣たちが群れをなしている。
目視できるだけでも十数匹。ここが奴らの巣らしい。
「できるだけ殺さず戦ってくれ。殺すと魔石だけになって素材が溶けて使い物にならなくなるからな」
「了解」
イロナが貸してくれた狩猟用ナイフを握り直す。刃は細身で鋭く、手にしっくり馴染む。
セクレットは自身と同じ大きさの真っ黒な斧を担いだ。空気を切る音から、かなりの重さであることが窺える。
「まず俺が手本を見せる。シューク、動きはよく見ておけ。ヴェール、援護を頼む」
「わかった。援護は任せて、レシー」
セクレットは自分たちから視線を外し、目を細めて獲物を見据える。
その瞬間、纏う雰囲気が一変した。
空気が張り詰め、凍りつくような緊張感が走る。
…本当に、セクレットなのか?
まるで、獲物を仕留めるために生まれた捕食者のような、"支配者に似た瞳"。
「行くぞ」
低く呟いたその声と共に、セクレットは草陰から静かに飛び出した。獣たちは不意の侵入者に驚き、キュウッと鋭く鳴いて四方へ散り始める。
「逃すか……ふッ」
黒い大斧を軽く構えると、セクレットは一息吐いて振り抜いた。
空気を裂く唸りが轟き、斧の一撃が地を跳ねるように魔獣たちを吹き飛ばす。数匹が地面に叩きつけられ、そのまま気絶した。
「シューク、行け!ヴェールは逃げ道を塞げ!」
即座に呼びかけが飛ぶ。体が自然と反応し、近くにいた魔獣の脚を狙って自分はナイフを振るう。
肉を裂く感触と共に、生暖かい血が頬に飛んだ。しかし、気にせずに他の魔獣も斬りかかる。
…ぐっ、心が痛む
この魔獣たちは本当にウサギにそっくりだ。それだけに、罪悪感が胸に刺さる。
「てやっ!」
少し離れた位置でイロナの声が上がる。イロナの手にもナイフが握られ、恐る恐るながらも果敢に魔獣に突きかかっている。
周囲を見渡すと、ヴェールが魔法で作った檻。……ツタで編まれた鳥籠のような構造が見える。
薄い黄緑色の魔力がうっすら光り、魔獣の退路を封じていた。
残りはあと五匹。自分とセクレットで追い詰め、素早く一匹ずつ気絶させていく。
「キュウッ……!」
最後の魔獣が倒れ、ようやく静寂が戻ってきた。
「ふう……。なかなかやるな、シューク」
斧を肩に担ぎ、セクレットはいつもの調子に戻っていた。その気配に、自分は安堵の息を吐く。
「まぁ、少しなら……。ナイフって案外使いやすいな。小回りが利く」
頬に飛んだ血を雑に手で拭いながら、自分は緩く返事をした。
少し失敗してどろっと形がなくなってしまったものもあったが、だいたいは上手くできたと思う。
…これなら時々ナイフで斬りかかりながら素手でもいけるな。
イロナに貸してもらったナイフは、とても切れ味が良かった。よく見ると銀で装飾もされていて、とても綺麗なナイフだ。それなりに値が張っている物なのではないだろうか。
「ふ、2人ともぉ……。怪我しちゃったぁ……」
イロナが涙目で駆け寄ってきた。頬には爪で引っかかれたような深い傷があり、血が流れている。
「見せてみろ。……このくらいなら初級回復魔法を使った方が早いな」
セクレットがイロナの傷に手をかざし、低く呟く。
「傷つけられし者を癒せ【初級回復】」
緑色の光が、セクレットの手から滲み出るように広がる。傷を覆うように光が包み、まるで時間が巻き戻ったかのように肌が元に戻っていく。血も、かさぶたも、一切残らない。
「……すごいな、回復魔法って」
さっきまで傷から血が出ていた部分をすっと触る。つるりと滑らかで、傷を負っていたのが嘘のように綺麗だ。
「くすぐったいよ、シュークくん!」
「あっ、すまん。不思議でつい……」
そのとき、少し離れた場所からヴェールの声が届いた。
「近くに川があるよ。そこで素材を剥ぎ取ろう!」
「ああっ!今行く!!」
「シュークくんっ、私達も早く行かなくちゃ!気絶しているうちにやらないと魔獣さんも苦しんじゃう」
「わかったからっ。自分で走れるから引っ張らないでくれ!こけるっ」
そう言いながら、イロナに強制的に手を引っ張られ、森の中へ入っていった。
♢ ♢ ♢
ヴェールは既に川のそばでしゃがみ込み、手袋越しに魔獣の皮を丁寧に剥いでいた。魔石も手際よく取り出し、無駄な動きがない。
「イロナ、シュークにやり方を教えてやってくれ」
「はーい!えっと、ちょっと待ってね」
イロナは少し迷いながら、手近な魔獣に取りかかる。
「まずこの角の部分を取って、次に足の付け根から皮を剥いで……」
作業の様子は少しグロいかも知れないが、自分にとっては全く問題ない。
イロナは2人よりもあまり慣れていないのか、それとも不器用なのか、作業が遅くところどころ失敗している。
「こんな感じ!分かった?」
…顔色が少し悪いな。
「ああ、ありがとう。……自分専用のナイフは持ってないから貸してもらってもいいか?」
「え?あ、うん。いいよ!」
ナイフを受け取り、慎重に作業を始める。魔獣の体に刃を滑らせ、一匹、また一匹と素材を丁寧に回収していく。
気がつけば三匹分を終えていた。
「すごいすごい! シュークくん、手先が器用なんだね!すっごく綺麗に剥げてる!」
「シュークも、もう終わったのか。手際がいいな」
セクレットとヴェールが茶色のバッグを抱えて近づいてくる。
何故かさっきまであった大量のウサギ型魔獣の姿が見当たらない。
「さっきの魔獣たちは?」
「ああ、全部この中だよ」
セクレットがバッグをポンポンと叩いてみせる。
明らかにあの量のウサギ型の魔獣を入れられるほどの大きさではないと思う。ギリギリ、二、三匹の素材が入れられるくらいの大きさだ。
「……あの数が全部そこに入ってるのか?」
「そうだぞ。これはマジックバッグって言ってな。中が広くなってる特殊なアイテムだ。魔獣狩りには必須だぞ」
そう言いながら、バッグから剥いだ皮や魔石をいとも簡単に取り出して見せた。
「ボクのも同じ。品質によって容量は違うけど、素材ならかなり入るよ」
「私も持ってる〜!」
イロナも、バッグに素材を詰め終えたところらしく、ようやく顔色が戻っているのがわかった。少しほっとする。
「そろそろ帰らないとね。このまま歩けば、ちょうど日が暮れる頃に着くはず」
「わかった。暗くなると危ないからな。ちゃっちゃと帰ろうぜ」
後片付けと確認を終え、自分たちは森をあとにし、ゆっくりと村へ戻っていった。




